馬の経鼻チューブを失敗しない36個のコツ
診療 - 2022年08月01日 (月)

馬は嘔吐ができない動物であるため、経鼻チューブで胃へとアクセスすることは、馬の消化器疾患の診察において非常に重要になります。日本のウマ社会の未来を担う、若い馬獣医師の皆様のなかにも、経鼻チューブを入れる処置で苦労されたことのある方もいらっしゃるかと思います。馬が鼻血を出してしまって、慌ててしまう事もあるかもしれません。この記事では、馬に経鼻チューブを入れるときのコツを、それぞれの段階にあわせて計36個まとめてみました。馬の臨床において、基本となる手技ですので、正しい方法を理解しておくことが必要です。
チューブを準備する段階でのコツ
経鼻チューブを入れるときには、事前に全ての準備を完了しておくことが望ましいです。チューブの挿入は、馬にとっては不快であり、短時間しか許容してくれない個体も多いからです。また、経鼻チューブの準備のほかにも、温水を入れたバケツや、治療用の薬液(下剤、電解質液、オイルなど)の準備も済ませておきます。

コツ1:チューブはやや太めのものを選ぶ
経鼻チューブのサイズは、まず太めのもの(触診した鼻道内径の半分程度の太さ)を選択したほうが、チューブが曲がりにくく安定するので、手元で操作するのが容易であり、胃内容を迅速に排出できます。太めのチューブが入りにくい場合には、徐々に細めのものに変えます。チューブが細いと、鼻道や喉頭の内部で折れ曲がって、先端が粘膜面に引っ掛かるなどして、むしろ、馬への侵襲性が高くなります。

コツ2:チューブは温水に漬けておく
使用するチューブは、バケツの温水に数分間ほど漬けて温めておきます。そうすることで、チューブが柔軟になり操作が容易となるうえ、馬が違物感を感じにくくなります。また、チューブ内部にも温水を一回通しておくことで、胃液や薬液が通過しやすく、また、使用後の洗浄もやり易くなります。

コツ3:チューブは肩にかけて後端を口で保持する
経鼻チューブは、地面に触れて汚染しないよう、首の後ろを通すようにして肩にかけ、片手で先端(鼻に入っていくほうの端)を持ちます。そして、チューブの後端は口で保持しておきます。チューブを口で保持することで、術者の口内に雑菌が入ってしまう弊害も指摘されています。しかし、術者が自分の口を使って、チューブを吸ったり吹きこむことで、諸作業を素早く確実に実施できるため(食道内の陰圧を確認する、チューブを押し進めるときに食道を膨らませる、胃内圧の上昇をチューブ後端からの風圧で感じる、胃液の酸性臭を嗅ぐ、チューブ内に残った薬液を胃に吹き入れる等)、やはり、口で保持する方法が最も効率的だと考えられます。勿論、それを不衛生と感じる場合には、チューブは手で保持しながら操作しても問題ありません。

コツ4:チューブに目印をつけておく
経鼻チューブを、横から馬の頭頚部に当てて、喉頭から鼻孔までの距離を確認し、クレヨンでチューブに印をつけておくと(クレヨンの成分は無害)、チューブ先端が喉頭に達したことが分かり易くなるため有用です。後述の嚥下を促す措置は、チューブ先端が喉頭に位置した状態で行なう必要があるからです。ただ、チューブ先端が喉頭に触れる感触が、術者の手元で分かるようであれば、目印は不要です。

コツ5:チューブに潤滑剤を塗る
経鼻チューブを鼻孔に挿入する際には、先端から20cm程度まで潤滑剤を塗っておくと、鼻道内を通過させるのが容易になり、鼻血も出にくくなります。チューブが充分に濡れていれば不要な場合も多いですが、特に、重度脱水で粘膜が乾燥している場合には有用です。ただ、潤滑剤が気管に入ると、水よりも弊害が大きいので、塗る潤滑剤は少量のみとしましょう。
チューブを喉頭まで進める段階でのコツ
経鼻チューブの次のステップでは、鼻孔からチューブを挿入して、鼻道を通過させ、喉頭まで到達させます。ここでは、鼻道内を傷付けないことが重要となります。
コツ6:チューブは下向きに反るように持つ
通常、経鼻チューブは弧を描くように反っていますので、チューブの反りを下方(腹側)に向くように保持して、その向きのまま鼻道を通過させます。そうすることで、チューブ先端が篩骨迷路に接触して出血するリスクを減らせます。

