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馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔

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後肢の神経麻酔(Hindlimb nerve block)について

後肢の遠位部における疼痛部位の限局化に用いられる、底側指神経麻酔(Plantar digital nerve block)、遠軸種子骨神経麻酔(Abaxial sesamoid nerve block)、低四点神経麻酔(Low four-point nerve block)の三種類の診断麻酔は、前肢における手技と同様に実施されます。

高四点神経麻酔(High four-point nerve block)は、底側近位中足部(Plantar proximal aspect of metatarpus)において内外側の底側神経(Lateral/Medial plantar block)および底側中足神経(Lateral/Medial plantar metatarsal nerve)を局所麻酔することで、近位中足部より遠位肢を無痛化する診断麻酔法です(上図)。しかし、前肢の高四点神経麻酔と同様に、外側底側神経の深部枝(Deep branch of lateral plantar nerve)の支配を受けている繋靭帯付着部(Origin of suspensory ligament)は無痛化することが出来ません。この手法では、通常は起立位で、副管骨軸面(Axial surface of splint bone)と繋靭帯遠軸面(Abaxial surface of suspensory ligament)のあいだで、足根中足関節(Tarso-metatarsal joint)から遠位側に3~4cmの位置において、4cm-20Gの注射針を管骨底側面(Plantar surface of cannon bone)に到達する深さまで挿入し、5mLの麻酔薬を注射して底側中足神経を麻酔した後、同じ針を引き抜くことなく副管骨と繋靭帯のあいだの皮下まで引き戻して、5mLの麻酔薬を注射して底側神経を麻酔します。同じ手技を内外側の両軸性に実施します。無痛化の確認は、内外側の管部中央部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われます。しかし、殆どの症例において管部の近位背側面の皮膚感覚は完全には消失しないため、近位管部の輪状皮下麻酔(Subcutaneous ring block)が併用される場合もあります。

高四点神経麻酔では(低四点神経麻酔に陽性を示す疾患に加えて)、脚部および体部繋靭帯炎(Suspensory body/branch desmitis)や浅屈腱炎(Superficial digital flexor tendinitis)などの疾患において跛行の改善や消失が見られます。前肢の高四点神経麻酔と同様に、底側中足神経を麻酔する際には、針の深部挿入部位のすぐ近くまで足根中足関節の遠位底側関節嚢(Distoplantar pouch of tarsometatarsal joint)が伸展している事があるため、関節内に注射針が達する危険を考慮して、他の神経麻酔よりも入念に皮膚消毒を行うことが必要です。



前肢の高四点神経麻酔に陰性反応を示した症例においては、繋靭帯付着部を無痛化するため、外側掌側神経麻酔(Lateral palmar nerve block)(または高二点神経麻酔:High-two point block)が行われますが、後肢の外側底側神経およびその深部枝は足根中足関節、足根腱鞘(Tarsal sheath)、長底側靭帯(Long plantar ligament)などのあいだに埋没しているため、特異的な局所麻酔が困難であることが知られています。このため、後肢においては、繋靭帯付着部に直接的に麻酔薬を注入する浸潤麻酔(Infiltration anesthesia)が行われることが一般的です。この際に、注射された麻酔薬が、足根中足関節の底側関節嚢に迷入する可能性がありますが、この関節嚢の伸展は前肢の手根中手関節の場合ほど遠位には及んでいないため、足根中足関節麻酔(Tarsometatarsal joint block)によって繋靭帯付着部が麻酔されてしまう可能性は低いことが示唆されています。これらの理由から、後肢の高四点神経麻酔に陰性反応を示した症例においては、先に足根中足関節麻酔を行って、この関節内に起こる疾患を除外診断してから、繋靭帯付着部の浸潤麻酔を行う指針が示されています。



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腓骨神経および脛骨神経麻酔(Fibular/Peroneal and Tibial nerve block)は、遠位下腿部(Distal crus)において両神経を局所麻酔することで、飛節全体を含む下腿部より遠位側後肢を無痛化する診断麻酔法です(上図)。腓骨神経麻酔では、通常は起立位で、踵骨隆起(Tuber calcanei)から近位側へ10cmの位置で、長指伸筋(Long digital extensor muscle)と外側指伸筋(Lateral digital extensor muscle)のあいだの溝部において、4cm-22Gの注射針を脛骨外側皮質骨面(Lateral tibial cortex)に達する深さまで穿刺し、10~15mLの麻酔薬を注射して深部腓骨神経(Deep fibular nerve)を麻酔した後、同じ針を引き抜くことなく皮下直前まで引き戻して、皮下組織内に5~10mLの麻酔薬を注射して浅部腓骨神経(Superficial fibular nerve)を麻酔します(上図a)。脛骨神経麻酔では、同じく起立位で、踵骨隆起から近位側へ10cmの位置で、総踵骨腱(Common calcaneal tendon)(=アキレス腱:Achilles tendon)と深屈腱(Deep digital flexor tendon)のあいだにおいて、2.5cm-20Gの注射針を皮膚表面に垂直に穿刺し、内側面の皮下に針先が触知できるのを確認してから、10~15mLの麻酔薬を注射して脛骨神経を麻酔します(上図b)。無痛化の確認は、内外側の足根部を鉗子やボールペンの先などで圧迫刺激することで行われますが、両神経の太さから完全な無痛化には20~30分を要する場合も多いことが知られています。

腓骨&脛骨神経麻酔では、足根関節以下の遠位肢全体の感覚神経が無痛化される事から、常歩&速歩時に蹄尖を引きずる仕草や球節のナックリングを呈する症例もあります。このため、高四点神経麻酔に陰性反応を示した症例では、腓骨&脛骨神経麻酔の前に足根関節麻酔(Tarsal joint block)が行われることが一般的です。足根関節麻酔に陰性反応を示し、腓骨&脛骨神経麻酔に陽性反応を示した症例においては、足根腱鞘炎(Tarsal tenosynovitis)、深屈腱炎(Deep digital flexor tendinitis)、踵骨滑液嚢炎(Calcaneal bursitis)、遠位脛骨骨折(Distal tibial fracture)、長底側靭帯炎(Long plantar ligament desmitis)などの発症が疑われます。

Photo courtesy of Adam’s Lameness in Horses, 5th edition. Eds: Stashak TS, 2002, Lippincott Williams & Wilkins (ISBN 0-6830-7981-6), and Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. Eds: Ross MW and Dyson SJ, 2003, WB Sounders (ISBN 0-7216-8342-8).

馬の跛行検査シリーズ
馬の跛行検査1:歩様検査
馬の跛行検査2:肢勢検査
馬の跛行検査3:蹄鉗子検査
馬の跛行検査4:遠位肢の触診
馬の跛行検査5:近位肢の触診
馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
馬の跛行検査7:後肢の屈曲試験
馬の跛行検査8:診断麻酔指針
馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔
馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔
馬の跛行検査11:前肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔
馬の跛行検査13:後肢の関節麻酔
馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査15:歩様解析






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