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馬の文献:喉頭片麻痺(Barakzai et al. 2009)

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「ハンター競走馬における喉頭形成術と声嚢声帯切除術のあとの競走能力」
Barakzai SZ, Boden LA, Dixon PM. Race performance after laryngoplasty and ventriculocordectomy in National Hunt racehorses. Vet Surg. 2009; 38(8): 941-945.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1990~2007年にかけて、安静時またはトレッドミル運動時の内視鏡検査(Endoscopy)によって喉頭片麻痺の確定診断(Definitive diagnosis)が下され、喉頭形成術(Laryngoplasty)と声嚢声帯切除術(Ventriculocordectomy)による治療が応用された71頭のハンターレース(長距離競走)のサラブレッド競走馬、および、126頭の対照馬(各症例と年齢および性別の合致する馬)における、競走能力(Race performance)の解析が行われました。

結果としては、喉頭形成術と声嚢声帯切除術を受けた症例郡では、術後に78%の馬がレース出走を果たし、47%の馬が個人競走能力の向上(Improvement in individual performance)を示しており、また、術後に一回または三回以上レース出走する確率は、症例郡と対照郡のあいだで有意差は無かった事が報告されています。そして、治療直前の五回のレース(Five pre-operative races)における平均獲得賞金(Average earning per race)は、症例郡のほうが対照郡の少なかったのに対して、治療後の五回のレースにおける平均獲得賞金は、両郡のあいだに有意差が無く、つまり、手術によって競走能力が向上できた(少なくとも健常馬並みの能力を維持できた)という結果が示されました。このため、長距離レースのサラブレッド競走馬においては、喉頭形成術と声嚢声帯切除術を介しての喉頭片麻痺の治療によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待され、競走能力の向上または維持を達成する馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。

この研究では、症例郡のほうが対照郡に比べて、生涯出走レース数(Total lifetime race number)が有意に少なかった事が示され、外科的療法が応用された場合においても、喉頭片麻痺の罹患馬のほうが、競走馬としての寿命(Longevity:“選手生命”)が短いことが示唆されました。しかし、出走レース数に関しては、患馬の病歴および手術歴を考慮した馬主や調教師が、引退させて繁殖馬に転用する時期を意図的に早めるという、管理方針の偏向(Bias)を生じた可能性は否定できません。このため、今回のデータのみから、馬の喉頭片麻痺に対する、喉頭形成術と声嚢声帯切除術の治療効果を、いたずらに過小評価(Under-estimation)するのは適切ではない、という警鐘が鳴らされています。

この研究で検証された英国のサラブレッド競走馬は、3200~7200mの長距離レースを走行しており、喉頭片麻痺に関する他の文献に含まれる、2000m以下の短距離レースを走る競走馬とは、基本的に異なったレベルの呼吸器機能を要求されると推測されます。例えば、人間の陸上選手におけるエネルギー生成では、無酸素代謝(Anerobic metabolism)が占める割合は、100m走では80%、400m走では60%、1500m走では20%である事が知られており、長距離レース馬においても同様に、無酸素代謝よりも有酸素代謝(Aerobic metabolism)が占める割合が高いと考えられます。このため、長距離レースを走る馬ほど、有酸素代謝を介してのエネルギー生成に要する充分な酸素を確保するため、完全な気道機能への依存性が強い(Heavily dependent on a fully functional airway)という考察がなされています。

この研究と同じ著者が発表した、長距離競走のサラブレッド症例に関する他の文献では、喉頭形成術の際に、披裂軟骨の外転(Abduction of arytenoid cartilage)が最大限まで行われると、インプラントの損失から手術失敗になりやすい反面、披裂軟骨の外転が不十分な場合にも、術後の競走能力が悪くなる傾向が認められた、という知見が示されています(Barakzai et al. Vet Surg. 2009;38:934)。これは、術中および術後の内視鏡検査(Intra/Post-operative endoscopy)によって、適切な披裂軟骨外転の達成を視診することの重要性を、再確認させるデータであると考えられます。

