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馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔

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前肢の関節麻酔(Forelimb joint block)について

遠位指骨間関節(Distal interphalangeal joint)(=蹄関節:Coffin joint)の診断麻酔では、背側アプローチもしくは外側アプローチが用いられる事が一般的です(上図)。背側アプローチでは、通常は起立位において、末節骨伸筋突起(Extensor process of distal phalanx)のすぐ上部の軸中線上(Limb axis line)において、総指伸筋腱(Common digital extensor tendon)を貫通させながら、2.5cm-22Gの注射針を穿刺させて背側関節嚢(Dorsal joint pouch)に到達する手法と(上図a)、総指伸筋腱の内側または外側から軸中線に向かって、2.5cm-22Gの注射針を穿刺させて背側関節嚢に到達する手法が用いられます(上図b)。一方、外側アプローチでは、通常は起立位において、中節骨遠位掌側縁(Distal palmar border of middle phalanx)と末節骨側副軟骨近位縁(Proximal border of distal phalanx collateral cartilage)のあいだから、遠位背内側方向(Dorsoditomedial direction)に向かって、4cm-22Gの注射針を穿刺させて掌側関節嚢(Palmar joint pouch)に到達する手法が用いられます(上図c)。滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、5~10mLの麻酔薬を注射して、5~10分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

蹄関節麻酔では、低繋骨瘤(Low ringbone)、蹄骨骨折(Distal phalanx fracture)、蹄骨炎(Pedal osteitis)などの疾患において陽性反応を示します。しかし、掌側指神経脈管束(Palmar digital neurovascular band)は蹄関節掌側関節嚢のすぐ近くに位置しているため、蹄関節麻酔によって蹄踵部の無痛化(Heel desentization)が起きて、舟状骨症候群(Navicular syndrome)、舟嚢炎(Navicular bursitis)、蹄底膿瘍(Subsolar abscess)などの蹄関節外部に発症する多くの蹄疾患においても陽性反応を示すことが知られています。このため、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)に陽性反応を示した症例においては、先に舟嚢麻酔(Navicular bursa block)による陰性反応を確認してから蹄関節麻酔を行ったり(舟嚢麻酔の方がより舟状骨症候群に特異的な診断法であるため)、または、蹄関節麻酔の実施の際に6mL以下の麻酔薬を用いて注射後5分以内に歩様検査を行うことで、麻酔薬浸潤による蹄踵無痛化作用を最小限にする指針が提唱されています。残念ながら、蹄関節内の病態が軟骨下骨(Subchondral bone)に及んでいた場合には、麻酔薬の浸潤に時間を要することもあり、また、舟嚢の炎症反応が蹄関節に波及していた場合には、関節包の透過性亢進(Increased joint capsule permeability)によって、蹄関節からの蹄踵部への麻酔薬の浸潤が短時間で起こる可能性も示されています。これらの理由から、掌側指神経麻酔に陽性な病態において、蹄関節麻酔に5分以内に陽性なら蹄関節疾患、5分以上経ってから陽性なら蹄踵疾患とする鑑別指針は、必ずしも信頼性が高くないという警鐘が鳴らされています。



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近位指骨間関節(Proximal interphalangeal joint)(=冠関節:Pastern joint)の診断麻酔では、背側アプローチもしくは掌側アプローチが用いられる事が一般的です(上図)。背側アプローチでは、通常は起立位において、基節骨外掌側突起(Lateral palmar process of proximal phalanx)のすぐ下部において、総指伸筋腱の外側から軸中線やや遠位側方向に向かって、2.5cm-22Gの注射針を穿刺させて背側関節嚢に到達する手法が用いられます(上図)。一方、掌側アプローチでは、肢を挙上させた状態で、基節骨外掌側突起と浅屈腱外側脚(Lateral branch of superficial digital flexor tendon)のあいだから、肢長軸から近位方向へ30度の角度(30 degree angle from the transverse limb plane)に向かって、4cm-22Gの注射針を穿刺させて掌側関節嚢に到達する手法が用いられます。滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、5~10mLの麻酔薬を注射して、5~10分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

冠関節麻酔では、高繋骨瘤(High ringbone)や冠関節骨軟骨炎(Pastern joint osteochondritis)などの疾患において陽性反応を示します。冠関節麻酔は主に、掌側指神経麻酔に陰性で遠軸種子骨神経麻酔(Abaxial sesamoid block)に陽性の症例において、冠関節内部の疾患と腱鞘炎(Tenosynovitis)や種子骨遠位靭帯炎(Distal sesamoidean desmitis)などの冠関節外部の疾患を鑑別診断する目的で実施されますが、掌側指神経麻酔に陽性で蹄関節麻酔に陰性であった症例においても、掌側指神経麻酔の際に麻酔薬浸潤によって繋部中央部が無痛化されてしまった可能性を考慮して、一次性病態が蹄踵疾患であるという推定診断を下す前に、冠関節麻酔を介して冠関節内部の疾患を除外診断する目的で実施される場合もあります。



