馬の文献:喉頭片麻痺(Dixon et al. 2003a)
文献 - 2020年07月09日 (木)
「200頭の混血高齢馬郡における喉頭形成術および声嚢声帯切除術の長期的調査。パート1:披裂軟骨の外科的外転の維持および手術後の合併症」
Dixon RM, McGorum BC, Railton DI, Hawe C, Tremaine WH, Dacre K, McCann J. Long-term survey of laryngoplasty and ventriculocordectomy in an older, mixed-breed population of 200 horses. Part 1: Maintenance of surgical arytenoid abduction and complications of surgery. Equine Vet J. 2003; 35(4): 389-396.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1986~1998年にかけて、喉頭形成術(Laryngoplasty)および声嚢声帯切除術(Ventriculocordectomy)による治療が行われた、200頭の混血高齢馬郡(Older and mixed-breed population)における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究では、術後の内視鏡検査によって、披裂軟骨の外転が以下のように点数化されました(上図)。
グレード1:過剰外転(Excessive abduction)。披裂軟骨が最大限まで外転し(披裂軟骨の折れ曲がり角度が80~90度)、小角突起(Corniculate process)が正中線(Midline)を超えて対側へ引っ張られている。
グレード2:披裂軟骨の外転は最大限以下で、披裂軟骨の折れ曲がり角度が50~80度。
グレード3:披裂軟骨の外転は中程度で、披裂軟骨の折れ曲がり角度が45度前後。
グレード4:披裂軟骨の外転は少なく、安静時の位置より僅かに引っ張れた位置。
グレード5:探知可能な披裂軟骨の外転は無し。
この研究では、適切な披裂軟骨の外転(=グレード2)が見られた症例の割合は、手術の翌日には62%を占めていたのに対して、六週間目には24%にまで減少していました。そして、18頭(9%)の症例が、最初の手術から二週間以内に再手術を要し、このうち、披裂軟骨の外転が損失したことによる再手術は10頭(5%)、披裂軟骨の過剰外転の矯正のための再手術が8頭(4%)を占めていました。これに類似の所見は、過去の文献でも報告されています(Spiers et al. Aust Vet J. 1983;60:294)。このため、喉頭形成術の後には、披裂軟骨外転の減退が起きてしまう(=インプラントが緩んでしまう)のは避けられない事を考慮して、術中の内視鏡検査では、僅かな過剰外転(=グレード2)は許容されるべきである、という提唱がなされています。
この研究では、術後に咳嗽(Coughing)の症状が認められた馬は43%に及び、この咳嗽の発現の有無と上述の披裂軟骨の外転の度合いは、有意な正の相関(Positive correlation)を示していました。しかし、手術から六ヶ月以上におよぶ慢性咳嗽を呈した症例は14%で、このうち半数は、介入性呼吸器疾患(Intercurrent pulmonary disease)に起因することが示されました。このため、喉頭形成術を受けた馬における長期的な咳嗽症状では、披裂軟骨の過剰外転に起因する咳嗽と、同時発生的に起こった呼吸器疾患に起因する咳嗽とを、慎重に鑑別診断(Differential diagnosis)する必要がある、という考察がなされています。一方、他の文献では、喉頭形成術のあとの咳嗽は数週間で収まるものの、嚥下障害(Dysphagia)を呈した殆どの症例は、“高レベル”の披裂軟骨外転は示していなかった、という知見が示されています(Lane et al. Proc Aust Eq Vet Assoc. 1993:173)。このため、喉頭形成術の術後に見られる嚥下障害は、披裂軟骨の過剰外転に直接的に起因するものではなく、頭側喉頭神経の医原性損傷(Iatrogenic injury of cranial laryngeal nerve)による咽頭機能不全(Pharyngeal dysfunction)の結果である可能性も論じられています。
この研究では、漿液腫(Seroma)や膿瘍(Abscess)などの喉頭形成術の術創問題(Incisional problem)を生じた馬の割合は、二週間以内で治癒したのは9%、四週間以内で治癒したのは4%、治癒に四週間以上を要したのは4%でした(合計で全症例の17%)。また、喉頭切開術(Laryngotomy)の術創からの排液(Discharge)を生じた馬の割合は、二週間以内で治癒したのは22%、四週間以内で治癒したのは7%、治癒に四週間以上を要したのは2%でした。馬の喉頭切開術における、一次性縫合閉鎖(Primary closure)が試みられた過去の文献では、合併症の発症率は52%にのぼり、これには、皮下気腫(Subcutaneous emphysema)が26%、切開創の細菌感染が12%、発熱反応(Febrile response)が10%、などが含まれていました(Boulton et al. Vet Surg. 1995;24:226)。
この研究では、インプラントの損失(Failure)および迷入(Migration)は、主に輪状軟骨(Cricoid cartilage)の箇所に生じていましたが、体外実験(In vitro experiments)を用いた過去の文献では、インプラント損失は披裂軟骨の筋突起(Muscular process)に発現しやすい、という知見が示されています(Schumacher et al. EVJ. 2000;32:43)。また、他の文献では、筋突起が糸を保持する強度は、馬の年齢とは有意には相関しないというデータが示されている反面(Dean et al. AJVR. 1990;51:114)、喉頭形成術のあとの披裂軟骨外転の損失は、若い馬ほど起こりやすい、という報告もあります(Strand et al. JAVMA. 2000;217:1689)。
一般的に、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、披裂軟骨の動きが残っている(不全麻痺:Paresis)場合のほうが、インプラント損失を起こしやすいという仮説がなされていますが、今回の研究では、披裂軟骨が完全麻痺(Paralysis)した症例においても、手術後の数日間で披裂軟骨外転の損失したケースが認められました。そして、このような事例においては、術中に反回神経の医原性損傷(Iatrogenic damage to recurrent nerve)を生じて、披裂軟骨の残存可動性(Residual mobility)が失われた事で、披裂軟骨の過剰外転または披裂軟骨外転の損失を生じ易くなった、という考察がなされています。
