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馬の文献:喉頭蓋捕捉(Lumsden et al. 1994)

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「馬の喉頭蓋捕捉の外科的療法:1981~1992年の51症例」
Lumsden JM, Stick JA, Caron JP, Nickels FA. Surgical treatment for epiglottic entrapment in horses: 51 cases (1981-1992). J Am Vet Med Assoc. 1994; 205(5): 729-735.

この研究論文では、馬の喉頭蓋捕捉(Epiglottic entrapment)に対する有用な外科的療法を検討するため、1981~1992年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって喉頭蓋捕捉の確定診断(Definitive diagnosis)が下され、全身麻酔下(Under general anesthesia)での披裂喉頭蓋襞(Aryepiglottic fold)の経口腔的な軸性分割(Transoral axial division)が行われた22頭の患馬(グループ1)、全身麻酔下での喉頭形成術(Laryngotomy)を介した披裂喉頭蓋襞の切除術が行われた16頭の患馬(グループ2)、喉頭蓋捕捉以外の上部気道異常(Additional upper airway abnormalities)が行われた13患頭(グループ3)における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、グループ1の症例はグループ2に比べて、治療費(Treatment cost)、入院期間(Duration of hospitalization period)、手術から競走復帰までの休養期間(Resting period to first race start after surgery)、および、術後合併症の発症率(Incidence of post-operative complication)が、有意に少なかったり低かった事が示されました。また、馬主への聞き取り調査(Survey)では、治療成功と判断された症例の割合は、グループ1では82%に達したのに対して、グループ2では27%にしか過ぎませんでした。このため、喉頭蓋捕捉の罹患馬に対しては、経口腔的な軸性分割による治療のほうが、喉頭形成術を介した披裂喉頭蓋襞の切除術に比べて、有意に優れた捕捉組織の整復(Correction of entrapping tissue)が達成され、より高い治療成功率(Successful rate)と良好な予後が期待できることが示唆されました。

一般的に、喉頭蓋捕捉の罹患馬に対する外科的療法では、喉頭切開術によって捕捉されている披裂喉頭蓋襞組織が切除された場合には、喉頭蓋下部にある軟部組織の伸縮性が損失し、喉頭蓋が上方に反転する動きが阻害されて、喉頭蓋捕捉の再発(Recurrence)や、軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of the soft palate)および嚥下障害(Dysphagia)を続発する危険性が高いことが知られています(Speirs. J Eq Med Surg. 1977;1:267)。一方、鈎状柳葉刀またはレーザーを用いて、披裂喉頭蓋襞を軸性分割する術式では、広範囲にわたる組織切除を避けて、披裂喉頭蓋襞を真ん中から切り分けるだけなので、術後に喉頭蓋の可動性を妨げる度合いが少なく、また、喉頭形成術の切開創治癒(Incisional healing)に要する期間や合併症を防げる、という利点があります(Honnas et al. Vet Surg. 1988;17:246, Tulleners. JAVMA. 1990;196:1971, Tate et al. Vet Surg. 1990;19:356)。そして、今回の研究では、このような軸性分割術の治療成績の高さを裏付けるデータが示されたと言えます。

この研究では、グループ3の症例はグループ1や2に比べて、術後の競走&競技能力が有意に低かった事が示されました。これらの馬における、喉頭蓋捕捉以外の異常所見には、間欠性または持続性(Intermittent/Persistent)の軟口蓋背方変位、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)、喉頭蓋下嚢胞(Subepiglottic cyst)、披裂軟骨異常(Arytenoid chondropathy)などが含まれました。このため、喉頭蓋捕捉の罹患馬に対しては、術前の内視鏡検査において、喉頭蓋捕捉の存在だけに目を奪われる事なく、それ以外の上部気道の異常所見を慎重に見極めて、適切な予後判定(Prognostication)に努めることの重要性を、再確認するデータが示されたと考えられました。

この研究では、全身麻酔下において、捕捉されている披裂喉頭蓋襞を軸性分割する術式が応用されていますが、他の文献では、起立位手術(Standing surgery)での手法(鈎状柳葉刀またはレーザーを使用する術式)も報告されています。しかし、今回の研究では、手術そのものに要した時間は五分程度であったのに対して、起立位手術では手術そのものに32~60分を要する事が報告されており、気質(Temperament)が難しい馬が長時間にわたる保定(Prolonged restraint)を許容しない場合には、起立位手術によって、術者に危険が及ぶ可能性もあります。また、起立位手術では、患馬に意識があり、披裂喉頭蓋襞に対して後方への緊張(Caudal traction)が掛かっていたり、分割が完了する前に柳葉刀が吻腹側に外れてしまい(Rostroventral dislodgement)、充分な長さの軸性分割が達成できず、喉頭蓋捕捉の再発につながり易い、という知見も示されています(Jann et al. JAVMA. 1985;187:484)。

この研究では、五頭の症例において間欠性の喉頭蓋捕捉が見られ、このうち二頭では、トレッドミル運動中の内視鏡検査によってのみ、喉頭蓋捕捉の発症が確認されました。このため、安静時の内視鏡検査では、間欠性の喉頭蓋捕捉を見落としてしまう可能性がある、という警鐘が鳴らされています。しかし、その反面、このような運動時のみに起こる間欠性喉頭蓋捕捉が、競技&競走能力にどの程度の有害作用(Adverse effect)を与えるかは定かでは無いことから、この所見のみから運動不耐性(Exercise intolerance)およびプアパフォーマンス等の臨床症状との因果関係(Causality)を特定するのは適当でない、という考察もなされています。

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