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馬のネブライザー治療の実践

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馬の呼吸器疾患に応用されているネブライザー治療について復習しましょう。

ネブライザー治療とは、医学用語では吸入療法(Inhalation therapy)と呼ばれ、噴霧した薬剤を呼吸に併せて吸い込ませることで、上部及び下部気道組織に直接的にクスリを作用させる治療法です。適応症例としては、競走馬に見られる炎症性気道疾患(IAD)や運動誘発性肺出血(EIPH)のほか、高齢馬のアレルギー疾患である回帰性気道閉塞(RAO)や、鼻腔や咽頭部の炎症に起因する多くの疾患に応用可能であると言われています。

参考文献:
Mandy L Cha, Lais R R Costa. Inhalation Therapy in Horses. Vet Clin North Am Equine Pract. 2017; 33(1): 29-46.
F R Bertin, K M Ivester, L L Couetil. Comparative efficacy of inhaled albuterol between two hand-held delivery devices in horses with recurrent airway obstruction. Equine Vet J. 2011; 43(4): 393-398.

馬におけるネブライザー治療は、安全性の高い投薬ルートであることが知られています。特に、IADやRAOで用いられるコルチコステロイドや気管支拡張剤などは、全身投与では副作用が強いため、吸入療法での投薬が有用です。また、抗生物質においても、全身投与では高濃度が必要で、耐性菌発現や腸内細菌への悪影響のリスクがありますので、吸入療法ではこれらの点から有効であると言われています。

ネブライザー治療では、噴霧装置から発生されるエアロゾル粒子の大きさが重要で、大きなサイズの粒子(>10μm)は咽頭から気管までしか達しないのに比べて、中程度のサイズの粒子(6~10μm)は細気管支まで、小さいサイズの粒子(<5μm)は肺胞まで到達できることが知られています。また、ネブライザーで投与した薬剤は、対象組織に直接届くため、作用発現は早いものの、粘膜絨毛エレベーターの異物排出機能があるため、薬剤効果の消失も早いのが特徴です。このため、此処の症例の病態によっては、頻回のネブライザー治療を要する場合もあります。



ネブライザー治療の機器

馬のネブライザー治療には、幾つかのタイプの機器が使われています。シンプルなものとしては、馬の鼻孔にチャンバーを押し当てて、そのチャンバー内にエアロゾルを噴霧するタイプの機器があります(下写真のAおよびB)。これらは、安価で購入できますが、スプレー式に噴霧する薬剤(インヘイラー)が少し高価なことと、用手で数回だけ吸い込ませるのが限界という欠点があります。このため、RAOにおける喘息発作を急いで治療するといった、限定的な目的で使用されます。

一方、マスク式のものとしては、ヒト用の噴霧装置からホースを通してマスク内に噴霧させるタイプ(下写真のC)や、マスクと噴霧装置が一体になっているタイプ(下写真のD)があります。これらは、数十分間かけて持続的に吸引療法を実施でき、馬の頭部に固定できるため、ずっと用手で保持しておかなくても良い、という利点があります。また、機器の値段はAやBよりも高価ですが、クスリの溶液を振動でエアロゾル化する構造であるため、スプレー式のインヘイラーが要らない分、クスリ代は安価になります。

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販売元リンク:
写真のA:Equine Haler Inhalation Mask (Pet Prescription)
写真のB:AeroHippus Chamberr (Trudell Animal Health)
写真のC:診療用プラスチック製口カゴ(株式会社渡辺馬具)
写真のD:馬用吸入器ネブライザー(EBM Trading Japan KK)



ネブライザー治療の薬剤

馬のネブライザー治療では、上述のCやDの機器を使う場合、生理食塩水に他の薬剤を溶解してから噴霧させますが、この際、生理食塩水そのものにも粘液溶解作用があると言われています。特に、重度のRAOでは、気道内に分泌された粘液は、粘稠度が高く吸収されにくくなっているため、そこに生食のエアロゾルが作用して薄めることで、気道粘膜からの吸収を促進します。一方、生食の代わりに滅菌水や高張食塩水を用いると、浸透圧変化から気管支収縮を起こす危険性があります。

馬のネブライザー治療で頻繁に用いられるクスリとしては、気管支拡張剤があります。このうち、β2アドレナリン作動薬には、短時間作用型のアルブテロール(15分で効き始め、効能は4時間)、および、長時間作用型のサルメテロール(30分で効き始め、効能は8時間)などがあり、平滑筋収縮抑制により気管狭窄を防ぎながら、粘膜絨毛クリアランスおよび粘膜吸収流動性を向上させます。一方、ムスカリン拮抗薬(イプラトロピウム)は、やはり平滑筋収縮を抑制しますが、薬効発現に一時間を要するため、通常は、アルブテロール等の即効性の気管支拡張剤が選択されることが多いです。

馬のネブライザー治療では、抗炎症剤であるコルチコステロイドも頻繁に用いられており、全身投与では副作用が懸念されることから、吸入療法で積極的に使用されています。エアロゾル投与用としてはベクロメタゾンが有用であり、非常に小さな粒子となり下部気道に作用できることが知られていますが、副作用として沈鬱症状を示すため、症状の推移を鑑みて投与量を調整する必要があります。他のコルチコステロイドとしては、フルチカゾンも有効であり、抗炎症作用が強く効能が20時間続くという利点がある反面、高価であることから、第一選択薬となるのは稀です。

馬の細菌性肺炎に対するネブライザー治療では、抗生物質のエアロゾル投与も試みられており、ゲンタマイシン、セフチオファ、アミカシン等の吸入療法が報告されています。しかし、馬に対しては、エアロゾル用として精製された薬剤は費用的に使用が難しく、全身投与用の薬剤を転用することになるため、抗生物質のネブライザー投与をする際には、気道粘膜刺激などの副作用に留意することが重要です。たとえば、ゲンタマイシンのネブライザー治療では、投与量を全身投与の1/3程度に抑えれば、気道炎症等の副作用は無く、気道内の薬品濃度は全身投与よりも高かったことが示されています。



ネブライザー治療に関して重要なこと

馬のネブライザー治療における注意点としては、適切な粒子サイズを噴霧できるような機器設定にすること、使用する薬剤が噴霧するのに適した濃度や粘稠度であることを確認すること、吸引中の死腔容積を最小限に減らすこと、および、ネブライザー機器を常に清潔に保つこと、等が挙げられています。特に、上述のCおよびDの機器では、薬剤を入れるカップやボトルの劣化によって、適切な粒子サイズへのエアロゾル化が達成できない場合もあるので、定期的なメンテナンスが大切です。

また、ネブライザー治療に併行して、呼吸器疾患の病因を抑える方策も重要であり、IADやRAOの場合には、飼養環境中のアレルゲンを減らすために、飼料や敷料の変更、粉塵の少ない飼養場所への変更、害虫駆除設備の整備などが試みられます。さらに、気道炎症を抑えるサプリメントの飼料添加を検討することも推奨されています。何より、馬の呼吸器疾患の対処においては、気道炎症の原因を制御することを最優先に考え、ネブライザーを含めた薬剤による治療は、あくまで補助的な位置づけであると認識することが重要であると言えます。

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