馬の文献:喉嚢蓄膿症(Adkins et al. 1997)
文献 - 2022年07月23日 (土)

「喉嚢蓄膿症による類軟骨の非外科的治療が行われた馬の一症例」
Adkins AR, Yovich JV, Colbourne CM. Nonsurgical treatment of chondroids of the guttural pouch in a horse. Aust Vet J. 1997; 75(5): 332-333.
この研究論文では、喉嚢蓄膿症(Guttural pouch empyema)に起因して、喉嚢内に形成された類軟骨(Chondroids)の、非外科的治療(Nonsurgical treatment)が試みられた馬の一症例が報告されています。
患馬は、二歳齢のサラブレッドのメス子馬(Filly)で、九ヶ月にわたる間欠性の粘液膿性の鼻汁排出(Intermittent mucopurulent nasal discharge)の病歴で来院し、内視鏡検査(Endoscopy)で喉嚢内への膿貯留(Pus accumulation)が認められ、レントゲン検査(Radiography)で喉嚢内の軟部組織混濁(Soft tissue opacity)が見られたため、喉嚢蓄膿症の確定診断(Definitive diagnosis)が下されました。治療としては、喉嚢内を効率的に洗浄するための器具として、犬用の尿道カテーテルの先端を、加熱および冷却によって螺旋形(Spiral configuration)に加工して、その中にワイヤーを通して先端を真っ直ぐにした状態のものを、内視鏡下で喉嚢内へと挿入することで、カテーテル留置(Indwelling catheter)が施されました(ワイヤーを抜くことで、カテーテル先端が真っ直ぐから螺旋形になり、喉嚢内内に留置される)。
そして、そのカテーテルを介して、300mLの生食による一日一回の喉嚢洗浄(Guttural pouch lavage)が十日間にわたって実施され、粘液膿性浸出物は完全に除去されたものの、内視鏡での再検査によって、25個前後の類軟骨(Chondroids)(大きさ1.0~1.5cm)が形成されている事が確認されました。このため、内視鏡を介して縫合糸のループを挿入して、類軟骨を引っ張り出す手法が試みられましたが、手技的に難しく非常に長時間を要することから断念され、生食による一日一回の喉嚢洗浄が継続されました。その結果、生食に触れた類軟骨が徐々に溶解および破砕されることで、サイズが小さくなり洗浄排出されていく所見が見られました。そして、二週間後の内視鏡での再検査では、全ての類軟骨が除去されたことが確認され、その時点でカテーテルが取り除かれ、その後は、鼻汁排出の再発(Recurrence)を示すことなく、良好な予後を示したことが報告されています。
一般的に、馬の喉嚢蓄膿症では、膿が濃縮して類軟骨が形成されると、外科的除去(Surgical removal)を要する場合が多いことが知られています。しかし、外科的療法に際しては、喉嚢内にある脳神経(Cranial nerves)の位置は必ずしも一定ではないため、喉嚢へと組織切開する時に、舌下神経(Hypoglossal nerve)、舌咽神経(Glossopharyngeal nerve)、迷走神経の頭側喉頭枝や咽頭枝(Cranial laryngeal and pharyngeal branches of the vagus nerve)、などを医原性損傷(Iatrogenic damage)する危険性が高いことが報告されています(Freeman. Eq Resp Disorders. 1991:305)。このため、今回の研究で応用されたような、カテーテル留置による持続的な喉嚢洗浄によって、類軟骨を溶解および排出する手法が有効である症例もあると推測されています。
一方で、長期間にわたる喉嚢へのカテーテル留置では、喉嚢開口部の壊死(Necrosis of guttural pouch opening)を続発する危険もあり(Wilson. EVJ. 1985;17:242)、また、類軟骨の濃縮度合いによっては、生食での洗浄のみでは充分に破砕されない場合もあり得ると考えられます。また、今回の症例では、入院患馬としての治療ではなく、退院して馬主が一日一回の喉嚢洗浄する指針が選択されたため、このような治療法においては、充分な鎮静(Sedation)が併用できないため(=処置の際に頭部を下げさせる事ができない)、喉嚢開口部から排出された洗浄液によって、誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia)の合併症を続発する可能性は否定できないのかもしれません。
一般的に、馬の喉嚢蓄膿症に対する保存性療法(Conservative treatment)では、類軟骨が完全に溶解&排出されるまでには長期間を要するため、初診時の内視鏡検査によって、蓄膿症に起因する喉嚢壁の重度炎症反応(Severe inflammatory response)が認められた場合には、重篤な神経症状の進行(Progression of severe neurologic signs)する危険性を考慮して、速やかに外科的療法に踏み切ることが推奨される症例もあると推測されています。また、古典的には、喉嚢蓄膿症への洗浄液として、殺菌作用のあるイオジン溶液を用いる手法も試みられていますが、喉嚢内組織への刺激が強いためその使用は推奨されない、という知見も示されています(Wilson. EVJ. 1985;17:242)。
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