乗馬に転用される競走馬に気をつけること
馬の飼養管理 - 2022年07月14日 (木)

引退した競走馬が、乗馬として活躍していくためには、様々な点に気をつけることが大切です。
引退した競走馬を、乗馬にうまく転用していくことは、日本の馬社会においても重要です。日本は欧米諸国と異なり、国内で飼養されている馬に占める競走馬の割合が、六割以上と非常に多く(欧米では1~2割程度)、引退競走馬の受け皿の一つとなる乗馬という産業の規模が、相対的に低くなりがちだと言えます。近年、引退馬のリトレーニング活動に関心が深まっているように、競走馬を適切に乗馬へと転用していくことは、日本における馬のウェルフェア向上に寄与するためにも、大変に有用であると考えられます。
参考資料:
Erica Larson. Choosing an Ex-Racehorse. The Horse, Topics, Sports Medicine, Oct30, 2018.
競走馬が引退するときには、大きく2つの理由があります。レースで素晴らしい成績を残した馬は、多くが繁殖馬になりますので、乗馬に転用となる馬の場合には、能力や性格の問題からレースに勝てなかったか、怪我や故障でレースに出走できなくなった、というケースが多いと考えられます。当然ながら、前者と後者では、乗馬に転用するときに気をつけるポイントも異なってきます。
競走馬を乗馬に転用する際に、まず気をつける点としては、関節の健康状態があります。競走馬では、襲歩によって前肢に大きな負荷が掛かるため、特に腕節(前膝)と球節に問題を抱える個体が多いと言われています。このため、X線検査でこれらの関節に異常が無いかをチェックすることが推奨されており、軽度の関節損傷のみであれば、乗馬の競技馬として、十分に成功できる可能性は高いと言われています。一方で、剥離骨折片が残っていたり、広範な軟骨変性が起こっている場合には、乗馬に転用しても競技キャリアが短くなったり、健常歩様の維持に高額な治療費を要してしまう可能性もあります。このうち、特に軟骨変性については、X線画像だけでは評価が不正確になるケースもあるので、獣医師による精密検査を受けるのが望ましいと言えます。
次に気をつける点としては、馬の気性や性格があります。一般的に、競走馬には劇場的(Explosive)もしくは神経過敏(High-strung)な気性が多い傾向があり、このような馬たちは、乗馬への適応に時間を要したり、安全に騎乗使役できない(特に初心者を騎乗させる練習馬の場合)という可能性もあります。しかし、競馬から乗馬という環境の変化に伴って、温和な気性に激変する個体もありますし、オス馬は去勢によって性格が落ち着くことも多いので、転用を決断する段階では、気性や性格がどの程度その馬の乗馬キャリアに影響するかを、正確に評価するのは難しいとも言われています。また、最初の一年間(最長でも二年間)で気性が変化しない馬に対しては、気性を落ち着かせるサプリを検討してみても良いのかもしれません。
もう一つ気をつける点としては、馬の姿勢や肢勢が挙げられます。一般的に、乗馬に求められる運動では、競馬と異なり、馬体をコレクションさせて収縮歩様を得ることが大切ですので、背中が長く骨盤が水平に近い体型(Long backs and a flat pelvis)の馬では、乗馬への順応が困難なこともある、と提唱されています。また、繋ぎが長い肢勢の馬では、収縮運動をさせることで、球節の過沈下から繋靭帯変性を招くリスクが高まることが知られています。ただし、どのような姿勢や体型であっても、蝶のように歩様が軽く、弾むような動きをする場合には、乗馬でも活躍できるとも言われていますので、静止時の馬体の形だけでなく、速歩や駈歩での馬の動きを評価することが大切だと考えられます。もう一つ、引退直後の競走馬では、蹄底が薄く、蹄尖が長い肢勢になっている個体も多いので、その重篤度を見極めて、適切な装蹄と栄養管理を行なっていくことも重要です。加えて、蹄繋軸が前方破折している個体では、加齢に伴って、蹄踵痛やナビキュラー病を継発する危険性も指摘されています。
そして、怪我や故障によって引退した場合には、その病態の重さにも気をつける必要があります。基本的に、競馬よりも運動負荷の低い乗馬では、引退原因となった病気が完治すれば、乗馬で成功することは十分に可能です。しかし、その病気のタイプによっては、乗馬としての競技能力が制限されたり、軽い跛行を間欠的に繰り返すケースもあります。前述の前肢の関節疾患の他にも、後肢の膝関節の損傷、および、病変が広範に及ぶ浅屈腱炎や繋靭帯炎などを患った馬においては、将来的な悪影響が多いと言われています。ですので、獣医師による跛行検査や画像診断を受けて、此処の個体のセカンドキャリアを慎重に見極めることが必要だと思います(たとえば、強度運動で屈腱炎を再発するリスクの高い馬は、初めから練習馬として調教するなど)。
競馬に使役されるサラブレッド種は、レース専用の品種ではなく、乗馬でも優れた競技能力を発揮できる、素晴らしいアスリートです。しかし、此処の馬の健康状態や性格を適切に評価して、正しく乗馬に転用していかなければ、馬とホースマンの両方に幸せをもたらさない、という認識が大切なのだと思います。
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