馬の文献:喉頭片麻痺(Barnett et al. 2013)
文献 - 2020年08月13日 (木)
「喉頭形成術後の33頭の馬における運動時の披裂軟骨外転および安定性の長期的維持」
Barnett TP, O'Leary JM, Parkin TD, Dixon PM, Barakzai SZ. Long-term maintenance of arytenoid cartilage abduction and stability during exercise after laryngoplasty in 33 horses. Vet Surg. 2013; 42(3): 291-295.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)の外科的療法に応用される喉頭形成術(Laryngoplasty)における、披裂軟骨外転および安定性(Arytenoid cartilage abduction and stability)の長期的維持(Long-term maintenance)を評価するため、2005~2010年にかけて、喉頭形成術が実施された33頭の馬における運動時の上部気道内視鏡検査(Upper airway endoscopy during exercise)が、術後の4~71ヶ月(平均33ヶ月)にわたって行われました。
結果としては、33頭の症例における術後一週間目の披裂軟骨外転は、中央値でグレード2(正中軸から50~80度の外転角度)であり、術後六週間目に外転がグレード3(正中軸から45度の外転角度)まで低下する経過が、過半数の馬(16/33頭)に認められたものの、このグレード3の披裂軟骨外転は、その後の長期間にわたって維持されたことが分かりました。また、六週間目における披裂軟骨外転のグレードでは、その後の長期的維持とのあいだに良好な相関(Good correlation)を示した一方で、一週間目のグレードと長期的維持のあいだでは、相関はあまり良くありませんでした。このため、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、多くの症例において、長期間にわたる披裂軟骨の外転が維持されることが示され、また、術後六週間目以降における外転の損失は限定的(Limited loss of abduction)であることから、この時点での内視鏡所見が、長期的な予後指標(Prognostic parameter)として信頼できると考察されています。
この研究では、長期間にわたって維持されうる披裂軟骨の外転度合いは、グレード3(=中程度の外転:Moderate abduction)にとどまっており、これを不十分と見なす馬外科医もいると指摘されています。しかし、他の文献では、最大限の外転(グレード1)でなくても、適切な上部気道機能を回復(Restoration of adequate upper airway function)できるという知見があり(Radcliffe et al. Vet Surg. 2006;35:643, Rakesh et al. EVJ. 2008;40:629)、また、馬主や調教師への聞き取り調査(Survey)によると、外転グレードと術後の競走能力とのあいだにはあまり相関が無かった(少なくとも主観的な判断に寄れば)という報告もなされています(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235, Kidd et al. Vet Rec. 2002;150:481)。そして、喉頭形成術によって競走能力が同レベルの馬と同等まで回復した症例(Horses achieving similar levels of performance as their race‐matched peers)においても、披裂軟骨の外転は必ずしも最大グレードでは無かった、という知見も示されています(Barakzai et al. Vet Surg. 2009;38:934)。
この研究では、喉頭形成術後の六週間目までに、披裂軟骨の外転度合いが減退していく所見が認められ、同様の傾向は、他の文献でも報告されていることから(Dixon et al. EVJ. 2003;35:389, Brown et al. EVJ. 2004;36:420)、手術では充分な外転グレード(1または2)を達成できるよう努めるべきであるという見解があります。しかしその一方で、他の文献では、手術時にグレード1まで外転された披裂軟骨は、グレード3までしか外転されなかった披裂軟骨に比べて、六週間目までに外転が損失する危険性が高いという知見もあります(Barakzai et al. Vet Surg. 2009;38:934)、このため、喉頭形成術において施すべき披裂軟骨外転の度合いについては、それぞれの馬外科医から様々な論議がなされている上、手術時または手術直後の所見が、必ずしも長期的な治療成績(Long-term therapeutic effect)の予測には役立たない、という考察がなされています。
