馬の文献:喉頭片麻痺(Witte et al. 2009)
文献 - 2020年07月29日 (水)
「人工喉頭形成術と同側声嚢声帯切除術の併用または披裂軟骨部分切除術での治療後の競走能力:1997~2007年に掛けて2400m以下のレースに出走した135頭のサラブレッド競走馬」
Witte TH, Mohammed HO, Radcliffe CH, Hackett RP, Ducharme NG. Racing performance after combined prosthetic laryngoplasty and ipsilateral ventriculocordectomy or partial arytenoidectomy: 135 Thoroughbred racehorses competing at less than 2400 m (1997-2007). Equine Vet J. 2009; 41(1): 70-75.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1997~2007年にかけて、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)と同側声嚢声帯切除術(Ipsilateral ventriculocordectomy)の併用、または披裂軟骨部分切除術(Partial arytenoidectomy)での治療を受けて、2400m以下のレースに出走した135頭のサラブレッド競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた馬群では、グレード3(不全麻痺:Paresis)の罹患馬のほうが、グレード4(完全麻痺:Paralysis)の罹患馬よりも、有意に高い競走能力を示し、また、グレード3の罹患馬と対照馬(年齢と性別が合致する馬)とのあいだで、術後の獲得賞金(Post operative earnings)に有意差が無かったことが報告されています。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、人工喉頭形成術と同側声嚢声帯切除術の併用療法によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待でき、競走能力の維持および向上(Maintenance/Improvement in racing performance)を達成する馬の割合が高いことが示唆されましたが、グレード4の喉頭片麻痺を呈した場合では、予後が有意に悪くなると考えられました。
一般的に、馬の喉頭片麻痺においては、完全麻痺(グレード4)よりも不全麻痺(グレード3)のほうが、披裂軟骨(Arytenoid cartilage)の動きが残っているため、術後にインプラントの損失を起こし易く、結果的に予後が悪くなるという仮説がなされていますが(Hawkins et al. Vet Surg. 1997;26:484)、今回の研究では、これに相反する結果(Conflicting result)が示された事になります。このため、経験的に提唱されてきた、“グレード3で喉頭形成術をしてもインプラントが破損しやすいから、グレード4まで病気が進行(Progression)するのを待ってから手術に踏み切る”という治療指針は、競走能力の維持という面から言えば、必ずしも適切ではないと考察されています。
一般的に、喉頭形成術後の声帯裂(Rima glottidis)の拡大度合いは、グレード4とグレード3で顕著な差が無いことから、今回の研究において、グレード4の喉頭片麻痺のほうが予後が悪かった要因としては、経喉頭抵抗の上昇(Translaryngeal resistance)によって気圧性外傷(Barotrauma)や下部気道機能の減退(Lower airway dysfunction)を生じて、不可逆的なガス交換能の悪化(Irreversibly decreased gas exchange capacity)を呈した事(=この変化は不全麻痺よりも完全麻痺の症例のほうが重篤であったため?)が上げられています。また、その他の要因としては、完全麻痺を起こした馬に喉頭部に生じる乱流(Turbulence)によって、軟骨変性および虚弱化(Cartilage degeneration and weakening)を生じて、喉頭組織の不安定化(Laryngeal tissue instability)を引き起こしたり、グレード4の喉頭片麻痺を呈した馬は、より長期間にわたって呼吸器閉塞(Chronic respiratory obstruction)を持っていたため、最大強度で運動(Exercise at maximal level)するのを躊躇した可能性が示唆されています。
この研究では、喉頭片麻痺の罹患馬における、喉頭形成術後のレース復帰率は、68%(グレード3)~72%(グレード4)で、他の文献におけるレース復帰率である50~70%とも合致していました(Goulden et al. NZ Vet J. 1982;30:1, Speirs et al. Aust Vet J. 1983;60:294, Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235, Strand et al. JAVMA. 2000;217:1689, Davenport et al. Vet Surg. 2001;30:417, Kidd et al. Vet Rec. 2002;150:481)。一方、最大以下強度での運動(Submaximal exercise)のみを要するスポーツ乗用馬における喉頭片麻痺では、喉頭形成術後の競技復帰率は88~92%に上ることが報告されています(Marks et al. JAVMA. 1970;157:157, Dixon et al. EVJ. 2003;35:397, Kraus et al. Vet Surg. 2003;32:530)。
