蹄葉炎と上手に付き合っていく方法
馬の飼養管理 - 2022年07月18日 (月)

蹄葉炎になった馬にとって、病気とうまく付き合っていく事はとても重要です。
蹄葉炎とは、蹄葉状層が剥離して、蹄骨が変位してしまう病気であり、「不治の病」とも呼ばれます。しかしこれは、この病気に罹ったら命が助からないという意味ではありません。現在では、蹄葉炎に関する知見が深まってきており、馬の蹄葉炎は、単に完治するのが難しいだけで、蹄葉炎と上手に付き合っていくことで、その馬が幸せな余生を送っていくことは出来る、という時代になってきたと言えます。そして、蹄葉炎と上手に付き合っていくためには、内服薬や装蹄のほか、飼料、敷料など、馬のライフスタイルの様々な側面に気を配る必要が出てくるのです。
参考資料:
Erica Larson. Keeping Laminitic Horses Comfortable. The Horse, Topics, Hoof Care, Aug11, 2021.
Stacey Oke. Individualized Diets Help Horses With EMS-Induced Laminitis. The Horse, Topics, Nutrition-Related Problems, Jul26, 2021.
Christa Leste-Lasserre. Clinician: Managing Laminitic Pain Takes Multiple Therapies. The horse, Topics, AAEP Convention 2020, Jan6, 2021.
Christa Leste-Lasserre. Life After Laminitis. The Horse, Topics, Hoof Care, Horse Care, Laminitis (Founder), Jun3, 2020.
蹄葉炎馬への鎮痛剤の使用
蹄葉炎とうまく付き合っていく時に、まず必要になってくるのは、正しく鎮痛剤を使っていく事になります。慢性の蹄葉炎は、急性期ほどではありませんが、深刻かつ持続的な痛みを伴いますので、痛み止めのクスリが長期間にわたって必要になるケースが多いと言えます。この場合、非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の内服薬が選択されることが多く、これには、フェニルブタゾン、フルニキシン・メグルミン、フィルコキシブなどが含まれます。
しかし、NSAIDには、胃潰瘍などの副作用もあるため、クスリの種類や投与量、投与期間、および、胃潰瘍のためのクスリを併用するか否か、等の諸要因を考慮する必要があります。また、鎮痛作用のある他種類の薬剤(ガバペンチンやアセトアミノフェン)を併用することで、NSAIDの投与量を低く抑えて、副作用の予防も図る、という治療方針も提唱されています。これらは、獣医師の検査結果に基づいて、定期的な協議を通して判断していくのが良いと思われます。
蹄葉炎馬の装蹄療法
次に、蹄葉炎に罹患した蹄そのものへのケアについてですが、この場合には、装蹄療法が中心となります。慢性蹄葉炎に適用される装蹄指針としては、端蹄回しや上湾蹄鉄等で蹄反回を容易にして、深屈腱による蹄骨の掌側牽引力を緩和したり、蹄葉炎の治療用の蹄鉄(ハートバー蹄鉄、“木靴”、バナナ蹄鉄など)を装着することで蹄反回向上と蹄骨支持を施したり、もしくは、蹄底に衝撃吸収するための充填剤を詰める、などが推奨されています。また、近年では、新しいタイプの治療用蹄鉄も試用されてきています。
そして、装蹄療法の効果を客観的に評価するため、経時的なレントゲン撮影によって、削切度合いや蹄鉄装着の位置を計測したり、蹄骨変位の経過観察をすることが望ましく、加えて、静脈造影によって蹄葉組織の血流良化を精査することも有用であると言われています。
蹄葉炎馬の手術
慢性の蹄葉炎には、外科的な治療法もありますが、施術のタイミングが重要です。一般的に、蹄骨の変位が止まり、蹄葉組織の変性が落ち着いた段階に入れば、蹄骨角度を正常な状態に矯正するため、デローテーションという装蹄療法が適用されます。この場合には、蹄骨への緊張力を減退する手術(深屈腱切断術)を実施するか否か、および、実施のタイミングを慎重に判断する必要が出てきます。判断指標としては、経時的なレントゲン検査による蹄骨性状の監視が重要ですが、診断麻酔等で疼痛の発生箇所と重篤度を、厳密に判断することも大切です。
また、蹄骨の変位の形式や度合いによっては、蹄骨の頂点部分(伸筋突起)によって蹄冠蹄葉が圧迫を受けて、健常な蹄成長を妨げている病状も起こりえます。そのようなケースでは、蹄冠箇所の蹄壁を帯状に削切する手術(蹄冠造溝術)が選択されることもあります。これらの手術は、実施のタイミングを誤ると、病態を悪化させてしまうリスクもありますので、精密検査に基づいた慎重な判断が必須です。
蹄葉炎馬の飼料
蹄葉炎と付き合っていく過程では、飼料の選択と調整も重要となってきます。基本的に、慢性の蹄葉炎を患っている馬では、罹患蹄への負荷を軽減するため、体重を少し落とすほうが良いケースが多いですが、特定の栄養素が不足すると、健常な蹄組織の成長が妨げられてしまいます。ですので、蹄葉炎馬に対しては、穀物やペレット等の濃厚飼料を制限し、良質な粗飼料を中心とする給餌内容にしながら、角質合成に必要な成分をサプリメントで補う方針が有用です。
また、蹄葉炎の病因が、メタボリック症候群などの代謝系疾患であった場合には、炭水化物や糖質の過給は禁忌であると提唱されています。特に、水溶性炭水化物の給餌量には留意すべきとされており、乾草を30分間ほど温水に浸してから給餌する方法も有用です(勿論、浸した温水は捨ててから給餌すること!)。
蹄葉炎馬の足場
慢性蹄葉炎の馬を飼養する際、古典的には、馬房に砂を敷き詰めるのが良いとされており、蹄叉の箇所に砂が入り込んで、物理的に蹄骨底部を支持することで、蹄骨変位の予防および疼痛緩和につながると言われています。しかし、砂はオガや藁に比較して、クッション性や吸水性が劣り、質の良い砂に常に入れ替えなければ、清潔な状態に保つのも難しいと言われています。
このため、近年では、通常の敷料を用いながら(十分な量のオガや藁)、蹄叉箇所を支持する機能を持つブーツを履かせることで、砂と同じ効能を付与する飼養方針も試みられています。この場合、ブーツ底に挿入するインサート素材を定期的に交換することで、物理的支持作用が劣化しないようにする事が重要だと言われています。
蹄葉炎馬の管理に重要なこと
最後に、慢性蹄葉炎と上手に付き合っていく一番の秘訣は、上述のような様々な管理方針が、キチンと奏功しているかを注意深く観察および評価して、適切なアジャストをしていく事であると言えます。なぜなら、蹄葉炎には、これが常に最善であるという治療法も飼養管理法も存在せず、此処の馬の病態の重さとステージに応じて、変更や微調整を繰り返していくことが必要になってくるからです。蹄葉炎との付き合いは、悲観的にならず、しかし、忍耐強く取り組んでいくという、管理者のコミットメントが重要なのではないでしょうか。
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