この研究では、喉頭形成術をうけた馬の約二割(7/33頭)において、運動中の披裂軟骨の不安定性(Arytenoid cartilage instability during exercise)が認められましたが、この所見は、披裂軟骨の外転グレードや、グレードの低下度合いとは相関していませんでした。一般的に、馬の喉頭形成術では、外側インプラントによって、喉頭周囲の癒着(Perilaryngeal adhesions)および披裂輪状関節の繊維化(Fibrosis of the cricoarytenoid joint)が生じたり(Cheetham et al. Vet Surg. 2008;37:588)、意図的に披裂輪状関節の強直術(Arthrodesis)を施す場合もあり(Davidson et al. Vet Surg. 2010;39:942)、これらが、披裂軟骨外転の維持に寄与していると考えられています。つまり、術後の六週間目までに外転が損失していく徴候は、この癒着や繊維化が完了するまでの期間に見られる現象であると推測されており、さらに、披裂軟骨の不安定性が生じたり、六週間目以降も外転が減退していく症例では、そのような癒着や繊維化が不十分であった可能性もある、という考察がなされています。
この研究の限界点としては、調査の対象となった33頭の症例の他にも、経過追跡ができなくなった症例がいたことが挙げられています。つまり、喉頭形成術が奏功しなかった症例では、他の用途に転用されたり廃用になるケースが多かったと仮定すると、この33頭のデータに基づく長期的な治療成績の検討は、過大評価(Over-estimation)された結果であるという可能性があります。また、クライアントへの聞き取り調査に基づく治療効果の評価では、馬主や調教師が持つ希望的観測(Wishful thinking)も影響することから、やはり治療成績の過大評価につながるという考察がなされています。さらに、内視鏡検査の際に実施される運動の強度についても、全症例で統一(Standardization)されている訳では無かったため、これもデータの偏向(Bias)をもたらした可能性が否定できないと考えられました。
この研究では、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)における披裂軟骨外転のグレードは、運動時の内視鏡検査におけるグレートとは相関しておらず、必ずしも有用な予測指標(Useful predictor)にはならないことが示唆されました。この結果は、安静時の内視鏡所見では、手術の治療効果において間違った結論(False conclusions)を導く危険性がある、という他の文献の知見を、再確認させるデータであると考察されています。そして、披裂軟骨の不安定性や、動的気道虚脱(Dynamic airway collapse)を確認して、再度の喉頭形成術を実施する場合(Laryngoplasty revision)には、運動時の内視鏡所見が特に重要である、という警鐘が鳴らされています。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
馬の病気:喉頭片麻痺


Barnett TP, O'Leary JM, Parkin TD, Dixon PM, Barakzai SZ. Long-term maintenance of arytenoid cartilage abduction and stability during exercise after laryngoplasty in 33 horses. Vet Surg. 2013; 42(3): 291-295.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)の外科的療法に応用される喉頭形成術(Laryngoplasty)における、披裂軟骨外転および安定性(Arytenoid cartilage abduction and stability)の長期的維持(Long-term maintenance)を評価するため、2005~2010年にかけて、喉頭形成術が実施された33頭の馬における運動時の上部気道内視鏡検査(Upper airway endoscopy during exercise)が、術後の4~71ヶ月(平均33ヶ月)にわたって行われました。
結果としては、33頭の症例における術後一週間目の披裂軟骨外転は、中央値でグレード2(正中軸から50~80度の外転角度)であり、術後六週間目に外転がグレード3(正中軸から45度の外転角度)まで低下する経過が、過半数の馬(16/33頭)に認められたものの、このグレード3の披裂軟骨外転は、その後の長期間にわたって維持されたことが分かりました。また、六週間目における披裂軟骨外転のグレードでは、その後の長期的維持とのあいだに良好な相関(Good correlation)を示した一方で、一週間目のグレードと長期的維持のあいだでは、相関はあまり良くありませんでした。このため、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、多くの症例において、長期間にわたる披裂軟骨の外転が維持されることが示され、また、術後六週間目以降における外転の損失は限定的(Limited loss of abduction)であることから、この時点での内視鏡所見が、長期的な予後指標(Prognostic parameter)として信頼できると考察されています。
