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馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔

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前肢の神経麻酔(Forelimb nerve block)について

掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)は、遠位掌側繋部(Palmar distal region of pastern)において内外側の両方(または一方)の掌側指神経(Palmar digital nerve)を局所麻酔することで、蹄部の蹄踵側三分の一(Palmar one third of hoof)を無痛化する診断麻酔法です(上図a)(蹄部の70~80%が無痛化されるという見解もあります)。この手法では、肢を挙上させ球節関節(Fetlock joint)を伸展させた状態で、蹄球(Heel bulb)のすぐ上部に触診された神経脈管束(Neurovascular band)の周辺部に、1.6cm-25Gの注射針で1.0~1.5mLの麻酔薬を注射します。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。この際には、遠位方向に向かって針を挿入することで、馬が肢を動かした場合にも針が抜けてしまう事がなく、また、より遠位側の掌側指神経へ麻酔薬を作用させることが出来ます。無痛化の確認は、内外側の蹄球を鉗子(Hemostatic forceps)やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われます。

掌側指神経麻酔では、舟状骨症候群(Navicular syndrome)、低繋骨瘤(Low ringbone)、蹄骨骨折(Distal phalanx fracture)(矢状骨折と伸筋突起骨折を除く)、舟嚢炎(Navicular bursitis)などの疾患において跛行の改善や消失が見られます。しかし、麻酔薬の浸潤によって繋部中央部の無痛化が起きる場合もあり、その際には高繋骨瘤(High ringbone)および冠関節骨軟骨炎(Pastern joint osteochondritis)においても跛行の改善や消失が見られる事もあります。



遠軸種子骨神経麻酔(Abaxial sesamoid block)では、掌側球節部(Palmar aspect of fetlock)において内外側の掌側神経(Palmar nerve)を局所麻酔することで、蹄部全体を含む球節より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図c)。この手法では、肢を挙上させ球節関節を伸展させた状態で、種子骨の遠位部に触診された神経脈管束の周囲部に、1.6cm-25Gの注射針で2~3mLの麻酔薬を注射します。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。この際には、遠位方向へ向かって針を挿入することで、より遠位側の掌側神経へ麻酔薬を作用させて、球節周囲への麻酔薬浸潤を最小限にすることが出来ます。無痛化の確認は、蹄冠(Coronary band)や繋部中央部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われますが、繋部の近位背側面(Proximal palmar aspect of pastern)では、掌側中手骨神経の背側細分枝(Small dorsal branch of palmar metacarpal nerve)の支配によって、皮膚感覚の完全な消失が起きない可能性も示唆されています。

遠軸種子骨神経麻酔では(掌側指神経麻酔に陽性を示す疾患に加えて)、高繋骨瘤、冠関節骨軟骨炎、蹄骨の伸筋突起骨折(Distal phalanx extensor process fracture)、蹄骨の矢状骨折(Distal phalanx mid-saggital fracture)、種子骨遠位靭帯炎(Distal sesamoidean ligament desmitis)などの疾患において跛行の改善や消失が見られます。しかし、麻酔薬の浸潤によって球節腱鞘の無痛化が起きる場合もあり、その際には腱鞘炎(Tenosynovitis)においても跛行の改善や消失が見られる事もあります。



中間繋部周回麻酔(Mid-pastern ring block)は、繋部中央部において内外側の掌側神経背側枝(Dorsal branch of palmar nerve)および掌側指神経(Palmar digital nerve)を局所麻酔することで、蹄部全体を含む繋部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図b)。この手法では、肢を挙上させた状態または起立位で、冠関節(Pastern joint)の背側面の皮下に、4cm-22Gの注射針で2~3mLの麻酔薬を注射します。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。無痛化の確認は、蹄冠を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われます。

中間繋部周回麻酔で陽性を示す疾患は、遠軸種子骨神経麻酔とほぼ同様ですが、遠軸種子骨神経麻酔と異なり、球節関節、球節腱鞘、種子骨底部(Basilar aspect of sesamoid bone)などを誤って無痛化してしまう危険が無いため、より繋部に特異的な診断麻酔法であると言えます。冠関節背側面に刺した針の挿入位置が遠位過ぎると、蹄関節包(Conffin joint capsule)、繋靭帯の伸筋枝(Extensor branch of suspensory ligament)、総指伸筋腱(Common digital extensor tendon)などの堅固な軟部組織に阻害されて、麻酔薬の注入が困難である場合もあります。



