馬の文献:喉頭片麻痺(Ducharme et al. 2010)
文献 - 2020年08月04日 (火)
「神経補綴による馬の背側輪状披裂筋歩調の考察」
Ducharme NG, Cheetham J, Sanders I, Hermanson JW, Hackett RP, Soderholm LV, Mitchell LM. Considerations for pacing of the cricoarytenoid dorsalis muscle by neuroprosthesis in horses. Equine Vet J. 2010; 42(6): 534-540.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)によって喉頭片麻痺の診断が下された七頭の馬に対して、喉頭反回神経の主幹遠位端(Distal end of the common trunk of the recurrent laryngeal nerve)への神経袖電極(Nerve cuff)の装着、および、プログラム可能な内部刺激器具(Programmable internal stimulator)の皮下移植(Subcutaneous implantation)を介して、反回神経の神経補綴(Neuroprosthesis)による背側輪状披裂筋(Cricoarytenoid dorsalis muscle)の歩調取り(ペースメイキング:Pacemaking)を施してから、一週間おきの刺激反応実験(Stimulation-response experiment)が最長一年間にわたって行われました。
結果としては、グレード2または3の喉頭片麻痺(不全麻痺:Paresis)を呈した馬では、背側輪状披裂筋のペースメイキングによって、素晴らしい披裂軟骨の外転(Excellent arytenoid cartilage abduction)が誘導できたのに対して、グレード4の喉頭片麻痺(完全麻痺:Paralysis)を呈した馬では、披裂軟骨の外転は芳しくなかった事が示されました。このため、馬に対する反回神経補綴を介しての背側輪状披裂筋の歩調取りによって、上部気道機能(Upper airway function)を回復できることが示され、喉頭片麻痺の罹患馬(特にグレード3以下の馬)への潜在的な治療手段(Potential treatment modality)として、臨床応用できる可能性があることが示唆されました。また、一時間にわたる連続的なペースメイキングによっても、筋肉疲労(Muscle fatigue)を起こすことなく完全な披裂軟骨外転が誘導できた事から、レース時間中の継続的な神経補綴が可能であると考えられました。
一般的に、人間の医学分野における、上部気道組織への神経補綴(喉頭神経のペースメイキング)は、両側性声帯麻痺(Bilateral vocal fold paralysis)の治療のため、1990年代から試験されており、2000年代からの移植器具の進歩によって、多くの臨床応用が始まりました(Verschuur et al. Cochlear Implants Int. 2003;4:13, Ramsden et al. Otol Neurotol. 2005;26:988)。その後、犬猫への転用にも成功しており(Zealear et al. Ann Otol Rhinol Laryngol. 2001;125:183, Chi et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 2006;135:40)、今回の研究では、馬に対しても概念実証(Proof of concept)が達成され、今後は臨床応用に向けた更なる検討を要する、という考察がなされています。
この研究では、術後の時間経過に伴って、刺激反応性が衰えていく傾向が認められ、手術から一年目まで良好なペースメイキングができた馬は、一頭のみでした。そして、七頭中の三頭においては、反回神経に装着した電極が滑り落ちて、適切な神経刺激を与える事が不可能になっており、これは、馬の喉頭および期間の動きの大きさ(High degree of movement of the larynx and trachea)が影響していると推測されています。このため、実際の臨床応用のためには、神経ではなく筋肉内に電極を埋め込む手法(Intramuscular electrodes implantation)を検討する必要がある、という考察がなされています。その場合には、神経組織への外科的侵襲(Surgical infestation)が最小限に抑えられるため、反回神経の医原性損傷(Iatrogenic damage)に起因して、不全麻痺を完全麻痺へと悪化させてしまう危険を避けられる、という利点も指摘されています。
一般的に、馬の喉頭片麻痺における、背側輪状披裂筋の神経再支配(Reinnervation)のためには、肩甲舌骨筋(Omohyoid muscle)の神経筋接合根部を移植する方法(Neuromuscular pedicle graft)も試みられていますが、この場合には、効能発現までに最大一年間を要することが知られており(Fulton et al. AJVR. 1991;52:1461)、手術直後から披裂軟骨の外転を誘導できるペースメイキングのほうが、臨床症例への適用性(Applicability)や時間的効率(Time efficiency)が高いと推測されています。しかし、今回の研究では、グレード4の喉頭片麻痺では、ペースメイキングによる披裂軟骨の外転は思わしくなく、これは、除神経された筋肉(Denervated muscle)に対しては、神経袖電極を介しての刺激は到達しにくかったためと仮説されています。そして、このような症例に対しては、神経筋接合根部の移植や、上述のような筋肉内電極を介してのペースメイキングを要する、という考察がなされています。