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この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1986~1998年にかけて、喉頭形成術(Laryngoplasty)および声嚢声帯切除術(Ventriculocordectomy)による治療が行われた、200頭の混血高齢馬郡(Older and mixed-breed population)における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究では、術後の内視鏡検査によって、披裂軟骨の外転が以下のように点数化されました(上図)。
グレード1:過剰外転(Excessive abduction)。披裂軟骨が最大限まで外転し(披裂軟骨の折れ曲がり角度が80~90度)、小角突起(Corniculate process)が正中線(Midline)を超えて対側へ引っ張られている。
グレード2:披裂軟骨の外転は最大限以下で、披裂軟骨の折れ曲がり角度が50~80度。
グレード3:披裂軟骨の外転は中程度で、披裂軟骨の折れ曲がり角度が45度前後。
グレード4:披裂軟骨の外転は少なく、安静時の位置より僅かに引っ張れた位置。
グレード5:探知可能な披裂軟骨の外転は無し。
この研究では、適切な披裂軟骨の外転(=グレード2)が見られた症例の割合は、手術の翌日には62%を占めていたのに対して、六週間目には24%にまで減少していました。そして、18頭(9%)の症例が、最初の手術から二週間以内に再手術を要し、このうち、披裂軟骨の外転が損失したことによる再手術は10頭(5%)、披裂軟骨の過剰外転の矯正のための再手術が8頭(4%)を占めていました。これに類似の所見は、過去の文献でも報告されています(Spiers et al. Aust Vet J. 1983;60:294)。このため、喉頭形成術の後には、披裂軟骨外転の減退が起きてしまう(=インプラントが緩んでしまう)のは避けられない事を考慮して、術中の内視鏡検査では、僅かな過剰外転(=グレード2)は許容されるべきである、という提唱がなされています。
この研究では、術後に咳嗽(Coughing)の症状が認められた馬は43%に及び、この咳嗽の発現の有無と上述の披裂軟骨の外転の度合いは、有意な正の相関(Positive correlation)を示していました。しかし、手術から六ヶ月以上におよぶ慢性咳嗽を呈した症例は14%で、このうち半数は、介入性呼吸器疾患(Intercurrent pulmonary disease)に起因することが示されました。このため、喉頭形成術を受けた馬における長期的な咳嗽症状では、披裂軟骨の過剰外転に起因する咳嗽と、同時発生的に起こった呼吸器疾患に起因する咳嗽とを、慎重に鑑別診断(Differential diagnosis)する必要がある、という考察がなされています。一方、他の文献では、喉頭形成術のあとの咳嗽は数週間で収まるものの、嚥下障害(Dysphagia)を呈した殆どの症例は、“高レベル”の披裂軟骨外転は示していなかった、という知見が示されています(Lane et al. Proc Aust Eq Vet Assoc. 1993:173)。このため、喉頭形成術の術後に見られる嚥下障害は、披裂軟骨の過剰外転に直接的に起因するものではなく、頭側喉頭神経の医原性損傷(Iatrogenic injury of cranial laryngeal nerve)による咽頭機能不全(Pharyngeal dysfunction)の結果である可能性も論じられています。
この研究では、漿液腫(Seroma)や膿瘍(Abscess)などの喉頭形成術の術創問題(Incisional problem)を生じた馬の割合は、二週間以内で治癒したのは9%、四週間以内で治癒したのは4%、治癒に四週間以上を要したのは4%でした(合計で全症例の17%)。また、喉頭切開術(Laryngotomy)の術創からの排液(Discharge)を生じた馬の割合は、二週間以内で治癒したのは22%、四週間以内で治癒したのは7%、治癒に四週間以上を要したのは2%でした。馬の喉頭切開術における、一次性縫合閉鎖(Primary closure)が試みられた過去の文献では、合併症の発症率は52%にのぼり、これには、皮下気腫(Subcutaneous emphysema)が26%、切開創の細菌感染が12%、発熱反応(Febrile response)が10%、などが含まれていました(Boulton et al. Vet Surg. 1995;24:226)。
この研究では、インプラントの損失(Failure)および迷入(Migration)は、主に輪状軟骨(Cricoid cartilage)の箇所に生じていましたが、体外実験(In vitro experiments)を用いた過去の文献では、インプラント損失は披裂軟骨の筋突起(Muscular process)に発現しやすい、という知見が示されています(Schumacher et al. EVJ. 2000;32:43)。また、他の文献では、筋突起が糸を保持する強度は、馬の年齢とは有意には相関しないというデータが示されている反面(Dean et al. AJVR. 1990;51:114)、喉頭形成術のあとの披裂軟骨外転の損失は、若い馬ほど起こりやすい、という報告もあります(Strand et al. JAVMA. 2000;217:1689)。
一般的に、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、披裂軟骨の動きが残っている(不全麻痺:Paresis)場合のほうが、インプラント損失を起こしやすいという仮説がなされていますが、今回の研究では、披裂軟骨が完全麻痺(Paralysis)した症例においても、手術後の数日間で披裂軟骨外転の損失したケースが認められました。そして、このような事例においては、術中に反回神経の医原性損傷(Iatrogenic damage to recurrent nerve)を生じて、披裂軟骨の残存可動性(Residual mobility)が失われた事で、披裂軟骨の過剰外転または披裂軟骨外転の損失を生じ易くなった、という考察がなされています。
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