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低四点神経麻酔(Low four-point nerve block)は、掌側遠位中手部(Palmar distal aspect of metacarpus)において内外側の掌側神経および掌側中手神経(Palmar metacarpal nerve)を局所麻酔することで、球節全体を含む遠位中手部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図)。この手法では、通常は起立位で、副管骨遠位端(Distal end of splint bone)のすぐ下部において、皮膚表面から1~2cmの深部へ、1.5cm-22Gの注射針で2~3mLの麻酔薬を注射して掌側中手神経を麻酔した後(上図a)、繋靭帯脚(Suspensory branch)と深屈腱(Deep digital flexor tendon)のあいだで、副管骨遠位端よりやや近位部の皮下へ、1.5cm-22Gの注射針で2~3mLの麻酔薬を注射して掌側神経を麻酔します(上図b)。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。無痛化の確認は、内外側の球節周囲を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われますが、背側部の球節面の皮膚感覚は完全には消失しない事もあります。

低四点神経麻酔では(遠軸種子骨神経麻酔に陽性を示す疾患に加えて)、球節腱鞘炎、球節関節炎(Fetlock arthritis)、球節骨軟骨炎(Fetlock osteochondritis)、球節内骨折(Intra-articular fracture of fetlock joint)、遠位管骨の軟骨下骨嚢胞(Subchondral bone cyst of distal cannon bone)などの疾患において跛行の改善や消失が見られます。掌側神経の麻酔に際しては、内外側に別々に針を穿刺する変わりに、4cm-22Gの注射針で外側掌側神経(Lateral palmar nerve)を局所麻酔した後、同じ針を引き抜くことなく繋靭帯脚と深屈腱のあいだから反軸側に向かって深部へと挿入して、内側掌側神経(Medial palmar nerve)を局所麻酔する手法が用いられる事もあります。この麻酔法では、注射針を刺す回数を減らし、感染の危険を減少させることが出来ますが、内外側の神経脈管束を傷付けたり、内側掌側神経の麻酔が不完全となる可能性も指摘されています。



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高四点神経麻酔(High four-point nerve block)は、掌側近位中手部(Palmar proximal aspect of metacarpus)において内外側の掌側神経および掌側中手神経を局所麻酔することで、近位中手部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です。しかし、外側掌側神経の深部枝(Deep branch of lateral palmar nerve)の支配を受けている繋靭帯付着部(Origin of suspensory ligament)は無痛化することが出来ません(この深部枝は副手根骨のすぐ下部で外側掌側神経から分岐しているため)。この手法では、通常は起立位で、副管骨軸面(Axial surface of splint bone)と繋靭帯遠軸面(Abaxial surface of suspensory ligament)のあいだで、副管骨が先細りし始める位置(At the level of splint bones begin taper)において、4cm-22Gの注射針を管骨掌面(Palmar surface of cannon bone)に到達する深さまで挿入し、5mLの麻酔薬を注射して掌側中手神経を麻酔した後(上図a)、同じ針を引き抜くことなく副管骨と繋靭帯のあいだの皮下まで引き戻して、3~5mLの麻酔薬を注射して掌側神経を麻酔します(上図b)。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。無痛化の確認は、内外側の管部中央部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われますが、殆どの症例において管部の近位背側面の皮膚感覚は完全には消失しません。

高四点神経麻酔では(低四点神経麻酔に陽性を示す疾患に加えて)、管骨骨膜炎(Bucked shin)、脚部および体部繋靭帯炎(Suspensory body/branch desmitis)、遠位支持靭帯炎(Distal check ligament desmitis)、浅屈腱炎(Superficial digital flexor tendinitis)、管骨瘤(Splints)などの疾患において跛行の改善や消失が見られます。掌側中手神経を麻酔する際には、針の深部挿入部位のすぐ近くまで手根中手関節の遠位掌側関節嚢(Distopalmar pouch of carpometacarpal joint)が伸展している事が多いため、関節内に注射針が達する危険を考慮して、他の神経麻酔よりも入念に皮膚消毒を行うことが必要です。また、局所麻酔薬がこの関節嚢に進入して手根中手関節および中間手根関節(Midcarpal joint)が麻酔されてしまい(この二つの関節は殆ど場合に連絡しているため)、これらの関節内の疾患において偽陽性反応(False positive response)を示す可能性を考えて、敢えて中間手根関節の診断麻酔を先に行い、陰性反応を確認してから、次に高四点神経麻酔を行う指針も示されています。しかしこの場合でも、中間手根関節→手根中手関節→遠位掌側関節嚢へと浸潤した麻酔薬によって、関節嚢周囲に位置している掌側中手神経や外側掌側神経深部枝が逆に麻酔されてしまう可能性も示唆されており、どちらの指針を用いるかに関しては論議があります。



