馬の跛行検査15:歩様解析
診療 - 2022年07月30日 (土)

歩様解析(Gait analysis)について
跛行診断は主観的検査(Subjective evaluation)に頼る部分が大部分を占め、観察者内変動(Intra-observer variability)および観察者間変動(Inter-observer variability)が大きいことが示されており、その信頼性(Reliability)と反復性(Repeatability)には疑問符が付けられています。また、症例報告などに際しては、病態重篤度(Disease severity)の定量的な判定(Quantitative evaluation)および治療効果の客観的評価(Objective assessment)が極めて重要で、跛行グレードや競走復帰成績のみによる“治療成功率”を査定することへの限界が指摘されています。
これらの理由から、様々な種類の歩様解析法が馬の跛行検査に応用されており、その解析原理に応じて、運動学的歩様解析(Kinematic gait analysis)と力学的歩様解析(Kinetic gait analysis)の二つに分類されています。

運動学的歩様解析は、“動き”の幾何解析(Geometric analysis of movement)を行うシステムで、通常は皮膚マーカーを付けた馬をトレッドミル上で運動させ、高速カメラでそのマーカーの動きを読み込み、コンピューターによって馬体の各部位の位置的変動(一つのマーカーの動きを解析した場合)、各関節の角度変動(三つのマーカーの動きを解析した場合)などを時間を追って評価する手法です(上記写真)。

運動学的歩様解析では、非対称性の頭部動揺(Asymmetric head nodding)、非対称性の仙骨動揺(Asymmetric sacrum movement)、最大球節伸展角度(Maximum extension angle of fetlock joint)、羅患側寛結節の上下運動(Tuber coxae movement on the affected side)などが有用な跛行指標となることが示されています(上図)。

力学的歩様解析は、蹄踏着時に生じる“地面反力”(Ground reaction force)の解析を行うシステムで、通常は設地型もしくは蹄鉄埋め込み型の圧迫センサー(Stationary or in-shoe pressure sensor)によって地面反力の測定が行われ、コンピューターによって負重時間内における地面反力の変動を三次元的に評価する手法です(上図)。

力学的歩様解析では、羅患肢における垂直地面反力の減少(Reduction of vertical ground reaction force)、対側肢における減速地面反力の増加(Increased braking ground reaction force)、羅患肢における加速地面反力の減少(Reduction of Propulsive ground reaction force)、羅患肢における地面反力の変動性増加(Increased variability of vertical ground reaction forces among steps)などが有用な跛行指標となることが示されています(上図)。
いずれの歩様解析法も、高額の設備を要し、歩様解析および結果判定に時間が掛かることから、全ての跛行症例に対してルーチン的に用いられている検査法ではありません。しかし、歩様解析を介して、肉眼的検査では認識できない極めて軽度の歩様異常を高感度に探知できるうえ、疼痛の度合い、患肢負重の減少、関節可動性の低下などの病態重篤度を、客観的に定量化する事が出来るため、より信頼性の高い予後予測が可能性になる利点も指摘されています。
Photo courtesy of Keegan KG. Evidence-based lameness detection and quantification. Vet Clin North Am Equine Pract. 2007; 23 (2): 403-423.
馬の跛行検査シリーズ
馬の跛行検査1:歩様検査
馬の跛行検査2:肢勢検査
馬の跛行検査3:蹄鉗子検査
馬の跛行検査4:遠位肢の触診
馬の跛行検査5:近位肢の触診
馬の跛行検査6:前肢の屈曲試験
馬の跛行検査7:後肢の屈曲試験
馬の跛行検査8:診断麻酔指針
馬の跛行検査9:前肢の神経麻酔
馬の跛行検査10:前肢の関節麻酔
馬の跛行検査11:前肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査12:後肢の神経麻酔
馬の跛行検査13:後肢の関節麻酔
馬の跛行検査14:後肢の滑液嚢麻酔
馬の跛行検査15:歩様解析