コツ7:鼻孔の内面を指で撫でて、異物感に馬を慣らす
経鼻チューブを鼻孔に挿入する直前には、片手を上唇に当てて、指で内面をゆっくり撫でることで、異物感に馬を少し慣らせることが出来ます。そうすることで、チューブを入れた瞬間に、馬が急に頭は持ち上げるのを防げることもあります。鼻孔の内面を撫でただけで大暴れする馬には、鼻ネジや鎮静剤の使用を検討します。

コツ8:チューブは鼻道の腹側に押し付けながら挿入する
馬の鼻道の断面はヒョウタン形をしており、腹側と背側に2つの通り道がありますが、経鼻チューブは、必ず腹側鼻道を通過させます。背側鼻道に比べて、腹側鼻道は、喉頭への連絡箇所が広く真っすぐに近いためチューブが通過しやすいですし、背側鼻道の先には篩骨迷路があり、チューブが当たると多量の出血を起こす危険があります。

コツ9:鼻道内のチューブはゆっくり押し込む
馬の腹側鼻道の内部は、狭いうえに奥へと低くなるように傾斜しているので、ゆっくりチューブを推し進めないと、粘膜を傷付けたり、先端が引っ掛かることがあります。また、押し込むときに少しでも抵抗を感じたら、すぐにチューブを引き戻し、また押し込むことを繰り返し、絶対に過剰な力で押し込まないようにします。なぜなら、チューブ先端が上方向に迷入して、それを乱暴に押すと、篩骨迷路を損傷して鼻血が出るだけでなく、最悪の場合、篩板を穿孔して脳底に入ってしまう危険もゼロではないからです(ヒト医療では事故例あり)。
コツ10:入れる鼻孔を変えるのは最後の手段
馬の経鼻チューブにおいては、慢性鼻炎で鼻粘膜が肥厚している馬では、チューブが通過しにくい事もありますが、すぐに反対側の鼻孔に変えるのではなく、細めのチューブに変えたり、潤滑剤を追加するなどして再実施します。馬に経鼻チューブを入れることで、粘膜を損傷したり副鼻腔炎を発症するリスクもあるため、出来るだけ片方の鼻孔だけを使うのが望ましいと言えます。
コツ11:途中で鼻血が出たら中止する
鼻道内にチューブを押し進めている最中に鼻血が出たときには、チューブ先端で更なる損傷を起こさないよう、原則として作業を中止します。しかし、後述のステップまで進み、チューブが既に胃の中まで達している段階で鼻血が出始めた場合には(馬が頭部を振ってチューブの途中部分が篩骨に接触した場合など)、そのまま最後まで処置を続けるのが無難です。
チューブを食道内に進める段階でのコツ
経鼻チューブの次のステップとしては、喉頭に到達したチューブを食道内へと進展させます。普通の状態では、食道の入り口は閉じていますので、馬自身が嚥下動作を行なうことによって、始めてチューブの先端が食道内に進入することが可能となります。

コツ12:チューブを前後に動かすことで嚥下を促す
馬にチューブを嚥下してもらう一番簡易な方法は、チューブを前後に動かして、先端を喉頭軟骨に接触させる方法です。通常は、チューブ先端を押し込んだときに、抵抗を感じた位置が喉頭ですので、そこから10cm程度の距離で前後に動かすことで、馬が嚥下してくれます。この際、引き戻す距離が長すぎると、馬が嚥下動作をしてもチューブ先端が食道内に進めないので、動かすのは10cmまでとします。また、チューブが抵抗なく進んでいってしまう場合には、先端が気管内に入ってしまっている可能性が高いと思われます。その場合、チューブを口で吸引してみて、抵抗なく空気を吸い込める所見で、先端が気管内に位置することを確認した後、喉頭まで引き戻して、再度、食道への進入を試みます。なお、稀にですが、馬が見た目には嚥下動作をしていないのに、チューブが食道内に入ってしまうこともありますので、後述の諸方法で、気管への誤挿入でないことを確認することが重要です。

