馬の文献:喉嚢真菌症(Lepage et al. 2005)
文献 - 2020年10月13日 (火)

「馬の喉嚢真菌症に対する経動脈的コイル塞栓形成術(1999~2002年):二年間の経過追跡」
Lepage OM, Piccot-Crezollet C. Transarterial coil embolisation in 31 horses (1999-2002) with guttural pouch mycosis: a 2-year follow-up. Equine Vet J. 2005; 37(5): 430-434.
この研究論文では、喉嚢真菌症(Guttural pouch mycosis)に有用な外科的療法を検討するため、1999~2002年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって喉嚢真菌症の診断が下され、経動脈的コイル塞栓形成術(Transarterial coil embolization)が応用された31頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究の術式では、全身麻酔下(Under general anesthesia)での横臥位(Lateral recumbency)において、まず、血管造影カテーテル(Angiogram catheter)を総頚動脈(Common carotid artery)に穿刺して、蛍光透視装置(Fluoroscopy)を用いての血管造影によって、内頚や外頚動脈(Internal/External caroid arteries)の走行が確認されました。そして、カテーテルを通して塞栓療法コイルを動脈内に挿入して、造影剤が塞き止められている蛍光透視所見によって、完全な血流遮断(Complete obstruction of blood circulation)を確かめ、両側性の症例に対しては、患馬を反対の横臥位にしてから、同様の塞栓形成術が施されました。
結果としては、31頭の患馬のうち、鼻出血(Epistaxis)や嚥下障害(Dysphagia)によって安楽死(Euthanasia)となったのは五頭で、生存率(Survival rate)は84%(26/31頭)でした。このうち、鼻出血の病歴で治療を受けた23頭では、症状完治を示したのは87%(20/23頭)であったのに対して、神経症状の病歴で治療を受けた19頭では、鼻出血で安楽死となった一頭を除けば、症状完治を示したのは50%(9/18頭)に過ぎませんでした。そして、長期的な経過追跡(Long-term follow-up)において、意図した用途への使役復帰を果たした馬は71%(22/31頭)であった事が報告されています。このため、喉嚢真菌症の罹患馬に対しては、経動脈的なコイル塞栓形成術によって、致死的出血(Fatal hemorrhage)の予防効果が期待され、良好な予後を示す馬の割合が高いものの、初診時に嚥下障害や喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)などを併発していた場合には、神経組織の損傷(Damage to neurologic tissue)への治癒効果は、それほど高くないことが示唆されました。
一般的に、馬の喉嚢真菌症に対する治療では、抗真菌剤の全身&局所投与(Systemic/Local administrations of anti-fungal agents)による原発病巣(Primary lesions)の治療よりも、罹患箇所の動脈閉鎖による出血防止処置のほうが、重要な治療指針であることが知られており、さまざまな動脈遮閉の術式が試みられています。過去の文献では、内科的療法では34%の馬が鼻出血を続発したのに対して(Cook et al. Vet Rec. 1968;83:422)、外科的療法における鼻出血の再発率(Recurrence rate)は、内頚動脈の結紮術(Ligation)では20%で(Church et al. EVJ. 1986;18:362)、バルーンカテーテルによる遮閉術では11%であった事が報告されています(Freeman and Donawick. JAVMA. 1980;176:232, Caron et al. JAVMA. 1987;191:345, Freeman et al. Vet Surg. 1989;18:39)。そして、過去の文献(Leveille et al. Vet Surg. 2000;29:389)と今回の研究を合わせた場合、経動脈的なコイル塞栓形成術における鼻出血の再発率は、6%に留まるという結果が示されました。
この研究では、内視鏡検査(Endoscopy)を介して真菌病巣(Mycotic lesion)を発見することで、喉嚢真菌症の確定診断(Definitive diagnosis)が下されましたが、喉嚢内への血液貯留(Blood accumulation)の所見のみによって喉嚢真菌症の推定診断(Presumptive diagnosis)が下された馬(内視鏡による喉嚢内の視診は困難であった馬)もありました。このため、後者の場合には、罹患している動脈の部位を特定するのは困難であるため、内頚動脈の吻側および尾側部(Rostral and caudal aspects of internal carotid artery)、外頚動脈(External carotid artery)、上顎動脈(Maxillary artery)のすべてに対して、コイル塞栓形成術を施すことが推奨されています(=不必要な箇所を遮閉する危険性より、潜在的な出血箇所を残しておく方が、リスクは大きいため)。
一般的に、馬の喉嚢真菌症に対する外科的療法において、処置箇所の動脈に異常分枝(Aberrant branches)が存在していた場合には、血流遮断が不十分になり、術後に致死的出血を続発したり、誤った箇所の動脈(脳底動脈、ウィリス動脈輪、etc)が遮断されて、重篤な神経症状を起こすなどの、術後合併症(Post-operative complications)の危険性があることが報告されています(Leveille et al. Vet Surg. 2000;29:389, Freeman et al. Vet Surg. 1993;22:531)。今回の研究でも、31頭の患馬のうち二頭(6%の症例)において、内頚動脈の異常分枝が発見されており、蛍光透視装置を介した血管造影によって術中画像診断(Intra-operative diagnostic imaging)を行う術式の有用性を、再確認させるデータが示されたと言えます。
この研究では、31頭の患馬のうち、五ヶ月齢の子馬一頭を除けば、他のすべてが三歳齢以上の馬であったことが報告されています。このデータは、喉嚢真菌症は成馬に好発するという過去の文献の知見とも合致していましたが(Cook et al. Vet Rec. 1968;83:422)、その一方で、動脈の先天性異常(Congenital abnormalities)が発症素因(Predisposing factor)になっている可能性がある、という他の文献の知見を裏付けるものではありませんでした(Greet. EVJ. 1987;19:483)。また、来院時の主要な臨床症状は、鼻出血を呈していた馬は74%であったのに対して、神経症状を呈していた馬は26%に留まり、これも、過去の文献のデータと合致するものでした(Church et al. EVJ. 1986;18:362, Caron et al. JAVMA. 1987;191:345, Leveille et al. Vet Surg. 2000;29:389)。
この研究では、術後に内視鏡による再検査が行われた17頭を見ると、真菌プラークの消失(Resolution of fungal plaque)には15~269日間を要していましたが、この期間の長さは、臨床症状の回復度合いとはあまり相関していませんでした。また、難治性の嚥下障害のため安楽死となった一頭では、真菌プラークの消失に要した期間が15日間と最も短かった事が報告されています。このため、馬の喉嚢真菌症に対する外科的療法では、術前の内視鏡検査での真菌病巣の大きさや、術後の内視鏡検査での真菌病巣の退縮度合いなどは、必ずしも有用な予後判定指標(Prognostic indicator)にはならない、という考察がなされています。
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