馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
診療 - 2022年07月30日 (土)

後肢の滑液嚢麻酔(Synovial bursa block)および腱鞘麻酔(Tendon sheath block)について
頭側脛骨筋内側腱の滑液嚢(Synovial bursa of the medial tendon of cranial tibial muscle)(いわゆるキュネアン滑液嚢:Cunean bursa)の診断麻酔では、中心足根骨(Central tarsal bone)および第三足根骨(Third tarsal bone)のあいだに触知されるキュネアン腱(Cunean tendon)の遠位端において、やや近位方向(Slightly proximal direction)に向かって2.5cm-22Gの注射針を穿刺させて滑液嚢腔に到達する手法が用いられます(上図b)。また、キュネアン腱を貫通させるように、皮膚表面に垂直に注射針を穿刺させる手法が用いられる場合もあります。滑液検体を吸引して針先が滑液嚢腔に達したことを確認してから、3~5mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。
この診断麻酔法では、キュネアン滑液嚢炎(Cunean bursitis)に起因する病態において陽性反応を示しますが、多くの症例において、足根中足関節(Tarsometatarsal joint)および遠位足根骨間関節(Distal inter-tarsal joint)の変性関節疾患(Degenerative joint disease)を併発しており、跛行の完全な消失が起きないことが示されています。
足根腱鞘(Tarsal sheath)(=足根外筒)の診断麻酔では、足根下腿関節(Tarsocrural joint)の底側関節嚢(Plantar joint pouch)の近位側に触知される膨満部位(Effusion region)において、2.5cm-20Gの注射針を穿刺させて腱鞘腔に到達する手法が用いられます(上図c)。滑液検体を吸引して針先が腱鞘腔に達したことを確認してから、10~15mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。
足根腱鞘麻酔では、腱鞘炎(Tenosynovitis)、深屈腱炎(Deep digital flexor tendinitis)、サラピン(“Thorough-pin”)などの疾患において陽性反応を示します。足根腱鞘の穿刺に際しては、指圧を介しての滑液の動態によって、足根部の内外側に生じた二つの嚢胞が連絡している事を確認して、足根腱鞘と足根下腿関節嚢との鑑別を行うことが重要です。
踵骨滑液嚢(Calcaneal bursa)は、皮下踵骨滑液嚢(Subcutaneous calcaneal bursa)と腱間踵骨滑液嚢(Intertendinous calcaneal bursa)の二つに分類され、これらの滑液嚢の滑液増量と膨満(Synovial effusion)を生じた症例においては、滑液嚢麻酔によって一次性疾患(Primary disorder)であることの確定診断が行われる事もあります。この手法では、踵骨底側面(Plantar surface of calcaneus)に触知された膨隆部において、2.5cm-22Gの注射針を穿刺させて滑液嚢腔に到達する手法が用いられます。滑液検体を吸引して針先が滑液嚢腔に達したことを確認してから、10mLの麻酔薬を注射して、10~15分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察しますが、病状の進行度合いによっては無痛化に20~30分を要する場合もある事が示唆されています。

大転子滑液嚢(Trochanteric bursa)は、大腿骨大転子(Femoral greater trochanter)の上を走行している中臀筋腱(Gluteus medius tendon)の下部に位置し、この滑液嚢の診断麻酔では、大腿骨大転子の頭側部において、皮膚表面に垂直に、皮質骨面に達する深さまで4cm-18Gの注射針を穿刺させて滑液嚢腔に到達する手法が用いられます(上図b)。多くの症例において、大転子滑液嚢からの滑液検体の吸引は困難であることが報告されています。このため、超音波誘導(Ultrasound-guidance)を用いて針先が滑液嚢腔に達したことを確認する手法も試みられており、5~10mLの麻酔薬を注射して、20~30分後に速歩させて基線グレードからの跛行の改善を観察します。また、一度注入した麻酔薬をシリンジ内に吸い戻せる所見で、針先が滑液嚢内にあることを推測する手法も示されています。
Photo courtesy of Adam’s Lameness in Horses, 5th edition. Eds: Stashak TS, 2002, Lippincott Williams & Wilkins (ISBN 0-6830-7981-6), and Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. Eds: Ross MW and Dyson SJ, 2003, WB Sounders (ISBN 0-7216-8342-8).
馬の跛行検査シリーズ
馬の跛行検査1:歩様検査
馬の跛行検査2:肢勢検査
馬の跛行検査3:蹄鉗子検査
馬の跛行検査4:遠位肢の触診
馬の跛行検査5:近位肢の触診
馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
馬の跛行検査7:後肢の屈曲試験
馬の跛行検査8:診断麻酔指針
馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔
馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔
馬の跛行検査11:前肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔
馬の跛行検査13:後肢の関節麻酔
馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査15:歩様解析