関節注射のリスクを知っていますか?
馬の飼養管理 - 2022年07月16日 (土)

関節注射の安全性について何が分かっているのでしょうか?
馬に起こる健康問題の八割は跛行であり、そのうち最も多い原因は関節炎であることが報告されています。そして、馬の関節炎の治療としては、関節内に抗炎症および軟骨保護作用のあるクスリを直接的に注入する関節注射(Joint injection)が選択されることがあります。特に、15歳以上の競技馬では、慢性的な関節痛を制御するため、年に何回か関節注射療法を繰り返しながら、競技キャリアを続けていくケースもあり、頻回の関節注射によるリスクについて心配になるホースマンもいるかと思います。
参考資料:
Erin Contino. Are Frequent Joint Injections Safe for Horses? The Horse, Topics, Arthritis & Degenerative Joint Disease, Dec9, 2020.
Alexandra Beckstett. Corticosteroid Joint Injections for Horses With Arthritis: Friend or Foe? The Horse, Topics, BEVA Congress 2018, Nov8, 2018.
Nancy S Loving. Infectious Arthritis Incidence Following Joint Injections. The Horse, Topics, AAEP Convention 2014, Mar23, 2015.
関節注射による細菌感染
馬の関節注射におけるリスクとして最も大切なのは、注射するときに関節内に雑菌が入ってしまうことによって起こる感染性関節炎です。関節腔は細菌感染が起こると治りにくく、関節組織に深刻なダメージを与えて、運動能力の低下を招いてしまいます。また、細菌感染を生じた関節では、激痛を伴って荷重を妨げることで、対側肢の負重性蹄葉炎を続発する事もあるなど、とても怖い医原性疾患になります。
このため、獣医師が関節注射を実施する際には、厳格な滅菌操作や、抗生物質投与(筋肉内および関節内)によって感染予防に努めていますが、危険性のエビデンスを示すために、関節注射のあとに発症する感染性関節炎に関する科学的検証も行なわれています。
過去の調査では、関節注射10,000回あたりに発症した感染性関節炎は9.2回であったことが分かり、約千回に一回の割合で細菌感染が起こっていました。この調査では、関節内に投与されたクスリで最も多かったのは、ステロイド系抗炎症剤(トリアムシノロン等)でしたが、この際に、関節軟骨成分を含む製剤(ポリ硫酸化グリコサミノグリカン[PSGAG]等)を一緒に注射すると細菌感染の危険性が増すという知見も示されています。また、細菌感染は、平均すると、注射から10日後くらいのタイミングで起こっていました。
そして、他の研究では、関節包を注射針で刺入するときに、体毛や組織片などが関節腔内に侵入してしまう割合は91%に上ることが確認されており、関節注射の際に抗生物質を併用することの重要性が再確認されています。
関節注射の副作用
細菌感染以外のリスクとしては、関節注射で用いられるステロイド系抗炎症剤によって、関節軟骨の分解が起こってしまい、長期的には関節組織を壊してしまうという副作用も懸念されています。しかし、近年では、軟骨保護作用も得られる抗炎症剤であるトリアムシノロンが選択されるようになっており、この副作用の心配は少ないという提唱がなされています。
さらに、ホースマンのあいだでは、ステロイド系抗炎症剤の投与によって蹄葉炎を続発してしまうリスクも取り沙汰されてきました。しかし、近年の研究では、関節注射後に蹄葉炎を起こすことは極めて稀であり、投与された抗炎症剤との因果関係も無いのではないか(メタボリック症候群などの代謝系疾患のある馬を除く)、という知見が示されています。
関節注射は安全で有益な治療法
このように、関節内にクスリを注射することによる合併症や副作用の発生は、確率的には低く、注射によって得られる抗炎症・鎮痛作用を考えると、関節注射療法そのものは、安全性の高い有益な治療法であると結論付けられています。しかし、上述のようなリスクはゼロではありませんので、関節注射以外に適用できる関節炎の対処法を検討することも重要だと言われています。
また、関節注射は痛み止めのために打つため、競馬や乗馬の国際機構においては、ステロイド系抗炎症剤の関節内投与を制限するガイドラインが定められている事もあります。この場合、ルール的にも、関節注射以外の治療法を選択せざるを得ないことになります。
関節炎の代替療法
馬の関節炎に対する内科的療法としては、関節注射以外でも、ヒアルロン酸製剤やPSGAG製剤を全身投与(静脈内および筋肉内)する方法や、抗炎症作用のある軟膏を、関節部の皮膚に塗布するという選択肢もあります。これらは、関節に針を刺すリスクを避けられますので、まず全身投与や局所塗布を実施してみて効かなければ、その時点で関節内投与を検討するという方針も取られています。
しかし、一般的には、これらの治療法は、関節炎が進行してしまった個体には、十分な治療効果を得られないケースが多いことが知られており、また、ヒアルロン酸製剤やPSGAG製剤はかなり高額になります。ですので、獣医師の検査を受けてみて、十分な費用対効果が期待されるのか否かを判断することが大切であると言えます。
その他には、関節炎の症状を抑えるサプリメントも多種類が市販されており、薬剤投与と異なり、副作用が殆ど無いというメリットがあります。これらのサプリの飼料添加は、クスリほどの強い効果は期待できませんが、関節組織を健常な状態に保ったり、関節炎の進行を緩やかにしたり、また、関節の柔軟性を向上させる一助になることで、跛行の頻度や重篤度を下げて、必要な関節注射の回数を減らすという利点があると提唱されています。
国内および海外市場には、関節炎への効能を謳った多種類のサプリメントが市販されていますので、どれを購入するのか迷う場合には、馬の獣医師に相談して、サプリに含まれる成分や謳われている効能について、医学的な見解を伺うのが良いと考えられます。
関節炎の物理的療法
さらに、ヒトの関節炎に関する医学的知見を見てみると、体重を適切なレベルまで減らしたり、規則正しいウォーキングを実施することで、関節炎による痛みや軟骨変性のスピードを抑えられることが知られています。加えて、近年では、ショックウェーブ治療などの、クスリに頼らない物理的療法によって、関節炎の症状を緩和できるという知見も示されています。
ですので、馬の関節炎においても、関節注射以外の対処法を検討して、長期的に関節炎をうまく付き合っていくという管理方針が大切なのではないでしょうか。
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