馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
診療 - 2022年07月30日 (土)

前肢の屈曲試験(Forelimb flexion test)について
屈曲試験は、患肢のある部位を一定時間強く屈曲させた後、すぐさま直線上を速歩させて(12~15m)、基線グレードからの一時的な跛行の悪化(Temporary lameness exacerbation from baseline grade)を観察する跛行検査法です。屈曲後に跛行が悪化した場合には、屈曲部位に疼痛の原因となる一次性疾患(Primary disorder)が存在する可能性が示唆されます。屈曲試験は侵襲性が少なく(Less invasive)、簡易かつ安価に実施できることから、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)の前に、おおまかな疼痛限局化(Pain localization)を行う手法として広く用いられています。
屈曲させる時間は15~90秒と様々で、馬が拒否する直前の強さ(100~150N)で屈曲させます。遠位肢よりも近位肢のほうが、長い時間の屈曲を要することが一般的です。馬の気性によっては、屈曲試験の反応を左右肢で比較することが有用で、その場合、健常肢を先に検査して、各馬における正常範囲内の反応の仕方を見極めて、跛行悪化度合いの有意性を判断することもあります。屈曲後に直線上を速歩させた際に、最初の1~2歩のみ跛行悪化が見られた場合は陰性反応(Negative response)、術者から速歩で遠ざかっていく間のみ跛行悪化が見られた場合は弱陽性反応(Mild positive response)、曳き手助手が患馬を反転させて、速歩で戻ってくる間も跛行悪化が見られた場合は強陽性反応(Strong positive response)とする基準が示されています。屈曲試験によって一時的に跛行悪化が生じるメカニズムとしては、関節組織の圧迫(Articular structure compression)、腱靭帯組織の緊張(Tendon/Ligament structure tension)、骨内圧および関節内圧の上昇(Increased intra-osseous/articular pressure)、痛覚受容体の活性化(Activation of pain receptor)などが挙げられています。

前肢の遠位肢屈曲試験(Distal limb flexion test)では、片手で背側管部(Dorsal cannon)を保持しながら、もう一方の手で蹄尖を掌側方向へ強く屈曲させます(上記写真)。この際には、蹄が出来るだけ地面に近い位置にくるように肢を保持して、手根関節の屈曲を最低限にすることが重要です。この屈曲試験では、遠位指骨間関節(Distal interphalangeal joint)、近位指骨間関節(Proximal interphalangeal joint)、球節関節(Fetlock joint)、舟状骨(Navicular bone)、舟嚢(Navicular bursa)、屈筋腱鞘(Flexor tendon sheath)、そして球節部よりも遠位に位置する腱靭帯の疾患において陽性反応を示します。

前肢の球節屈曲試験(Fetlock flexion test)では、片手で背側管部を保持しながら、もう一方の手で繋ぎの中央部(Middle pastern)を掌側方向へ強く屈曲させます(上記写真)。この手法では、遠位指骨間関節および近位指骨間関節に負荷を掛けないことから、より球節部に特異的な試験であり、球節関節、屈筋腱鞘、そして球節周囲部の腱靭帯の疾患において陽性反応を示します。

手根屈曲試験(Carpal flexion test)では、両手で背側管部を保持して、球節以下に負荷を掛けることなく、蹄球(Heel bulb)が肘頭に接触するまで充分に遠位肢を挙上させて、手根関節を掌側方向に強く屈曲させます(上記写真)。この屈曲試験では、手根骨骨折(Carpal bone fracture)、手根関節炎(Carpal arthritis)、手根管症候群(Carpal canal syndrome)、付着部繋靭帯炎(Origin suspensory desmitis)、近位掌側管骨の裂離骨折(Palmar proximal avulsion fracture)等において陽性反応を示します。また稀に、手根屈曲している対側肢(Contralateral limb)の陽性反応を示すことがあり、交差拡大現象(Crossed-extensor phenomenon)と呼ばれますが、これは両側性の手根跛行(Bilateral carpal lameness)に起因すると考えられています。

肘関節の屈曲試験(Elbow flexion test)では、両手で繋ぎを保持して遠位肢を前方に充分に引き出すことで、肘関節(Elbow joint)を頭側方向へと強く屈曲させます(上記写真)。この屈曲試験では、肘関節炎(Elbow arthritis)、尺骨の不完全骨折(Incomplete ulnar fracture)(尺骨の完全骨折では肘頭脱落の特徴的所見を示す)、肘関節の側副靭帯損傷(Elbow collateral ligament injury)等において陽性反応を示します。

肩関節の屈曲試験(Shoulder flexion test)では、片手で繋ぎ中央部を保持しながら、もう一方の手で上腕部前面(Cranial surface of antebrachium)を尾側方向へと牽引することで、肩関節を掌側方向へ強く屈曲させます(上記写真)。この際には、肘関節は必然的に伸展位(Extended position)になりますが、手根以下の関節の屈曲は起きないように注意することが大切です。この屈曲試験では、肩関節炎(Shoulder arthritis)、二頭筋腱骨化症(Ossification of biceps brachii tendon)、結節間滑液嚢炎(Intertubercular bursitis)、肩甲骨の関節窩上結節骨折(Supraglenoid tubercle fracture)等において陽性反応を示します。
その他の後肢の屈曲&伸展試験としては、挙上させた遠位肢を外転方向に引くことで膝関節の内側面に負荷を掛ける膝関節の内側側副靭帯試験(Stifle medial collateral ligament test)や、馬体の反対側に立った状態で挙上させた患肢を腹部下方から馬体の反対側に引っ張る股関節伸展試験(Hip joint extension test)などが行われる場合もあります。
屈曲試験は、屈曲させた部位の疾患に対する感度が高く(High sensitivity)、偽陰性(False negative response)を示す危険は少ないことが知られていますが、特異度は低く(Low specificity)、偽陽性(False positive response)を呈する可能性があることが示唆されています。そのため、屈曲試験の結果のみで一次性疾患の疼痛限局化を行うことは困難な場合が多く、診断麻酔による跛行の改善&消失を確認して、疼痛反応と跛行発現の因果関係を証明しなくてはならない場合もあります。
Photo courtesy of Adam’s Lameness in Horses, 5th edition. Eds: Stashak TS, 2002, Lippincott Williams & Wilkins (ISBN 0-6830-7981-6), and Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. Eds: Ross MW and Dyson SJ, 2003, WB Sounders (ISBN 0-7216-8342-8).
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