この研究では、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群のうち、喉頭片麻痺と片側性披裂軟骨炎(Unilateral arytenoid chondritis)の罹患馬郡のあいだには、術後の競走能力に有意差はありませんでした。また、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた症例群と、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群のあいだにおいても、レース復帰率には有意差はありませんでしたが、術後の獲得賞金は、併用治療を受けた馬のほうが有意に多かった事が示されました。さらに、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群における術後の競走能力は、対照馬郡よりも有意に低かった事が報告されています。このため、馬の喉頭片麻痺および披裂軟骨炎に対しては、披裂軟骨部分切除術によって良好な上部気道機能の回復が期待されるものの、喉頭片麻痺の罹患馬の中には、披裂軟骨部分切除術よりも喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療のほうが、有意に高い治療効果を示す症例もありうると推測されています。
この研究では、完全麻痺(グレード4)の喉頭片麻痺を発症した患馬のみを見ると、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた場合と、披裂軟骨部分切除術を受けた場合とで、治療効果に有意差は認められませんでした。また、他の文献では、披裂軟骨部分切除術による上部気道機能の回復度合いは、喉頭形成術には及ばないという知見がある反面(Belknap et al. AJVR. 1990;51:1481)、両手術のあいだに治療効果の有意差は無かったという報告もあります(Radcliffe et al. Vet Surg. 2006;35:643)。そして、不全麻痺(グレード3)の喉頭片麻痺を発症した患馬では、背側輪状披裂筋(Cricoarytenoideus dorsalis muscle)の機能が残っているため、喉頭形成術によって筋突起(Muscular process)が引っ張られた状態から、筋牽引によって更に声門裂を拡張できるのに対して、完全麻痺の患馬ではこのような付加的な作用は期待できない、という考察がなされています。さらに、馬に対する披裂軟骨部分切除術は、喉頭形成術よりも手技的難易度が低く、インプラントを用いないため手術失敗になる可能性が無いという利点も考慮すると、完全麻痺(グレード4)の喉頭片麻痺に対しては、喉頭形成術だけでなく、披裂軟骨部分切除術も適合性のあるアプローチ(Suitable approach)とみなされる、という結論付けがなされています。
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この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1997~2007年にかけて、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)と同側声嚢声帯切除術(Ipsilateral ventriculocordectomy)の併用、または披裂軟骨部分切除術(Partial arytenoidectomy)での治療を受けて、2400m以下のレースに出走した135頭のサラブレッド競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた馬群では、グレード3(不全麻痺:Paresis)の罹患馬のほうが、グレード4(完全麻痺:Paralysis)の罹患馬よりも、有意に高い競走能力を示し、また、グレード3の罹患馬と対照馬(年齢と性別が合致する馬)とのあいだで、術後の獲得賞金(Post operative earnings)に有意差が無かったことが報告されています。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、人工喉頭形成術と同側声嚢声帯切除術の併用療法によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待でき、競走能力の維持および向上(Maintenance/Improvement in racing performance)を達成する馬の割合が高いことが示唆されましたが、グレード4の喉頭片麻痺を呈した場合では、予後が有意に悪くなると考えられました。
一般的に、馬の喉頭片麻痺においては、完全麻痺(グレード4)よりも不全麻痺(グレード3)のほうが、披裂軟骨(Arytenoid cartilage)の動きが残っているため、術後にインプラントの損失を起こし易く、結果的に予後が悪くなるという仮説がなされていますが(Hawkins et al. Vet Surg. 1997;26:484)、今回の研究では、これに相反する結果(Conflicting result)が示された事になります。このため、経験的に提唱されてきた、“グレード3で喉頭形成術をしてもインプラントが破損しやすいから、グレード4まで病気が進行(Progression)するのを待ってから手術に踏み切る”という治療指針は、競走能力の維持という面から言えば、必ずしも適切ではないと考察されています。
