馬の病気:椎骨骨折
馬の骨折 - 2013年07月31日 (水)

椎骨骨折(Vertebral fracture)について。
頚椎(Cervical vertebrae)の骨折は子馬に多く見られ、転倒や衝突などの頚部の過伸展および過屈曲(Hyper-flexion/extension)を生じる外傷が原因となります。軸椎(Axis)の歯突起(Odontoid process)に骨折を生じた症例では、項靭帯(Nuchal ligament)の牽引力によって、環軸脱臼(Atlantoaxial luxation)を起こしますが、脊髄腔の幅が比較的広い領域であるため、脊髄(Spinal cord)が側方へ逃げることで、重篤な脊髄損傷を免れる場合もあります。症状としては、運動失調(Ataxia)と不全麻痺(Paresis)から起立不能(Recumbency)へと進行する場合が多く、骨折片間の捻髪音(Crepitation)が聴取される事もあります。確定診断(Definitive diagnosis)はレントゲン検査(Radiography)で下され、脊髄造影検査(Myelography)によって環軸不安定性(Atlantoaxial instability)の重度を確かめ、脳脊髄液検査(Cerebrospinal fluid analysis)によって脊髄損傷の度合いを確認します。急性期病態においては、コルチコステロイド、利尿剤(Diuretics)、非ステロイド抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)などの投与によって、全身症状の安定化が行われ、外科的治療が選択された症例においては、椎骨の腹側面でのプレート固定術(Plate fixation)を介して環軸癒合(Atlantoaxial fusion)が施されます。
環椎弓(Atlantal arch)に骨折を生じた症例では、頚部の圧痛(Pain on neck palpation)や強直性(Stiffness)を示すものの、環軸関節の不安定性は僅かであるため、急性期に神経症状を呈することはあまり多くありませんが、骨折部の過剰な仮骨形成(Excessive callus formation)によって、脊髄圧迫(Spinal cord compression)を続発する場合もあります。診断では、側方レントゲン検査による骨折の発見は困難である症例も多いため、背腹側撮影像(Dorsoventral view)における環椎弓部位の骨新生(New bone formation)を確認することが重要で、また、脊髄造影検査を介して環軸不安定性と脊髄圧迫の重篤度(Severity)を確かめます。外科的治療が選択された場合には、背側椎弓切除術(Dorsal laminectomy)による脊髄の除圧(Decompression)が実施され、極度の骨新生を起こした場合を除いて、仮骨除去(Callus burring)を要する症例は稀です。
環椎と軸椎以外の頚椎における骨折は、第三および第四頚椎(Third and fourth cervical vertebrae)に最も多く見られ、頚部の過伸展に起因する関節突起骨折(Articular process fracture)や背側棚骨折(Dorsal shelf fracture)(いわゆるDe-roofing fracture)などの病態を呈します。骨折の重篤度と脊髄の損傷度は必ずしも相関しないため、レントゲン検査に併行して、神経学検査(Neurologic examination)や脊髄造影検査を行い、外科療法の必要性を判断することが重要です。また、椎骨間の不安定性が、骨折部から隣りの椎間関節に波及する現象(いわゆるDomino-effect instability)が見られる場合もあります。外科的治療に際しては、堅固な椎骨体(Vertebral body)が残存している病態では、骨折部の腹側プレート固定(Ventral plate fixation)が行われ、発症部の椎間関節に金属製の籠を埋め込む腹側不動化手術(Ventral stabilization)を併用して、プレート破損を防ぐことが重要です(プレートを設置する頚椎腹側は張力面ではないため)。椎骨体の破砕が激しく、プレート設置が困難な症例においては、頚部ギプス(Neck cast)を用いての外固定法(External fixation)による治療が試みられ、骨折治癒に伴って過剰な仮骨形成を起こし、神経症状を続発した場合には、背側椎弓切除術による脊髄除圧と仮骨除去が要する症例もあります。
胸腰椎(Thoracolumbar vertebrae)の骨折は外傷性に発症し、子馬よりも成馬に好発します。背側棘突起(Dorsal spinous process)の骨折は、特に鬐甲部(Withers)に頻繁に見られ、完全骨折(Complete fracture)を生じた症例では、骨折片の外側変位(Lateral displacement)を併発することもあります。背側棘突起の骨折では、外科的治療を要することは稀で、馬房休養(Stall rest)によって良好な骨癒合(Bone union)を生じることが報告されていますが、回復後に鬐甲の変形を起こした場合には、幅の広い鞍に切り替える必要がある場合もあります。
重度の衝突事故などによって、胸腰椎骨体部の骨折を起こした症例では、神経症状を呈する場合が多く、前肢の伸筋緊張亢進(Extensor hypertonia)(いわゆるSchiff–Sherrington現象)が観察される事もあります。また、子馬においては、ロドコッカスエクイ感染による骨髄炎(Osteomyelitis)から、二次性の病理学的骨折(Secondary pathologic fracture)を起こした症例も報告されています。胸腰椎骨体部の骨折では、神経症状の重篤度によっては、速やかに安楽死(Euthanasia)が選択される症例も多いですが、外科的治療が選択された場合には、背側からのSteinmannピン挿入とプラスチックプレート固定術による骨折部不動化と、背側椎弓切除術が併用されます。
仙尾椎(Sacrum and caudal vertebrae)の骨折は、後方への転倒によって発症することが多く、仙椎部の骨折では椎骨間の癒合(Sacral vertebral fusion)が完了していない子馬において、臨床症状が顕著である傾向にあります。仙尾椎部の骨折では、馬尾神経(Cauda equina)や坐骨神経(Sciatic nerve)などを損傷する危険が高く、肛門括約筋(Anal sphincter)の麻痺、後肢の歩行失調、固有受容性欠陥(Proprioceptive deficit)、屈筋反射減退(Diminished flexor reflexes)等の症状を呈します。診断はレントゲン検査で下されますが、多くの筋肉に囲まれている領域であるため、大型の撮影機器を要することが多く、また、脊髄造影検査や硬膜外造影検査(Epidurogram)によって、脊髄の圧迫および損傷の重度を判定することが重要です。外科的治療が選択された場合には、Lubraプレート固定術による骨折整復と背側椎弓切除術が併用されます。
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