コツ13:チューブを回転させながら前後に動かして嚥下を促す
前項目のように、チューブの押し込みに抵抗を感じた際にも、稀にですが、チューブ先端が咽頭の天井にある窪みに当っている場合には、同じように抵抗を感じますので、馬が嚥下しても食道に入らない、という現象が起こります。その場合には、チューブを90°回転させてから、再度チューブを押し込み、抵抗を感じた位置が喉頭ですので、その位置で前後に動かして嚥下を促します。また、チューブが気管に入ってしまった場合にも、同様に、チューブを90°回転させることで、嚥下で食道内に入れやすくなります。もし、チューブを180°回転させると、先端が咽頭の窪みのほうに向かってしまうので、回す角度は90°にしておきます。

コツ14:チューブから息を吹きかけることで嚥下を促す
前二項目の方法を行なっても、馬が嚥下動作をしてくれない場合には、チューブ先端から喉頭に息を吹きかけて、その刺激で喉頭反射を誘発して、嚥下動作を促すという手法も有効です。また、チューブ先端が気管内や咽頭の窪みの位置にあった時には、息を吹きこんでも馬が喉頭反射を示さないため、先端の位置がズレているのを確認するのにも役立ちます。
コツ15:馬を屈頭させることで嚥下を促す
もし、前三項目の方法を行なっても、馬が嚥下動作をしてくれない場合には、馬の鼻先を胸前方向に近づけて、頭頚部を屈頭させると、喉頭域が背腹側に狭くなり、チューブ先端が内壁に接触しやすくなるため、嚥下動作をしてくれることが多いと言われています。それでも嚥下しない場合には、屈頭姿勢のままで、前述のように、チューブを前後に動かしたり、回転させたりする操作を繰り返します。なお、馬が屈頭を拒否するときは、喉頭部を下から押し上げるようにノドをマッサージすることで、同様に喉頭域が狭くなりますので、嚥下をしてくれる事もあります。

コツ16:チューブから水を吹きかけることで嚥下を促す
これは最後の手段です。もし馬が疲労困憊や沈鬱状態にあり、どうしても嚥下をしてくれないケースでは、基本的に経鼻チューブは中止または延期します。しかし、診断や治療の目的で、どうしても経鼻チューブが必要である場合には、チューブから少量の水(20~30mL)を喉頭に吹きかけて、その異物感で嚥下反射を誘発することで、嚥下動作を促すという手法が取られることもあります。勿論、誤嚥による気管支炎のリスクがありますので、頭部を低く下げさせて、気管内に水が流れ込まないように努めます。
チューブを食道内に進めていく段階でのコツ
経鼻チューブが喉頭を通過した後は、最初に、チューブ先端が食道内に進んでいるかを確認する必要があり、これは、馬の経鼻チューブの手技のなかでも最も重要なステップになります。このため、複数の手法を知っておき、気管への誤挿入ではないのを確信できることが重要です。その後は、胃袋に向けてチューブを押し進めていきます。

コツ17:チューブが前後に動くのを外から視認する
経鼻チューブが食道内にあることを確認するときに、最も信頼性が高いのは、チューブの動きを外から視認することになります。馬の食道は、左側の頚静脈溝のすぐ背側を走行しています。このため、経鼻チューブを前後に動かす(引き戻す↔押し込む)と、その動きを外から確認することが出来ます。チューブが気管内に入っている場合には、その動きが外から見えることは絶対にありません。注意点としては、馬が飲み込んだ空気が食道を下降していく時には、まるでチューブが押し込まれているように見えてしまう事もあります。一方、馬が頚静脈拍動の症状を示しているときには(高齢馬の三尖弁閉鎖不全など)、まるでチューブが引き戻されているように見えてしまう事もあります。ですので、チューブの存在を確認するときには、押し込む&引き戻すの両方の動きを視認すること、2回以上は視認すること、および、視認だけで不安であれば頚部を触診してチューブの存在を触知すること、が重要です。
コツ18:チューブを口で吸ってみて陰圧になることを確認する
経鼻チューブが食道内にあると、チューブの先端は食道壁に包まれているので、術者が口で空気を吸いこもうとしても、陰圧になるだけで、殆ど吸い込めないことになります。これも、比較的に信頼性の高い確認法になります。しかし、問題点としては、食道拡張している症例(ノド詰まり等)では、チューブが食道内にあっても、空気が吸い込めてしまい陰圧にならないこと、および、チューブが気管内にあっても、先端が内壁に押し付けられていると、空気が吸い込めず陰圧になってしまうこと、が挙げられます。

