馬の神経学検査3:脳神経検査
診療 - 2022年08月01日 (月)

脳神経検査(Cranial nerve evaluation)について
嗅神経(Olfactory nerve: Cranial nerve I)は臭覚機能をつかさどる感覚神経(Sensory nerve)です。馬においては嗅神経の異常を正確に検査することは困難ですが(特に片側性の場合)、食欲減退(Decreased appetite)や鼻先を飼料の前で左右に動かしながら摂食する動作などによって推定診断が可能な場合もあります。
視神経(Optic nerve: Cranial nerve II)は視覚機能をつかさどる感覚神経です。視神経の異常では盲目(Blindness)を呈するため、指先を眼球に向かって近づけ眼瞼を閉じる仕草を観察する威嚇反射試験(Menace response test)が有用です。片側性の視神経損傷(Unilateral optic nerve damage)では異常側の眼に片側性盲目(Hemianopsia)を呈しますが、片側性の後頭葉損傷(Unilateral occipital cortex damage)や片側性の中脳損傷(Unilateral midbrain damage)では異常側とは反対側の眼に片側性盲目を呈します。威嚇反射の消失は顔面神経麻痺(Facial nerve paralysis)でも起こりますが、この場合には眼瞼閉鎖が見られなくても視覚は正常であるため、指先の接近に際して顔を背けるなどの反応が観察されます。また、閃光によって瞳孔が収縮する反応を確かめる瞳孔反射試験(Pupillary response test)においては、片側性の視神経損傷では両目とも正常な瞳孔反射を示すのに対して、両側性の視神経損傷(Bilateral optic nerve damage)では両目とも瞳孔反射が消失します。片側性の後頭葉損傷&中脳損傷においても、片側性盲目は発症するものの、瞳孔反射自体は両目とも正常です(脳皮質浮腫が起きた場合を除いて)。また古典的な診断法としては、乾草ブロックなどで迷路を作り、患馬を通過させて視覚の有無を確かめる検査(迷路試験:Maze test)もありますが、脳神経異常とは別に脳組織異常を発症して鈍麻(Obtundation)を呈した症例では、視覚が正常であっても障害物にぶつかる場合もあります。

動眼神経(Oculomotor nerve: Cranial nerve III)、滑車神経(Trochlear nerve: Cranial nerve IV)、外転神経(Abducent nerve: Cranial nerve VI)は眼球位置の調節機能をつかさどっています。一般的に、動眼神経の異常では腹外側斜視(Ventrolateral strabismus)、滑車神経の異常では背内側斜視(Dorsomedial strabismus)、外転神経の異常では内側斜視(Medial strabismus)と眼球退縮不能(Inability to retract the globe)を呈します。また動眼神経・滑車神経・外転神経の異常では、頭部を左右に揺らして水平眼振(Horizontal nystagmus)の発現を観察する眼球回頭反射試験(Oculocephalic reflex test)も有効です。動眼神経は上眼瞼挙筋(Levator palpebrae superioris muscle)の機能もつかさどっているため、動眼神経異常では上記の症状に加えて眼瞼下垂(Ptosis)を示す場合もあります。
三叉神経(Trigeminal nerve: Cranial nerve V)は顔面の感覚神経と咀嚼筋(Mastication muscle)の機能をつかさどる運動神経(Motor nerve)です。感覚機能は指先または鉗子で皮膚を刺激することで検査が行われ、眼部枝(Ophthalmic branch)の損傷では前頭部(Forehead)の感覚異常、上顎枝(Maxillary branch)の損傷では鼻孔および上部口唇の感覚異常、下顎枝(Mandibular branch)の損傷では下部口唇の感覚異常が見られます。下記の写真では、重篤な三叉神経上顎枝の異常によって、鼻孔および上部口唇の完全な痛覚消失が起きている事が示されています(患馬が可愛そうなので、写真の鉗子はすぐに取り除かれました、念のため)。眼窩周囲域(Periorbital area)を刺激して活発な眼瞼閉鎖(Brisk eyelid closure)を観察する眼瞼反射試験(Palpebral reflex test)では、三叉神経の感覚神経機能と顔面神経の運動神経機能を診断することが可能です。一般的に、眼瞼反射と威嚇反射の両方が消失した場合には顔面神経異常、眼瞼反射が消失して威嚇反射が正常な場合には三叉神経異常、威嚇反射が消失して眼瞼反射が正常な場合には後頭大脳皮質機能異常(Occipital cerebrocortical dysfunction: Cortical blindness)または中脳機能異常(Cerebellar dysfunction)が疑われます。また、三叉神経の運動神経機能に片側性異常が生じた場合には、非対称性の顎閉鎖(Asymmetric jaw closure)が見られ、両側性異常が生じた場合には顎閉鎖不全(Dropped jaw)の症状が見られます。

