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「馬に乗るなら痩せなさい」は本当か?

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馬に乗るのであれば、中年太りは禁物で、馬のためにもダイエットするべきだ!とも言われますが、これは科学的にも裏付けられている話なのでしょうか?

近年、海外の乗馬関係のメディアやフォーラムでは、騎乗者の体の大きさや重さが、馬のウェルフェアやパフォーマンスに悪影響を与えているのか?についての議論が起きています。一般論としては、騎乗者の体重は、馬の体重の20%を越えるべきではないとも言われますが、現時点では、馬の体格に適した騎乗者のサイズを評価する、正式なガイドラインは確立されていません。そんな中で、昨年末にテネシー州で行われたアメリカ馬臨床医協会(AAEP)の学会では、この課題に関する専門家のセッションが行われました。なお、ここでは、「騎乗者の体重」という言い方は、少しトゲを持ってしまう可能性もあるため、「騎乗者サイズ(Rider Size)」という用語が使われています。

参考資料:
Alexandra Beckstett. How To Assess Rider Size for Horse Welfare and Performance. The Horse, Topics, AAEP Convention 2021, Horse Care, Sports Medicine, Welfare and Industry, Jan27, 2022.
Erica Larson. Identifying Behavioral Pain Indicators in Ridden Horses. The Horse, Topics, Behavior & Handling, Horse Care, Feb28, 2019.



騎乗者サイズに関する研究結果

この学会の中では、騎乗者サイズが馬に与える影響を検討した4つの研究成果が示されました。まず、一つ目の研究では、多様な体重の騎乗者が同一馬に騎乗したときの、馬たちの歩様と行動が評価されました。その結果、体重の重い騎乗者では、馬の歩様や行動に悪影響を及ぼしていたことが分かりました。一方、二つ目の研究では、騎乗者がオモリ有り無しの状態で、自馬に騎乗したときの歩様や行動を評価したところ、重さによる有意な悪影響は確認されませんでした。

これら二つの研究データは相反しているように見えますが、幾つかの条件設定の違いが指摘されています。まず、もともと体重の重い騎乗者と、オモリを着けた騎乗者では、前者のほうが、荷重を適正に分布させるのが難しい、という考察がなされています。また、二つ目の研究の騎乗時間は5分間で、一つ目の研究の騎乗時間(30分間)よりも短かったため、明瞭な悪影響が示されにくかったとも考察されています。

また、三つ目の研究では、騎乗者がオモリ有り無しで馬に騎乗して歩様解析を行なったところ、歩様のリズムと左右対称性には有意な影響はありませんでした。しかし、馬の歩幅減少と歩数増加は認められ、荷重相に占めるストライド時間は増加していました。つまり、騎乗者が重いからと言って、馬の歩様が必ず不整になる訳ではないものの、騎乗者の重さに応じて、馬自身が歩様を変化させていると推察されました。

さらに、四つ目の研究では、騎乗者が鞍の後ろ側の位置(鞍の尾側1/3)に座りながら騎乗した場合、鞍の真ん中に座った場合に比べて、跛行エソグラムスコアが有意に悪化していました。このため、騎乗者の重さよりも、騎乗するポジションの失宜のほうが、馬に及ぼす悪影響が大きいと結論付けられており、馬体の重心に対する適切なバランスとアラインメントを得るため、騎乗者は鞍の真ん中1/3に座ることが重要であると考察されています。

なお、一つ目の研究では、騎乗者サイズが馬の筋肉に与える影響を、胸部ディメンションを測定することで評価しており、その結果、体重の重い騎乗者が長時間騎乗すると、騎乗者と馬の動きがシンクロしなくなり、体躯の筋肉群の萎縮につながるという警鐘がならされています。また、体重の重い騎乗者では、馬の筋肉緊張スコアや筋肉疼痛スコアも有意に上昇していたことが示され、騎乗者の大きさや重さが、馬の筋肉に悪影響を与える可能性がある、という考察がなされています。



騎乗者サイズの判断指針

研究データを見る限り、騎乗者サイズが馬とミスマッチであれば、悪影響が生じる可能性は否定できないと言えます。しかし、騎乗者がその馬にとって適切なサイズであるか否かについて、どのような基準で判断すれば良いのか?という点は、必ずしも容易ではないと言われています。なぜなら、馬に悪影響を与える要因は、単に騎乗者のサイズだけでなく、騎乗スキルやバランス、鞍の装着具合い、馬の年齢や筋肉の発達度合い、馬の背中の長さ、騎乗する時間や歩様速度、馬場の状態などとの相互作用があるからです。

