野外障害における落馬リスクの解析
話題 - 2022年08月01日 (月)

野外障害での落馬の危険性について科学的解析が行なわれており、ライダーの安全に配慮したコースデザインをする上で有用だと思われます。
総合馬術の野外走行では、飛越する障害が固定されており、もしライダーが落馬して激突すれば、怪我の危険性が高くなる可能性があります。また、飛び込み水壕や乾壕などの馬が躊躇しやすい障害物では、落馬の確率が高まるかもしれません。そう考えると、野外障害の特性が、ライダーの落馬にどう相関するのかを知ることで、ライダーの安全向上につながるコースデザインが出来ると考えられます。
参考文献:
E D Bennet, H Cameron-Whytock, T D H Parkin. Federation Equestre Internationale (FEI) eventing: Fence-level risk factors for falls during the cross-country phase (2008-2018). Equine Vet J. 2022 Jul 16 (Online ahead of print).
この研究では、野外走行における落馬の危険因子を解明するため、2008~2018年のFEI公認総合馬術競技のデータを用いて、野外走行で設置された障害の特性(数、種類、形状など)と、その障害での落馬の割合を、ロジスティック回帰分析で解析することでオッズ比(OR)が算出されました。

結果としては、野外走行のコースにおいて、スタートよりもゴールに近い障害物のほうが、落馬の危険性が高いことが分かり、障害物5個ごとに落馬の確率が7%増す(OR=1.07)というデータが示されました。つまり、障害物が30個あった場合には、最終障害の落馬率は1.5倍にもなる(1.07の6乗は約1.50)ことになります。この理由としては、ゴールに近づくほど人馬が疲労して、不整な飛越をする場合が多くなり、落馬が増えたことが挙げられています。このため、難易度の高い障害物は、スタートに近い地点に設置するべきだと結論付けられています。
ただ、野外走行は持久力やスタミナが求められる種目でもありますので、コース終盤の難易度が低すぎると、能力の高い人馬ほどコース終盤での減点を減らせる、という競い合いの要素が半減してしまう心配もあります。ですので、コース終盤の難関障害にはロングルートを設けておいて、持久力に劣る人馬はそちらを通らざるを得なくなり、結果的にタイム減点を負う、というデザインのほうが良いような気もします。なお、この研究では、ロングルート障害での落馬は、本コースと比較して、四分一以下にまで減っていました(OR=0.23)。

この研究では、下り坂にある障害のほうが、平地や上り坂にある障害に比べて、落馬の確率が高いことが示されました。このうち、踏切地点が下り坂だと、落馬リスクが35%増すのに対して、着地地点が下り坂だと、落馬リスクが42%も増加していました。これは、飛越で体勢が崩れた馬が、下り傾斜の地面に着地したときに、より大きくバランスを失って、騎乗者の落馬につながったと推測されます。ですので、下り斜面に設置される障害では、高さや幅を抑えたり、着地場所が見やすい形状にするなどの工夫が要るのかもしれません。

この研究では、飛越しながら水壕へ飛び込む障害では、それ以外の障害に比較して、落馬リスクが1.8倍以上も高いことが示されました(OR=1.82)。一方で、段差から降りるように水壕に入る障害では、落馬リスクは二割増し程度に留まり(OR=1.16)、飛越も段差もなく水壕に踏み入るだけの場合は、落馬リスクは六割減とかなり低くなっていました(OR=0.38)。このため、飛越したときの着地地点が水面だと、馬は水深が分からない場合が多く、結果的に、踏み誤ってバランスを喪失するケースが多かったと推測されています。

この研究では、連続障害の場合、後ろの障害のほうが落馬の危険性が高いという傾向が見られ、単一障害に比べて、連続の第一障害および第二障害では、それぞれ落馬リスクが15%増加(OR=1.15)もしくは33%増加(OR=1.33)となっていました。これは、連続障害のほうが、飛越動作が複雑となり馬が躊躇したり、また、第一障害で体勢を崩してしまうと第二障害で落馬しやすくなったためと推測されています。このため、連続障害のデザインでは、二つ目や三つ目の障害物の複雑さは抑え気味にするのが望ましい、という考察がなされています。

この研究では、障害の形状によって落馬リスクに差異が認められました。特に、落馬リスクが2倍以上もあったのは、乾壕と竹柵の組み合わせ(上図A)、コーナー型(上図B,C)、交差タイプのトラケーナー型(上図D)などでした。これらのタイプの障害については、落馬するケースが多いことを周知することで、襲歩のスピード出し過ぎに注意したり、アプローチで馬に障害をシッカリ見させるなど、ライダー側も対策が可能なのかもしれません。
野外障害のリスクを解析した過去の文献では、今回の研究と同様に、コース終盤や連続障害のほうが、落馬リスクが高かったという知見が示されています(Singer et al. EVJ. 20003;35:139)。また、水壕へと飛び込む場合、逆に水壕から踏み切る場合、または、下り斜面に着地する場合などでも、やはり落馬リスクが増すという報告があります(Murray et al. Vet J. 2005;170:318)。
今後の研究では、障害物による落馬の危険因子を解析することに加えて、人馬転が多かった障害物の特徴も解析して、コースデザインの技術を進歩させていくことが必要だと言えます。そうすることで、ライダーの安全、および、馬のウェルフェア向上を図りながら、コース難易度の調整が出来るようになるのかもしれません。
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