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馬の文献:喉嚢真菌症(Ernst et al. 2006)

「反対側の側頭舌骨変形性関節症によって動脈遮閉術後に喉嚢真菌症が進行した馬の一症例」
Ernst NS, Freeman DE, Mackay RJ. Progression of mycosis of the auditory tube diverticulum (guttural pouch) after arterial occlusion in a horse with contralateral temporohyoid osteoarthropathy. J Am Vet Med Assoc. 2006; 229(12): 1945-1948.

この研究論文では、側頭舌骨変形性関節症(Temporohyoid osteoarthropathy)と喉嚢真菌症(Guttural pouch mycosis)を併発して、鼻出血(Epistaxis)の予防のため動脈遮閉術(Arterial occlusion)が実施されたものの、真菌症の進行(Progression of mycosis)を起こした馬の一症例が報告されています。

患馬は、六歳齢のアラビアン牝馬で、食欲不振(Inappetence)と摂食困難(Difficulty eating)の病歴で来院し、眼科検査(Ophthalmologic examination)では右眼の浅部角膜潰瘍(Superficial corneal ulcer)が認められました。また、内視鏡検査(Endoscopy)では右側の耳管憩室(Auditory tube diverticula)(=喉嚢)における茎突舌骨(Stylohyoid bone)の肥厚化(Thickening)が見られた事から、側頭舌骨変形性関節症の確定診断(Definitive diagnosis)が下され、レントゲン検査(Radiography)では中耳炎(Otitis media)の併発が示されました。一方、左側喉嚢の内視鏡検査では、内頚動脈(Internal carotid artery)の箇所に黄色~白色の真菌プラーク(Yellow to white mycotic plaque)が発見され、喉嚢真菌症を併発した事が確定診断されました。

治療としては、右側喉嚢の側頭舌骨変形性関節症による脳神経圧迫(Cranial nerve compression)を改善するため、角舌骨切除術(Ceratohyoidectomy)が実施され、また、左側喉嚢の真菌症による致死性出血(Fatal hemorrhage)を予防するため、内頚動脈のコイル塞栓療法(Coil embolisation)が実施されました。患馬は、問題なく麻酔覚醒(Anesthesia recovery)して、三日後に退院し、その後の三週間にわたって症状改善を示しましたが、手術から53日後に嚥下障害(Dysphagia)と体重減少(Weight loss)の病歴で再入院しました。内視鏡検査では、左側の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)と軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)が示され、左側喉嚢の真菌病巣はより広範囲に拡大していました。また、患馬は、左側のホーナー症候群(Horner syndrome)と、舌の右側半分の萎縮(Atrophy of the right side of the tongue)を呈しており、神経症状の進行度合いから予後不良(Poor prognosis)であると判断され、残念ながら安楽死(Euthanasia)となりました。

この症例では、動脈遮閉術の後に、予期していなかった真菌病巣の拡大と、神経症状の悪化が認められ、罹患した神経組織としては、交感神経幹(Sympathetic nerve trunk)もしくは頭側頚椎神経節(Cranial cervical ganglion)(=ホーナー症候群を引き起こす)、迷走神経とその枝部(Vagus nerve and branches)(=咽頭・喉頭神経の機能障害を引き起こす)、舌下神経(Hypoglossal nerve)(=舌萎縮を引き起こす)、舌咽神経(Glossopharyngeal nerve)(=喉頭神経の機能障害を引き起こす)等が挙げられました。今回の症例では、初診時の主病歴は、側頭舌骨変形性関節症に起因すると予測された神経症状で、喉嚢真菌症は偶発的な所見(Incidental finding)であった事から(=初診時の症状は全て右側の神経損傷に由来していたため)、真菌病巣の浸潤は血管組織よりも神経組織に波及していた可能性があり、このため、動脈遮閉によっても真菌プラークの退縮効果はあまり示されず、病巣が拡大していた結果、重篤な神経症状の発現につながった、という考察がなされています。

この症例では、右側の角舌骨切除術の際に、右側の舌下神経が医原性損傷(Iatrogenic damage)を受けた結果、術後に舌の右側半分の萎縮を引き起こしたと推測されています。一方、喉嚢真菌症に対して動脈遮閉術が奏功しなかった事と、側頭舌骨変形性関節症の併発(もしくは角舌骨切除術の実施)が、どのような因果関係(Causality)を持っていたかについては、明瞭な論理立てや、潜在的な仮説はなされておらず、症例報告としては考察が不十分であったという印象を持たざるを得ません。例えば、片方の角舌骨が切除された結果、左右の舌骨合同装置(Hyoid apparatus)の協調的動作(Synchronized motion)が妨げられ、茎突舌骨の周辺にある神経組織への力学的負荷(Mechanical load)が増加して、神経症状の悪化につながった可能性も否定できないのではないでしょうか。また、右側の角舌骨による支持機能が無くなり、舌を後方に引っ張る筋肉から左側の角舌骨に掛かる緊張が増せば、左側の喉嚢内がより陰圧になり、粘膜損傷に伴う真菌病巣の拡大が生じた(=神経組織への真菌の浸潤も悪化)、という仮説も成り立つのかもしれません。

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