顔面神経(Facial nerve: Cranial nerve VII)は、耳、口唇、眼瞼の筋運動機能をつかさどっているため、顔面神経の異常では耳の下垂(Drooped ear)、羅患側の反対側への上唇偏位(Upper lip deviation away from lesion)、流涎(Drooling saliva)、前頭筋麻痺(Frontalis muscle paralysis)に起因する眼瞼下垂(Ptosis)、羅患側の頬嚢内での食物停滞(Food retention in cheek pouch on lesion side)などが見られます。また顔面神経は外側脳幹部(Lateral aspect of brainstem)で副交感神経系顔面神経核(Parasympathetic facial nucleus)の軸索(Axon)と合併することで、涙腺(Lacrimal gland)と唾液腺(Salivary gland)の分泌機能も担っています。このため近位部における顔面神経の異常では涙の生成異常(Abnormal tear production)と目の乾燥(Dry eye)が生じますが、遠位部での損傷ではこの症状は見られません。
内耳神経(Vestibulocochlear nerve: Cranial nerve VIII)は、膜性迷路(Membranous labyrinth)の内部にある蝸牛(Cochlea)、球形嚢(Saccule)、卵形嚢(Utricle)、三半規管(Three semicircular canals)などと一緒に、平衡維持(Balance maintenance)と重力に対する反射配向性(Reflex orientation to gravity)をつかさどる前庭器官(Vestibular system)を形成しています。内耳神経の異常では、末梢性前庭疾患(Peripheral vestibular disease)を引き起こし、頭頂部を羅患側に傾ける捻転斜頚(Head tilt: Poll toward lesion)、水平または回転眼振(Horizontal/rotary nystagmus)、羅患側への旋回運動(Circling toward lesion)などの症状を呈します。両側性の内耳神経異常は比較的稀ですが、捻転斜頚や眼振は見られず、動くことを拒否したり(Reluctant to move)、容易に倒れる(Falling easily)などの症状を呈します。

舌咽神経(Glossopharyngeal nerve: Cranial nerve IX)、迷走神経(Vagus nerve: Cranial nerve X)、副神経(Spinal accessory nerve: Cranial nerve XI)は、頚部、咽頭(Pharynx)、口蓋(Palate)の筋運動機能をつかさどっています。舌咽神経および迷走神経の異常では、発声障害(Dysphonia)、嚥下障害(Dysphagia)、食物逆流(Food regurgitation)などの症状が見られ、聴診(Auscultation)や上部気道と食道の内視鏡検査(Endoscopy)によって診断が下されます。副神経の異常は極めて稀ですが、僧帽筋(Trapezius muscle)、胸骨頭筋(Sternocephalicus muscle)、上腕頭筋(Brachiocephalicus muscle)などの萎縮(Atrophy)が見られる場合もあります。
舌下神経(Hypoglossal nerve: Cranial nerve XII)は、舌およびオトガイ舌骨筋(Geniohyoideus muscle)の機能をつかさどる運動神経です。舌下神経の異常では、舌弛緩症(Tongue flaccidity)によって舌が口角から垂れ下がる症状を呈し、慢性病態では舌筋の萎縮に伴って羅患側への舌偏位(Tongue deviation toward lesion)が見られる場合もあります。
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馬の神経学検査シリーズ
馬の神経学検査1:精神状態と行動
馬の神経学検査2:歩様検査
馬の神経学検査3:脳神経検査
馬の神経学検査4:脳脊髄液検査