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この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)によって喉頭片麻痺の診断が下された七頭の馬に対して、喉頭反回神経の主幹遠位端(Distal end of the common trunk of the recurrent laryngeal nerve)への神経袖電極(Nerve cuff)の装着、および、プログラム可能な内部刺激器具(Programmable internal stimulator)の皮下移植(Subcutaneous implantation)を介して、反回神経の神経補綴(Neuroprosthesis)による背側輪状披裂筋(Cricoarytenoid dorsalis muscle)の歩調取り(ペースメイキング:Pacemaking)を施してから、一週間おきの刺激反応実験(Stimulation-response experiment)が最長一年間にわたって行われました。
結果としては、グレード2または3の喉頭片麻痺(不全麻痺:Paresis)を呈した馬では、背側輪状披裂筋のペースメイキングによって、素晴らしい披裂軟骨の外転(Excellent arytenoid cartilage abduction)が誘導できたのに対して、グレード4の喉頭片麻痺(完全麻痺:Paralysis)を呈した馬では、披裂軟骨の外転は芳しくなかった事が示されました。このため、馬に対する反回神経補綴を介しての背側輪状披裂筋の歩調取りによって、上部気道機能(Upper airway function)を回復できることが示され、喉頭片麻痺の罹患馬(特にグレード3以下の馬)への潜在的な治療手段(Potential treatment modality)として、臨床応用できる可能性があることが示唆されました。また、一時間にわたる連続的なペースメイキングによっても、筋肉疲労(Muscle fatigue)を起こすことなく完全な披裂軟骨外転が誘導できた事から、レース時間中の継続的な神経補綴が可能であると考えられました。
一般的に、人間の医学分野における、上部気道組織への神経補綴(喉頭神経のペースメイキング)は、両側性声帯麻痺(Bilateral vocal fold paralysis)の治療のため、1990年代から試験されており、2000年代からの移植器具の進歩によって、多くの臨床応用が始まりました(Verschuur et al. Cochlear Implants Int. 2003;4:13, Ramsden et al. Otol Neurotol. 2005;26:988)。その後、犬猫への転用にも成功しており(Zealear et al. Ann Otol Rhinol Laryngol. 2001;125:183, Chi et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 2006;135:40)、今回の研究では、馬に対しても概念実証(Proof of concept)が達成され、今後は臨床応用に向けた更なる検討を要する、という考察がなされています。
この研究では、術後の時間経過に伴って、刺激反応性が衰えていく傾向が認められ、手術から一年目まで良好なペースメイキングができた馬は、一頭のみでした。そして、七頭中の三頭においては、反回神経に装着した電極が滑り落ちて、適切な神経刺激を与える事が不可能になっており、これは、馬の喉頭および期間の動きの大きさ(High degree of movement of the larynx and trachea)が影響していると推測されています。このため、実際の臨床応用のためには、神経ではなく筋肉内に電極を埋め込む手法(Intramuscular electrodes implantation)を検討する必要がある、という考察がなされています。その場合には、神経組織への外科的侵襲(Surgical infestation)が最小限に抑えられるため、反回神経の医原性損傷(Iatrogenic damage)に起因して、不全麻痺を完全麻痺へと悪化させてしまう危険を避けられる、という利点も指摘されています。
一般的に、馬の喉頭片麻痺における、背側輪状披裂筋の神経再支配(Reinnervation)のためには、肩甲舌骨筋(Omohyoid muscle)の神経筋接合根部を移植する方法(Neuromuscular pedicle graft)も試みられていますが、この場合には、効能発現までに最大一年間を要することが知られており(Fulton et al. AJVR. 1991;52:1461)、手術直後から披裂軟骨の外転を誘導できるペースメイキングのほうが、臨床症例への適用性(Applicability)や時間的効率(Time efficiency)が高いと推測されています。しかし、今回の研究では、グレード4の喉頭片麻痺では、ペースメイキングによる披裂軟骨の外転は思わしくなく、これは、除神経された筋肉(Denervated muscle)に対しては、神経袖電極を介しての刺激は到達しにくかったためと仮説されています。そして、このような症例に対しては、神経筋接合根部の移植や、上述のような筋肉内電極を介してのペースメイキングを要する、という考察がなされています。
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