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馬の文献:喉頭片麻痺(Strand et al. 2000)

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「喉頭神経障害の治療のために人工喉頭形成術が行われたサラブレッドにおける生涯競走能力:1981~1989年の52症例」
Strand E, Martin GS, Haynes PF, McClure JR, Vice JD. Career racing performance in Thoroughbreds treated with prosthetic laryngoplasty for laryngeal neuropathy: 52 cases (1981-1989). J Am Vet Med Assoc. 2000; 217(11): 1689-1696.

この研究論文では、馬の喉頭神経障害(Laryngeal neuropathy)に有用な外科的療法を検討するため、1981~1989年にかけて、喉頭神経障害の治療のために人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)が行われ、長期経過追跡(Long-term follow-up)が可能であった52頭のサラブレッドにおける、生涯競走能力(Career racing performance)の解析が行われました。

結果としては、52頭の患馬のうち、術後にレース出走した馬は94%(49/52頭)におよび、レース出走して勝利した馬は60%(31/52頭)、三回以上勝利した馬は23%(12/52頭)でした。しかし、競走能力指数(Performance index)および獲得賞金パーセント(Earnings percent)を、ステージ1(次のステージ2以前の10レース)、ステージ2(手術直前の1~4連レース)、ステージ3(手術直後の10レース)という三つの時期に分けて解析すると、ステージ1からステージ2へと有意に低下した競走能力指数および獲得賞金パーセントは、ステージ3では有意には上昇しておらず、ステージ1に比べて有意に低い値のままであった事が示されました。このため、競走馬の喉頭片麻痺では、喉頭形成術のあとにレース出走できる割合は高いものの、本来の競走能力まで回復できる馬の割合は限られている事が示唆されました。

この研究では、31頭の“熟練した馬”(Experienced horses)(=手術時に三歳以上で既に四回以上レース出走していた馬)と、それ以外の“未熟な馬”(Inexperienced horses)のデータを比較したところ、熟練した馬のほうが未熟な馬に比べて、手術から最初のレース出走までの休養期間(Rest period)が有意に短かったものの、手術後の競走能力指数および獲得賞金パーセントは、両群のあいだに有意差は認められませんでした。一方、“熟練した馬”における平均レース距離を見ると、術前と術後で有意差はなく、手術後に距離の短いレースに意図的に転戦した、というデータは示されませんでした。

この研究では、二歳以下の症例では、披裂軟骨の不全麻痺(Paresis)が57%、完全麻痺(Paralysis)が43%を占めていたのに対して、三歳以上の症例では、不全麻痺が29%、完全麻痺が71%となっており、二歳以下の馬のほうが完全麻痺を起こしている割合が、有意に低かったことが示されました。これは、年齢の高い馬ほど病態進行(Disease progression)していた割合が高いことを示すデータであると解釈(Interpretation)できる反面、この研究は手術が応用された症例のみが含まれているため、初診時の内視鏡検査(Endoscopy)の所見が確定的(Conclusive)ではなかった場合に、翌年以降の再検査で完全麻痺が認められて、その時点で手術適応が決定されたというシナリオもありうる、という考察がなされています。

この研究での術後の内視鏡検査では、殆どの症例(45/52頭)において、“適切な披裂軟骨の外転”が達成されたことが報告されていますが、この外転度合いの定量的な点数化評価(Quantitative grading evaluation)は実施されていませんでした。他の文献では、喉頭形成術を介して披裂軟骨の過剰矯正(Over-correction)を起こした場合には、上部気道機能(Upper airway function)の回復が思わしくなく、合併症を生じる危険性が高いという知見が示されており(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235)、また、喉頭形成術の治療効果は、披裂軟骨外転(Abduction of arytenoid cartilage)の度合いではなく、披裂軟骨の安定性(Stability)に強く影響される、という提唱もなされています(Derksen et al. AJVR. 1986;47:16)。

この研究では、52頭の患馬のうち、術後合併症(Post-operative complication)を呈した馬は21%(11/52頭)で、これには、術創感染(Incisional infection)、縫合糸インプラントの破損(Failure of implant suture)、咳嗽(Coughing)、誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia)、嚥下障害(Dysphagia)、などが含まれました。しかし、喉頭形成術による披裂軟骨外転の度合いと、術後合併症の発生が正の相関(Positive correlation)をなすというデータは示されていません。

この研究では、術後に縫合糸インプラントの破損(Failure of implant suture)が認められた症例は三頭で、このうち、二歳以下の馬が二頭、三歳以上の馬が一頭を占めていました。他の文献では、二歳以下の馬における披裂軟骨の筋突起(Muscular process of the arytenoid cartilage)や輪状軟骨の背尾側部(Dorsocaudal aspect of the cricoid cartilage)には、インプラントを保持するのに充分な強度(Sufficient retension strength)が無いのではないか?という論議(Controversy)がある反面(McAllister. Eq Med & Surg. 3rd Eds. 1982:738)、これらの軟骨の保持強度は、二歳、三歳、四歳の馬郡のあいだで、統計的な有意差は無かった、という知見も報告されています(Dean et al. AJVR. 1990;51:114)。

この研究では、術前および術後の競走能力の指標として、獲得賞金総額(Total earning)や一レース当たりの獲得賞金(Mean earning per race)ではなく、獲得賞金パーセント(獲得賞金のうち一着になって得た額の割合)が用いられており、その理由としては、(1)三歳以降のレースのほうが二歳以下の時に比べて、一般的な賞金額が低くなりがちで、金額の直接的な比較が難しいこと、(2)二歳時には競走能力を試すために、最も賞金額の高いレースに出走させる場合があること、(3)術後には、調教師が手術歴を考慮して、よりレベルの低いレースに転戦させるという、偏向(Bias)が生じる可能性があること、などが挙げられています。

この研究のデータ解析では、経時的なレースタイムの推移から回帰直線(Regression line)を作成し、それに基づく予測タイム(Predicted time)と実際のタイムの差が予測誤差(Prediction error)として算出されました。そして、上述のステージ1からステージ2にかけては正の予測誤差(実際のタイムが予測よりも遅い、つまり喉頭片麻痺の発症によって競走能力が低下しつつある)を呈したのに対して、ステージ2からステージ3にかけては負の予測誤差(実際のタイムが予測よりも早い、つまり手術の効能によって競走能力が回復しつつある)を呈したことが示されました。このため、統計学的な予測誤差の算出は、競走能力の僅かな回復(Subtle restoration of racing performance)を知るのに有用な指標になることが示唆され、呼吸器疾患の外科的療法における治療効果の評価のために、最も信頼性(Reliability)および精度(Accuracy)が高いと考察されています。

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