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中手指骨間関節(Metacarpo-phalangeal joint)(=球節関節:Fetlock joint)の診断麻酔では、近位掌側、背側、遠位掌側、外側の四つのアプローチ法が用いられています(上図)。近位掌側アプローチでは、通常は起立位において、副管骨遠位端(Distal end of splint bone)の下部で、遠位管骨掌側面(Palmar cortex of distal cannon bone)と繋靭帯脚(Suspensory branch)のあいだから遠位側方向に向かって、4cm-22Gの注射針を穿刺させて近位背側関節嚢(Proximopalmar joint pouch)に到達する手法が用いられます(上図a)。背側アプローチでは、通常は起立位において、総指伸筋腱の内側または外側から軸中線に向かって、4cm-22Gの注射針を穿刺させて背側関節嚢に到達する手法が用いられます(上図b)。遠位掌側アプローチでは、肢を挙上させ球節を屈曲させた状態または起立位で、基節骨の近位掌側隆起(Proximopalmar process of proximal phalanx)のすぐ近位側で、神経脈管束よりも背側において、背内側方向に向かって2.5cm-20Gの注射針を穿刺させて球節関節腔の底部(Bottom of fetlock joint space)に到達する手法が用いられます(上図c)。外側アプローチでは、肢を挙上させ球節を屈曲させた状態または起立位で、触診された遠位管骨掌側面と種子骨背側面(Dorsal surface of sesamoid bone)のあいだから皮膚表面に垂直に、球節の側副靭帯(Collateral ligament of fetlock joint)のすぐ上部またはこの靭帯を貫通するように、4cm-22Gの注射針を穿刺させて球節関節腔に到達する手法が用いられます(上図d)。いずれのアプローチ法においても、滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、5~10mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

球節関節麻酔では、球節関節炎(Fetlock arthritis)、球節骨軟骨炎(Fetlock osteochondritis)、球節内骨折(Intra-articular fracture of fetlock joint)などの疾患において陽性反応を示します。近位掌側アプローチは、関節軟骨(Articular cartilage)を傷付ける危険が少ないものの、滑膜絨毛(Synovial villi)に邪魔されて滑液吸引が困難であったり、関節包内脈管(Inter-capsular vessels)の損傷による出血(Hemorrhage)を起こし易いことが示されています。背側アプローチは、手技的に最も容易であるものの、針穿刺によって関節軟骨を傷付ける危険があり、関節液の量によっては充分な背側関節嚢の伸展が見られない症例もあることが示されています。遠位掌側アプローチは、穿刺部位が狭く他のアプローチ法と比較してより経験を要する手法ですが、出血の危険が殆どなく、関節腔の最も底部に到達できることから、滑液採取および麻酔薬注射が容易であることが示されています。外側アプローチは、起立位では穿刺できる関節隙間が狭いものの、肢挙上&球節屈曲させることで針穿刺が比較的簡易となり、関節腔の最も広い部位に到達できることから、滑液採取および麻酔薬注射が容易であることが示されています。球節関節麻酔は主に、遠軸種子骨神経麻酔に陰性で低四点神経麻酔(Low four-point nerve block)に陽性を示した症例において、球節内部の疾患と球節外部の疾患を鑑別診断する目的で実施されますが、遠位管骨の軟骨下骨嚢胞(Subchondral bone cyst of distal cannon bone)では、嚢胞腔と関節腔が連絡していない事もあるため、充分な跛行改善が見られない症例もあります。



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手根関節(Carpal joint)の診断麻酔では、殆どの場合に背側アプローチによって、中間手根関節(Mid-carpal joint)と上腕手根関節(Antebrachio-carpal joint)の麻酔が別々に行われ(この二つの関節は連絡していないため)、手根屈曲時にも関節腔が開かない手根中手関節(Carpo-metacarpal joint)は、中間手根関節への麻酔薬注射を介して診断麻酔が行われます(手根中手関節は中間手根関節と殆ど常に連絡しているため)。背側アプローチでは、肢を挙上させ手根を屈曲させた状態で、総指伸筋腱と橈側手根伸筋腱(Extensor carpi radialis tendon)のあいだから触知される中間手根関節(上図a)および上腕手根関節(上図b)の手根骨間隙から掌側方向に向かって、2.5cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔に到達する手法が用いられます。滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、5~10mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

中間手根関節麻酔および上腕手根関節麻酔では、手根関節炎(Carpal arthritis)や手根関節内骨折(Intra-articular fracture of carpal joint)などの疾患において陽性反応が見られます。手根中手関節の掌側関節嚢(Palmar pouch of carpo-metacarpal joint)は、管骨近位掌側面(Palmar aspect of proximal cannon bone)まで伸展しており、高四点神経麻酔(High four-point nerve block)によって誤って手根中手関節&中間手根関節が無痛化されてしまう危険があるため、中間手根関節麻酔を先に行って陰性反応を確認してから、高四点神経麻酔が行われる場合もあります。しかし、中間手根関節から手根中手関節の掌側関節嚢へと浸潤した麻酔薬によって、内外側の掌側中手神経(Lateral/Medial palmar nerve)および外側掌側神経深部枝(Deep branch of lateral palmar nerve)が麻酔されてしまう可能性も示唆されており、どちらの診断麻酔を先に実施するかに関しては論議があります。



