馬の病気:飛節内腫
馬の運動器病 - 2013年08月22日 (木)

飛節内腫(いわゆるBone spavin)について。
飛節(Tarsus)に起こる変性関節疾患(Degenerative joint disease: DJD)(=骨関節炎:Osteoarthritis)のことを指し、最も発症率(Incidence)の高い後肢跛行(Hind limb lameness)の原因のひとつです。飛節にある三つの主要関節のうち、飛節内腫の発症頻度は、遠位足根骨間関節(Distal intertarsal joint: DITj)、足根中足骨間関節(Tarso-metatarsal joint: TMTj)、近位足根骨間関節(Proximal intertarsal joint: PITj)の順で高いことが知られています。飛節内腫の原因としては、飛節への反復的衝撃や震盪(Repeated impact and concussion)が挙げられ、ハーネスレース馬、障害馬、ウェスタン競技馬に頻繁に発症します。また、鎌飛節(Sickle hock)や牛飛節(Cow hock)などの異常肢形(Abnormal limb conformation)が発症素因(Predisposing factors)となりうる事が報告されています。さらに、頭側脛骨筋の内側腱(Medial tendon of cranial tibial muscle: Cunean tendon)の炎症や滑液嚢炎(Cunean bursitis)の波及も、病因として挙げられています。
一般的に飛節内腫は、潜伏性に進行(Asymptomatic progression)する疾患であり、関節包膨満(Joint capsule effusion)はPITjのDJDでは起こりえますが、DITjとTMTjでは稀です。ハーネスレース馬では、飛節屈曲を軽減するため臀部挙上(Hitching)の症状を呈し、障害馬では明らかな跛行を示す以前に、飛越拒否などの前駆症状が見られることもあります。また、DJDの進行に伴ってDITjとTMTjにおいても、内背側飛節における骨性の関節部膨隆が視診されます。
飛節内腫では、跛行は通常軽度~中程度(Mild to moderate lameness)で、八割以上の症例で両側性に発症します。また、飛節屈曲試験(Hock flexion test:いわゆるSpavin test)による跛行悪化が特徴的ですが、名前と異なり飛節内腫を特定する方法ではありません。レントゲン検査(Radiography)では、関節腔狭窄(Narrowing of joint space)、足根骨硬化(Sclerosis)、関節周囲骨棘形成(Peri-articular spurring)、関節強直(Ankylosis)などが見られます。しかし、レントゲン上での異常所見を呈するのは飛節内腫の罹患馬のうち約半数に過ぎず、また関節強直が終息すると、レントゲン所見の有無に関わらず疼痛は消失するため、飛節内腫の確定診断(Definitive diagnosis)には飛節関節の診断的麻酔(Diagnostic anesthesia)が必須です。この際には、DITjとTMTjが連絡している馬は三割程度であるため、通常はDITjとTMTjは別々に麻酔薬を注射して、跛行の改善を確認することが必要です。
飛節内腫に対する内科的療法では、馬房休養(Stall rest)、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の全身投与(Systemic administration)、抗炎症剤とヒアルロン酸の関節注射(Joint injection)、グリコサミノグリカンの筋肉内投与(Intra-muscular administration of glycosaminoglycan)が行われます。一方、DJDの進行を食い止めるため、自己血清中に含まれるインターロイキン1受容体拮抗蛋白(Interleukin-1 receptor antagonist protein)を関節内投与する方法も試みられています。また、関節強直によって足根骨癒合(Bony fusion of tarsal bones)が完了すると跛行は消失するため、モノヨード酢酸やエチルアルコールの関節内投与(DITjとTMTj)によって、関節軟骨を壊死および融解(Necrosis and lysis of articular cartilage)させて、化学的な関節固定(Chemical arthrodesis)を誘導する方法も有効です。この場合には関節の造影レントゲン検査(Contrast radiography)によって、PITjとDITjが連絡していない事を確かめ(数%の馬で連絡している)、近位部の関節に注射物が迷入しないことを確認することが重要です。
飛節内腫に対する外科的療法では、DITjとTMTjの関節穿孔術(3-hole drilling法)もしくはレーザー手術によって関節軟骨を除去し、物理的な関節固定(Physical arthrodesis)を誘導する方法が有効です。この場合、術後の数週間~一ヶ月で跛行が一時的に悪化しますが、半年~一年以内には関節癒合(Joint fusion)が完了して、正常歩様(Sound gait)に回復することが示されています。また、頭側脛骨筋内側腱の切除術(Cunean tenotomy)によって、腱炎や滑液嚢炎に起因する足根骨圧迫を取り除く方法も試みられていますが、その治療効果に関しては論議(Controversy)があります。
飛節関節が癒合した症例では通常、跛行は消失しますが、慢性的跛行(Chronic lameness)が続き関節固定に至らない場合は予後不良(Poor prognosis)となります。一方で、関節注射はDJDの進行を遅延させる事によって、数年間の継続的な競技参加を可能にする目的で用いられ、病態を根治するのは困難であると考えられています。
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