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外側掌側神経麻酔(Lateral palmar nerve block)は、副手根骨(Accessory carpal bone)のすぐ下部において外側掌側神経を局所麻酔することで、繋靭帯付着部を含む近位中手部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図)。この手法では、肢を挙上させ手根関節を屈曲させた状態(約90度の屈曲位)または起立位で、副手根骨のすぐ下部の肢軸中線よりやや外側部(Slightly lateral from limb axial line)において、1.6cm-25Gの注射針を皮膚面に垂直に挿入して5mLの麻酔薬を注射して外側掌側神経を麻酔します。この際には一般に、上記の高四点神経麻酔に含まれる近位管部での内側掌側神経麻酔が併行して実施され、この診断麻酔法を高二点神経麻酔(High two-point nerve block)またはWheat blockと呼びます。無痛化の確認は高四点神経麻酔と同様に、内外側の管部中央部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われますが、殆どの症例において管部背側面の皮膚感覚は完全には消失しません。

高四点神経麻酔に陰性反応を示し、外側掌側神経麻酔(または外側掌側神経深部枝麻酔)に陽性反応を示した場合には、付着部繋靭帯炎(Suspensory origin desmitis)の発症が疑われます。外側掌側神経麻酔は高四点神経麻酔と異なり、手根中手関節を誤って麻酔してしまう危険が無く、針を刺す回数も少なくて済むため、低四点神経麻酔を行った後、高四点神経麻酔を飛ばして高二点神経麻酔が実施される事もあります。また、繋靭帯付着部を特異的に無痛化するため、高四点神経麻酔を行った後に、外側掌側神経の深部枝のみを局所麻酔する手法が用いられる場合もあります。



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正中神経および尺側神経麻酔(Median and ulnar nerve block)は、遠位上腕部(Distal antebrachium)において正中&尺側神経を局所麻酔することで、手根関節全体を含む遠位上腕部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図)。この手法では、外側上腕部(Lateral antebrachium)の副手根骨から約10cm近位側において、4cm-22Gの注射針を尺側手根屈筋(Flexor carpi ulnaris muscle)と外側尺骨筋(Lateralis ulnaris muscle)のあいだの溝部から皮膚面に垂直に挿入して、10mLの麻酔薬を注射して尺側神経を麻酔した後(上図a)、内側上腕部(Medial antebrachium)の肘関節(Elbow joint)から約5cm遠位側で、浅胸筋(Superficial pectral muscle)のすぐ遠位側において、4cm-22Gの注射針を橈骨尾側面(Caudal surface of radius)に沿うように挿入し、10mLの麻酔薬を注射して正中神経を麻酔します(上図b)。無痛化の確認は、内外側の手根部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われます。正中神経の麻酔に際しては、出来るだけ橈骨尾側面に近い位置に注射針を挿入して、正中動脈&静脈(Median artery/vein)の損傷を防ぐことが大切です。

正中&尺側神経麻酔では、手根関節以下の遠位肢全体の感覚神経が無痛化される事から、常歩&速歩時に球節のナックリングを呈する症例もあることから、高四点神経麻酔や高二点神経麻酔に陰性反応を示した症例では、正中&尺側神経麻酔の前に手根関節麻酔(Carpal joint block)が行われることが一般的です。手根関節麻酔に陰性反応を示し、正中&尺側神経麻酔に陽性反応を示した症例においては、遠位橈骨骨折(Distal radial fracture)および近位支持靭帯炎(Proximal check ligament desmitis)の発症が疑われます。

Photo courtesy of Adam’s Lameness in Horses, 5th edition. Eds: Stashak TS, 2002, Lippincott Williams & Wilkins (ISBN 0-6830-7981-6), and Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. Eds: Ross MW and Dyson SJ, 2003, WB Sounders (ISBN 0-7216-8342-8).

馬の跛行検査シリーズ
馬の跛行検査1:歩様検査
馬の跛行検査2:肢勢検査
馬の跛行検査3:蹄鉗子検査
馬の跛行検査4:遠位肢の触診
馬の跛行検査5:近位肢の触診
馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
馬の跛行検査7:後肢の屈曲試験
馬の跛行検査8:診断麻酔指針
馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔
馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔
馬の跛行検査11:前肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔
馬の跛行検査13:後肢の関節麻酔
馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査15:歩様解析





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