一般的に、喉頭形成術後の声帯裂(Rima glottidis)の拡大度合いは、グレード4とグレード3で顕著な差が無いことから、今回の研究において、グレード4の喉頭片麻痺のほうが予後が悪かった要因としては、経喉頭抵抗の上昇(Translaryngeal resistance)によって気圧性外傷(Barotrauma)や下部気道機能の減退(Lower airway dysfunction)を生じて、不可逆的なガス交換能の悪化(Irreversibly decreased gas exchange capacity)を呈した事(=この変化は不全麻痺よりも完全麻痺の症例のほうが重篤であったため?)が上げられています。また、その他の要因としては、完全麻痺を起こした馬に喉頭部に生じる乱流(Turbulence)によって、軟骨変性および虚弱化(Cartilage degeneration and weakening)を生じて、喉頭組織の不安定化(Laryngeal tissue instability)を引き起こしたり、グレード4の喉頭片麻痺を呈した馬は、より長期間にわたって呼吸器閉塞(Chronic respiratory obstruction)を持っていたため、最大強度で運動(Exercise at maximal level)するのを躊躇した可能性が示唆されています。
この研究では、喉頭片麻痺の罹患馬における、喉頭形成術後のレース復帰率は、68%(グレード3)~72%(グレード4)で、他の文献におけるレース復帰率である50~70%とも合致していました(Goulden et al. NZ Vet J. 1982;30:1, Speirs et al. Aust Vet J. 1983;60:294, Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235, Strand et al. JAVMA. 2000;217:1689, Davenport et al. Vet Surg. 2001;30:417, Kidd et al. Vet Rec. 2002;150:481)。一方、最大以下強度での運動(Submaximal exercise)のみを要するスポーツ乗用馬における喉頭片麻痺では、喉頭形成術後の競技復帰率は88~92%に上ることが報告されています(Marks et al. JAVMA. 1970;157:157, Dixon et al. EVJ. 2003;35:397, Kraus et al. Vet Surg. 2003;32:530)。
この研究では、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群のうち、喉頭片麻痺と片側性披裂軟骨炎(Unilateral arytenoid chondritis)の罹患馬郡のあいだには、術後の競走能力に有意差はありませんでした。また、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた症例群と、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群のあいだにおいても、レース復帰率には有意差はありませんでしたが、術後の獲得賞金は、併用治療を受けた馬のほうが有意に多かった事が示されました。さらに、披裂軟骨部分切除術を受けた症例群における術後の競走能力は、対照馬郡よりも有意に低かった事が報告されています。このため、馬の喉頭片麻痺および披裂軟骨炎に対しては、披裂軟骨部分切除術によって良好な上部気道機能の回復が期待されるものの、喉頭片麻痺の罹患馬の中には、披裂軟骨部分切除術よりも喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療のほうが、有意に高い治療効果を示す症例もありうると推測されています。
この研究では、完全麻痺(グレード4)の喉頭片麻痺を発症した患馬のみを見ると、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の併用治療を受けた場合と、披裂軟骨部分切除術を受けた場合とで、治療効果に有意差は認められませんでした。また、他の文献では、披裂軟骨部分切除術による上部気道機能の回復度合いは、喉頭形成術には及ばないという知見がある反面(Belknap et al. AJVR. 1990;51:1481)、両手術のあいだに治療効果の有意差は無かったという報告もあります(Radcliffe et al. Vet Surg. 2006;35:643)。そして、不全麻痺(グレード3)の喉頭片麻痺を発症した患馬では、背側輪状披裂筋(Cricoarytenoideus dorsalis muscle)の機能が残っているため、喉頭形成術によって筋突起(Muscular process)が引っ張られた状態から、筋牽引によって更に声門裂を拡張できるのに対して、完全麻痺の患馬ではこのような付加的な作用は期待できない、という考察がなされています。さらに、馬に対する披裂軟骨部分切除術は、喉頭形成術よりも手技的難易度が低く、インプラントを用いないため手術失敗になる可能性が無いという利点も考慮すると、完全麻痺(グレード4)の喉頭片麻痺に対しては、喉頭形成術だけでなく、披裂軟骨部分切除術も適合性のあるアプローチ(Suitable approach)とみなされる、という結論付けがなされています。
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