このため、騎乗者サイズを判断する場合には、以下のような指針が提唱されています。まず最初に、馬の背側筋の緊張や疼痛を示していないかを、運動の前後で比較して評価することが提唱されています。たとえ、騎乗者サイズがある程度大きくても、背側筋に負担を掛けない騎乗をしているのであれば、騎乗者と馬とのミスマッチは無いと判断できるからです。そのためには、騎乗者が正しいポジションに座れていて、騎乗時のバランスの取り方や、座りの真っすぐさが適切であることが重要です。また、馬の背中の筋肉が充分に強固かつ柔軟であれば、騎乗者の僅かな失宜はカバーできている事もあります。

また、騎乗している状態での馬の行動様式も、騎乗者サイズを評価するために有用であると言われています。この場合、馬装している時、馬にまたがる瞬間、騎乗している最中において、馬の表情や仕草などを観察することで、馬と騎乗者サイズの不適合が生じているかを判断することが出来ます。具体的には、騎乗時の馬の疼痛エソグラムという指標に基づいて、以下の24個の項目の有無や頻度を精査します。

騎乗時の馬の疼痛を示す行動様式:①耳をふせる、②目を閉じる、③白目が見える、④騎乗者を緊張した目つきで見返す、⑤繰り返し開口する、⑥舌を出し入れする、⑦ハミが口角から左右に出入りする、⑧頭部の位置を繰り返し変更する、⑨頭部を左右に傾ける、⑩頭部を挙上する、⑪鼻梁を垂直よりも巻き込む、⑫頭部を左右に振ったり上方へ振り上げたりする、⑬尻尾を片方に曲げていたり激しく振り回す、⑭慌てたような歩様でリズムが不整になる、⑮不活発な歩様でリズムが不整になる、⑯後肢が前肢の蹄跡を踏まない、⑰逆手前の駈歩を頻繁に出したり前後肢の手前が合わない、⑱勝手に歩様を変える、⑲つまずいたり蹄尖を引きずる、⑳動きの方向を急激に変える、㉑驚いて暴れる、㉒歩様を伸ばすのを嫌悪したり勝手に止まる、㉓後肢で立ち上がる、㉔後肢で蹴りながら後退する(勿論、これら全てが痛みと相関するとは限らないので、行動の度合いや頻度、騎乗者が変わった場合などで比較する)。

さらに、馬の歩様のクォリティを、調馬索時と騎乗時で比較することも有用だと言われています。この際には、ストライドの長さ、肢運びの弧、球節沈下、歩数、リズム、荷重相の長さ、騎乗時に跛行しているか否か、などを動画で見比べる方法も提唱されています。当然ながら、騎乗するしないで馬の歩様は変化しますが、騎乗することで歩様のクォリティが著しく悪化するのであれば、騎乗者と馬のサイズが合っていないという可能性を考えるべきなのかもしれません。

加えて、鞍の装着度合いを精査することが必須であり、鞍骨が第18胸椎を越えていない、および、鞍パネルが第1腰椎を越えていない、という注意点が挙げられています。騎乗者が鞍の真ん中1/3に安定して座るためには、馬の胸腰椎は鞍のサイズに適合した長さである必要があるためです。この基準を超えるサイズの鞍が必要になるのであれば、それは、騎乗者サイズと馬の大きさが適合していない可能性があると言えます。



騎乗者サイズを考えるとき重要なこと

上述の指針によれば、騎乗者サイズを評価するときには、騎乗者の体重よりも、騎乗者のバランスや座り方の問題のほうが、馬に対する悪影響としては大きい、という点が重要だと言えそうです。ヒトで言えば、10kgのオモリを背負うより、10リットルの水が入ったタンクを背負って、タンク内で水が揺れるほうが、体への負担は大きくなります。つまり、騎乗者の技術に未熟な点がある場合には、騎乗者サイズと馬との不適合について、より慎重に評価してあげるべきだと言えるでしょう。

そこで、最初に質問に立ち返ると、もし、自分の騎乗技術(バランスや座り方)が完璧だと確信できないのであれば、少しでも馬の負担を抑えるため、騎乗者の体重が増えないように努力することが、乗せてくれる馬への優しさなのかもしれません。

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