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馬の開腹術の後はいつまで絶食?

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馬の開腹術をした後、いつまで絶食させるかは、臨床医にとって迷い処かもしれません。

馬の疝痛のなかでも、開腹術を要するほど重篤な消化器疾患では、術後しばらくは絶食させることが一般的です。その理由としては、腸蠕動が低下した箇所が通過障害を再発するリスクがあることや、腸管の切開や吻合した箇所から腸内容物が漏出して、癒着や腹膜炎を続発するのを抑えるため、等が挙げられています。しかし、そのような術後の絶食を、どれくらい続けるべきなのかは、臨床医の見解や経験則、原因疾患の多様性もあり、一概には判断できないと言えます。過去の研究では、開腹術のあとの絶食が短いほど、より短期間で完治に至ったという知見もあります(Valle et al. J Anim Physiol Anim Nutr. 2019;103:1233)。

下記の研究では、米国と欧州において、内科専門医または外科専門医を持っている馬臨床医(計1,430人)を対象にアンケートを取り、開腹術から何時間後まで絶食および絶水をさせるかの聞き取り調査が行われました。開腹術の適応症としては、10種類の小腸や大腸の疾患が含まれました。下記の3つのグラフは、この論文のデータを図にしたもので、基本的に、着色部分が多いほど、その疾患における絶食や絶水の時間、および、通常量に戻すまでの日数が長い傾向にあることを表しています。

参考文献:
April L Lawson, Ceri E Sherlock, Jo L Ireland, Tim S Mair. Equine nutrition in the post-operative colic: Survey of Diplomates of the American Colleges of Veterinary Internal Medicine and Veterinary Surgeons, and European Colleges of Equine Internal Medicine and Veterinary Surgeons. Equine Vet J. 2021; 53(5): 1015-1024.

下記の1つ目のグラフは、開腹術から何時間後まで絶食させたのかを段階分けして、此処の疾患ごとに、各段階に回答した臨床医の人数を%表示しています。このうち、緑色の部分(三段階)は、術後24時間まで絶食させると回答した臨床医の割合になります。同様に、2つ目のグラフは、開腹術から何時間後まで絶水させるのかを示しています(青色の部分は12時間以上の絶水)。いずれも、左にいくほど開腹術した後の絶食・絶水時間が長く、右にいくほど短いという事になります。そして、3つ目のグラフは、給餌再開から通常量に戻すまでに、何日間を費やしたのかを示しており、黄色の部分(四段階)は、四日以上かけて通常量に戻した割合を示しています。

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術後絶食の時間:緑色系の部分が多いほど、その疾患において、術後の絶食時間が長い傾向にあることが示唆される。

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術後絶水の時間:青色系の部分が多いほど、その疾患において、術後の絶水時間が長い傾向にあることが示唆される。

この研究の結果を見ると、大結腸の非絞扼性疾患(左背方・右背方変位)に対しては、殆どの臨床医が、術後24時間以上の絶食はさせないという方針を取っており、また絶水も、術後12時間までとしている割合が殆どでした。これらの症例では、結腸の吻合術は行われておらず、小腸に見られるような術後イレウス(POI: Post-operative ileus)の危険も少ないため、術後の絶食や絶水は短時間に留める方針になったと推測されます。また、これらの疾患では、術後に下痢症状を続発することもあるため、早期の給餌再開によって、腸内細菌叢の維持および消化管平滑筋の萎縮を予防できるとも考察されています。勿論、結腸変位のなかには、腎脾間隙に挟まって絞扼に近い状態になっている場合もありますので、消化管の術中所見に基づいて、術後の絶食の長さを調整することが重要だと考えられます。

また、この研究では、給餌再開から通常量に戻すまでの日数を見ると、大結腸の非絞扼性疾患においても、48時間以上を費やしている割合が殆どでした。つまり、たとえ、結腸の蠕動機能が良好だと判断されたケースでも、給餌する量に関しては、十分な日数をかけて慎重に漸増させている傾向が読み取れました。馬の開腹術では、腸管の蠕動機能を術中に評価する手法が検討されてきましたが(漿膜面の酸素濃度、ドップラー超音波など)、その信頼性は必ずしも高くないことが知られています。このため、開腹術後の給餌量をゆるやかに増加させて、蠕動音や排便量を注視することが大切だと言えます。