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手根関節の診断麻酔に際して、外傷、手根嚢水腫(Carpal hygroma)、滑膜ガングリオン(Synovial ganglion)などの疾患によって、充分な手根背側面の滅菌が困難な症例においては、掌側アプローチを介しての、中間手根関節および上腕手根関節の麻酔が行われる場合もあります(上図)。上腕手根関節の掌側アプローチでは、通常は起立位において、遠位外側橈骨(Distal lateral radius)と尺側手根骨(Ulnar carpal bone)のあいだで、外側指伸筋腱(Lateral digital extensor tendon)と外側尺骨筋腱(Lateralis ulnaris tendon)が形成するV字領域のすぐ遠位側から、皮膚表面に垂直に2.5cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔に到達する手法が用いられます(上図a)。中間手根関節の掌側アプローチでは、通常は起立位において、第四手根骨(Fourth carpal bone)と尺側手根骨のあいだで、上記の上腕手根関節の掌側アプローチ部位から遠位側へ2.0~2.5cmの位置において、皮膚表面に垂直に2.5cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔に到達する手法が用いられます(上図b)。手根関節の背側アプローチと同様に、滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、5~10mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。



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肘関節(Elbow joint)の診断麻酔では、外側アプローチもしくは近位外側アプローチが用いられる事が一般的です(上図)。外側アプローチでは、通常は起立位において、近位橈骨の外側結節(Lateral tuberosity of proximal radius)と遠位上腕骨の外側上顆(Lateral epicondyle of distal humerus)のあいだを走行している肘関節側副靭帯(Elbow collateral ligament)から頭側へ2.5cmの位置で、橈骨外側結節から近位側に3.5cmの位置において、内尾側方向(Mediocaudal direction)に向かって6cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔(深さ5~6cm)に到達する手法が用いられます(上図a)。一方、近位外側アプローチでは、通常は起立位において、肘頭突起(Olecranon process)の頭側で、上腕骨外側上顆から尾側に3.0~3.5cmの位置において、遠位方向(Distal direction)および僅かに内頭側方向(Mediocranial direction)に向かって、9cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔(深さ5~7cm)に到達する手法が用いられます(上図b)。滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、20~25mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

肘関節麻酔では、肘関節炎(Elbow arthritis)や肘関節内骨折(Intra-articular fracture of elbow joint)などの疾患において陽性反応を示します。肘関節の周囲に局所麻酔薬が漏出すると、一時的な橈骨神経機能不全(Temporary radial nerve dysfunction)を起こす危険があるため、麻酔薬を注入する前に針先が確実に関節腔に達したことを確認することが重要です。このため、入念な注射針の操作を容易にする事も多いため、先に穿刺部位の皮下局所麻酔(Subcutaneous local anesthesia)を施す手法も有効です。



肩甲上腕関節(Scapulohumeral joint)(=肩関節:Shoulder joint)の診断麻酔では、外頭側アプローチが用いられる事が一般的です(上図)。この手法では、通常は起立位において、棘下筋腱(Infraspinatus muscle tendon)のすぐ頭側で、上腕骨大結節の尾側隆起(Caudal prominence of humeral greater tubercle)と頭側隆起(Cranial prominence)のあいだにおいて、内尾側方向(Caudomedial direction)で僅かに遠位方向(Distal direction)に向かって、9cm-20Gの注射針を穿刺させて関節腔に到達する手法が用いられます(上図d)。滑液検体を吸引して針先が関節腔に達したことを確認してから、25~30mLの麻酔薬を注射して、15~30分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。

肩関節麻酔では、肩関節炎(Shoulder arthritis)肩関節骨軟骨炎(Shoulder osteochondritis)、肩関節内骨折(Intra-articular fracture of shoulder joint)などの疾患において陽性反応を示します。肩関節の周囲に局所麻酔薬が漏出すると、一時的な肩甲上神経機能不全(Suprascapular nerve paralysis dysfunction)を起こす危険があるため、麻酔薬を注入する前に針先が確実に関節腔に達したことを確認することが重要です。肩関節と結節間滑液嚢(Intertubercular bursa)(=二頭筋滑液嚢:Bicipital bursa)が連絡している症例は僅かであるため、肩関節麻酔に陰性を示した場合には、結節間滑液嚢の診断麻酔を別個に行う必要があります。

Photo courtesy of Adam’s Lameness in Horses, 5th edition. Eds: Stashak TS, 2002, Lippincott Williams & Wilkins (ISBN 0-6830-7981-6), and Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. Eds: Ross MW and Dyson SJ, 2003, WB Sounders (ISBN 0-7216-8342-8).

馬の跛行検査シリーズ
馬の跛行検査1:歩様検査
馬の跛行検査2:肢勢検査
馬の跛行検査3:蹄鉗子検査
馬の跛行検査4:遠位肢の触診
馬の跛行検査5:近位肢の触診
馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
馬の跛行検査7:後肢の屈曲試験
馬の跛行検査8:診断麻酔指針
馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔
馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔
馬の跛行検査11:前肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔
馬の跛行検査13:後肢の関節麻酔
馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査15:歩様解析





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