この研究では、術前の喉頭片麻痺のグレードと、術後の競走能力は負の相関(Negative correlation)を示しておらず、不全麻痺(Paresis)または完全麻痺(Paralysis)の違いに関わらず、喉頭形成術および声嚢声帯切除術を介しての外科的療法によって、良好な治療効果が誘導できることが示唆されました。一方、短距離レースのサラブレッド競走馬を調査した他の文献では、不全麻痺の罹患馬のほうが、完全麻痺の罹患馬に比べて、有意に良好な予後を示したことが報告されています(Witte et al. EVJ. 2009;41:70)。

この研究では、馬の喉頭片麻痺の病態を、より定量的かつ正確に評価(Quantitative and accurate evaluation)するため、以下のようにサブグレードの付いた、七段階の点数化システムが応用されています。
グレード1:披裂軟骨の動きが常に同調的かつ対称的で、披裂軟骨の完全外転が達成かつ維持できる。(All arytenoid cartilage movements are synchronous and symmetrical and full arytenoid cartilage abduction can be achieved and maintained.)
グレード2a:披裂軟骨の動きが非同調的で、喉頭は非対称的な場合があるものの、披裂軟骨の完全外転は達成かつ維持できる。一過性の非同調、震え、または遅延が見られる。(Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or larynx is asymmetric at times but full arytenoid cartilage abduction can be achieved and maintained: Transient asynchrony, flutter or delayed movements are seen.)
グレード2b:披裂軟骨の動きが非同調的で、喉頭は非対称的な場合があるものの、披裂軟骨の完全外転は達成かつ維持できる。披裂軟骨および声帯の可動性減退に起因する、声門裂の非対称性がかなりの時間見られるが、時折、嚥下または鼻孔閉鎖のあとには、披裂軟骨の完全外転が達成かつ維持できる。(Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or larynx is asymmetric at times but full arytenoid cartilage abduction can be achieved and maintained: There is asymmetry of the rima glottidis much of the time due to reduced mobility of the affected arytenoid and vocal fold but there are occasions, typically after swallowing or nasal occlusion when full symmetrical abduction is achieved and maintained.)
グレード3a:披裂軟骨の動きが非同調的で、かつ、または非対称的。披裂軟骨の完全外転は達成できず維持もできない。披裂軟骨および声帯の可動性減退に起因する、声門裂の非対称性がかなりの時間見られるが、時折、嚥下または鼻孔閉鎖のあとには、披裂軟骨の完全外転が達成できるが、維持はできない。(Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or asymmetric. Full arytenoid cartilage abduction cannot be achieved and maintained: There is asymmetry of the rima glottidis much of the time due to reduced mobility of the arytenoid and vocal fold but there are occasions, typically after swallowing or nasal occlusion when full symmetrical abduction is achieved but not maintained.)
グレード3b:披裂軟骨の動きが非同調的で、かつ、または非対称的。披裂軟骨の完全外転は達成できず維持もできない。披裂外転筋の欠陥および披裂軟骨の非対称性が顕著で、披裂軟骨の完全外転はまったく見られない。(Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or asymmetric. Full arytenoid cartilage abduction cannot be achieved and maintained: Obvious arytenoid abductor deficit and arytenoid asymmetry.Full abduction is never achieved.)
グレード3c:披裂軟骨の動きが非同調的で、かつ、または非対称的。披裂軟骨の完全外転は達成できず維持もできない。披裂外転筋の欠陥および披裂軟骨の非対称性は明瞭だが完全ではなく、披裂外転筋の僅かな動きが残るものの、披裂軟骨の完全外転はまったく見られない。(Arytenoid cartilage movements are asynchronous and/or asymmetric. Full arytenoid cartilage abduction cannot be achieved and maintained: Marked but not total arytenoid abductor deficit and asymmetry with little arytenoid movement. Full abduction is never achieved.)
グレード4:披裂軟骨および声帯の完全な不動性。(Complete immobility of the arytenoid cartilage and vocal fold.)

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