この研究では、大結腸捻転の術後における絶食の長さに関して、臨床医のあいだで多様性が大きい傾向が見られました。実際、術後の6時間以内に給餌再開すると回答した臨床医が2~3割いた一方で、24時間以上は絶食させると回答した臨床医も約2割にのぼっていました。この要因は考察されていませんが、此処の臨床医によって、目にする結腸捻転の重篤度に差異が大きいことが読み取れ、診察している地域の馬人口の違い(繁殖牧場が多い地域なのか否かなど)があるのかもしれません。

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給餌開始から通常量に戻すまでの日数:黄色系の部分が多いほど、その疾患において、通常量に戻すまでの日数が長い傾向にあることが示唆される。

一方、小腸絞扼の症例では、吻合術の有無に関わらず、術後24時間以上にわたって絶食させる臨床医が殆どであり、術後12時間以上の絶水をさせる臨床医も約半数にのぼっていました。これらの症例では、術後にPOIが発症しないことを確認してから、給餌や給水を再開させようという意図が読み取れると考察されています。また、給水再開時には、2L以下の給水量である場合が多く、また、給餌再開から通常量まで戻す日数も、4日間以上かけることが多くなっており、術後に慎重な給餌・給水再開を行なっていることが読み取れました。過去の文献を見ても、小腸の切除及び吻合術が適用されたケースでは、術後の18~24時間は絶食させたり(Freeman et al. EVJ. 2000;32:42)、最短でも76時間は絶食させる(Durham et al. Vet Rec. 2003;153:493)などの知見があり、また、POIを続発すると給餌再開まで10日間を要する場合もある(Cohen et al. JAVMA. 2004;225:1070)ことが報告されています。

一般的に、小腸疾患に対する開腹術では、術後胃逆流(POR: Post-operative reflux)によって給餌再開の判断が難しくなることが知られています。過去の文献では、腹部エコー検査によって、十二指腸蠕動や小腸膨満などを評価して、給餌や給水を再開するタイミングを判断できるという知見があり(Lefebvre et al. EVJ. 2016;48:182)、同様の画像診断(術後6~36時間)でPORの発現を予測できるという報告もなされています(Lawson et al. EVE. 2021;33:84)。ただ、腹部エコーの描出域は狭く、空腸膨満を見逃す可能性があることや、馬の体格によっては、十二指腸の視認そのものが不確実なことも多いため、術後の絶食や絶水を判断する際に、エコー所見のみに頼るのは危険かもしれません。

この研究では、盲腸便秘の症例においても、術後の絶食は24時間以内に留めるという臨床医の割合が、約半数に達していました。一方、過去の文献では、盲腸便秘の開腹術では、術後72時間は経ってから乾草給餌を始めることが推奨されています(Aitken et al. Vet Surg. 2015;44:540)。この違いについては、盲腸便秘という病気の発症率が比較的低く、臨床医が遭遇する頻度が低いため、術後の飼養管理に関する回答が、他の大腸疾患に準ずるものになったのではと考察されています。

この研究では、給餌量を元に戻すまでに一週間以上を費やすと回答した割合は、小結腸便秘(吻合術を適用した場合)で最も高かったことが分かりました。また、術後の絶食が24時間以上に及ぶ割合も、約半数に達していました。その要因としては、小結腸便秘における術後合併症(下痢や食滞再発)の発症率が高いことが挙げられており(DeBont et al. EVJ. 2013;45:460)、術後の飼養管理として、流動食の給餌やミネラルオイルの経鼻投与なども推奨されています。

この研究で注意する点としては、調査対象が臨床医の治療方針であり、実際の治療成績では無いことがあります。たとえば、上記グラフを見ると、腸管吻合術が実施された場合には(部位を問わず)、術後絶食が短時間から長時間まで、全段階にわたって満遍なく分散している傾向にあります。しかしこれは、「此処の病気の重さに応じて、絶食時間も様々であった」と解釈するのではなく、むしろ、臨床医のあいだで見解の相違が大きく、ある一定の治療方針に合意形成されていない、というふうに理解するのが適当だと言えます。言い換えると、腸管吻合術を要した症例については、今後も治療成績の回顧的分析を続けて、術後の絶食時間に関する判断基準を確立させていくことが必要なのかもしれません。

この研究では、聞き取り調査に協力した臨床医は、1,430人のうち僅か180人だけで、回答率の低さがバイアスにつながる危険性も指摘されています。一方で、内科や外科の専門医のなかには、特定分野の馬診療にのみ従事して(跛行症例しか診ない獣医師など)、疝痛の診察をしていない臨床医もいると推測され、低い回答率でも、データの信頼性は損なわれないのではないか、という考察もなされています。

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