この研究では、長期間にわたって維持されうる披裂軟骨の外転度合いは、グレード3(=中程度の外転:Moderate abduction)にとどまっており、これを不十分と見なす馬外科医もいると指摘されています。しかし、他の文献では、最大限の外転(グレード1)でなくても、適切な上部気道機能を回復(Restoration of adequate upper airway function)できるという知見があり(Radcliffe et al. Vet Surg. 2006;35:643, Rakesh et al. EVJ. 2008;40:629)、また、馬主や調教師への聞き取り調査(Survey)によると、外転グレードと術後の競走能力とのあいだにはあまり相関が無かった(少なくとも主観的な判断に寄れば)という報告もなされています(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235, Kidd et al. Vet Rec. 2002;150:481)。そして、喉頭形成術によって競走能力が同レベルの馬と同等まで回復した症例(Horses achieving similar levels of performance as their race‐matched peers)においても、披裂軟骨の外転は必ずしも最大グレードでは無かった、という知見も示されています(Barakzai et al. Vet Surg. 2009;38:934)。
この研究では、喉頭形成術後の六週間目までに、披裂軟骨の外転度合いが減退していく所見が認められ、同様の傾向は、他の文献でも報告されていることから(Dixon et al. EVJ. 2003;35:389, Brown et al. EVJ. 2004;36:420)、手術では充分な外転グレード(1または2)を達成できるよう努めるべきであるという見解があります。しかしその一方で、他の文献では、手術時にグレード1まで外転された披裂軟骨は、グレード3までしか外転されなかった披裂軟骨に比べて、六週間目までに外転が損失する危険性が高いという知見もあります(Barakzai et al. Vet Surg. 2009;38:934)、このため、喉頭形成術において施すべき披裂軟骨外転の度合いについては、それぞれの馬外科医から様々な論議がなされている上、手術時または手術直後の所見が、必ずしも長期的な治療成績(Long-term therapeutic effect)の予測には役立たない、という考察がなされています。
この研究では、喉頭形成術をうけた馬の約二割(7/33頭)において、運動中の披裂軟骨の不安定性(Arytenoid cartilage instability during exercise)が認められましたが、この所見は、披裂軟骨の外転グレードや、グレードの低下度合いとは相関していませんでした。一般的に、馬の喉頭形成術では、外側インプラントによって、喉頭周囲の癒着(Perilaryngeal adhesions)および披裂輪状関節の繊維化(Fibrosis of the cricoarytenoid joint)が生じたり(Cheetham et al. Vet Surg. 2008;37:588)、意図的に披裂輪状関節の強直術(Arthrodesis)を施す場合もあり(Davidson et al. Vet Surg. 2010;39:942)、これらが、披裂軟骨外転の維持に寄与していると考えられています。つまり、術後の六週間目までに外転が損失していく徴候は、この癒着や繊維化が完了するまでの期間に見られる現象であると推測されており、さらに、披裂軟骨の不安定性が生じたり、六週間目以降も外転が減退していく症例では、そのような癒着や繊維化が不十分であった可能性もある、という考察がなされています。
この研究の限界点としては、調査の対象となった33頭の症例の他にも、経過追跡ができなくなった症例がいたことが挙げられています。つまり、喉頭形成術が奏功しなかった症例では、他の用途に転用されたり廃用になるケースが多かったと仮定すると、この33頭のデータに基づく長期的な治療成績の検討は、過大評価(Over-estimation)された結果であるという可能性があります。また、クライアントへの聞き取り調査に基づく治療効果の評価では、馬主や調教師が持つ希望的観測(Wishful thinking)も影響することから、やはり治療成績の過大評価につながるという考察がなされています。さらに、内視鏡検査の際に実施される運動の強度についても、全症例で統一(Standardization)されている訳では無かったため、これもデータの偏向(Bias)をもたらした可能性が否定できないと考えられました。
この研究では、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)における披裂軟骨外転のグレードは、運動時の内視鏡検査におけるグレートとは相関しておらず、必ずしも有用な予測指標(Useful predictor)にはならないことが示唆されました。この結果は、安静時の内視鏡所見では、手術の治療効果において間違った結論(False conclusions)を導く危険性がある、という他の文献の知見を、再確認させるデータであると考察されています。そして、披裂軟骨の不安定性や、動的気道虚脱(Dynamic airway collapse)を確認して、再度の喉頭形成術を実施する場合(Laryngoplasty revision)には、運動時の内視鏡所見が特に重要である、という警鐘が鳴らされています。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
馬の病気:喉頭片麻痺