コツ19:チューブに息を吹き込んだときの抵抗感は目安にならない
経鼻チューブが食道内あることを、空気を吹き込んだときに抵抗感があるか否かで判断するやり方は、信頼性が低いと言えます。逆に、チューブが気管内にあれば、空気を吹き込んでも抵抗を感じないと言われますが、術者の吹き込みが、馬の呼気のタイミングと合ってしまうと、抵抗があると勘違いしてしまうリスクがあります。さらに、食道が拡張していた場合、空気を吹き込んでも抵抗感に乏しい可能性もあります。似たような通説としては、食道内にあるチューブは押し込むのに抵抗があるので、それを目安にできるとも言われますが、やはり、食道拡張のときには当てはまりません。
コツ20:食道内のチューブはゆっくり押し進める
食道内に入ったチューブは、食道自体の分節運動で奥へと誘導してもらうため、ゆっくり押し進めることが重要です。特に、胸部食道まで達したチューブは、咽喉頭および胸郭入口の二箇所で急カーブしているため、術者がチューブを押す力は先端にはあまり伝わらず、チューブを胃へと導く食道筋の働きが大切である、という理解が大切です。

コツ21:チューブに空気を吹き込みながら食道内を押し進める
経鼻チューブが無事に食道内に入ったあとは、チューブ内へと空気を吹き込み、チューブが進んでいく先の食道を膨らませながら押し進めることで、チューブが折れ曲がったり、食道壁を損傷するリスクが減らせるという利点があります。また、空気で膨らませた箇所の食道は、神経反射で分節運動を起こすので、より効率的にチューブを胃まで誘導してくれると考えられます。一方で、食道を膨らませると、流れていった空気で胃が膨張するという懸念もありますが、チューブが胃に到達すれば、すぐに胃ガスは排出されるので、悪影響は限定的だと考えられます。
コツ22:チューブから水を吹き込みながら食道内を押し進める
もし、経鼻カテーテルがスムーズに進んでいかない場合は、少量(50mL程度)の水をチューブから食道内に吹き込むことで、潤滑作用を得られ、食道壁を傷付けることなく、スムースに推し進めていくことが出来ます。特に、馬が重度に脱水していて、食道壁が乾燥している症例には有用です。
チューブが胃内に到達した段階以降のコツ
経鼻チューブが胃袋に到達した後は、まず、胃内圧の上昇が無いか、および、胃液に酸性臭が有るかを確認します。その後、チューブ内を水で満たして、サイフォンの原理で胃液を排出させてから、必要に応じて、薬剤の投与を行ないます。

コツ23:チューブが胃に到達したら一旦止める
経鼻チューブが胃の噴門を通過したら、その時点で一旦チューブを押し込む操作を止めます。そして、チューブの後端から、勢いよくガスが押し戻されてこないか否かで、胃内圧が上昇しているかを判断します。また、それに併せて、胃ガスの匂いを嗅いで、正常な酸性臭がするか否かも確認します。
コツ24:チューブ先端を胃の液面より深部に進める
前項目の確認が終わったら、更に30~50cmチューブを押し進めて、チューブ先端を胃の液面より深部へと進めることで、胃の膨満度合いを評価します。チューブに間欠的に空気を吹き込むことで、先端が液面より深部にいったことが分かります(ストローで飲み物を吹くような感触がある)。この時点で、チューブを通って胃液が自然に逆流してくる場合には、胃液量がかなり多く、胃内圧の顕著な上昇(胃拡張)が起きていると予測できます。なお、先端が液面下にいく感触が得られないときにも、先端が胃壁に引っ掛かっている可能性もあるため、それだけで、胃液量が少ないという判断は出来ません。

コツ25:サイフォンの原理で胃液を排出する
前項目の確認が終わったら、術者の手元にあるチューブ後端に、ポンプ又は漏斗をつなぎ、チューブ内に水を注入してから、チューブ後端を床面近くまで下げることで、サイフォンの原理によって胃液を排出させます。この際、チューブ先端の位置によっては、水の注入を2~3回繰り返さないと胃液が出てこない事もありますが、バケツの目盛りなどを目安に、注入した水の量は記録しておきます。もし、それでも胃液が戻ってこない場合には、チューブを更に30~50cm押し進めてから、同じ手順を繰り返します。なお、水を注入するときに使う道具としては、自然落下で注入する漏斗に比べて、ポンプは用手で素早く注入できるのが利点ですが、胃内圧に逆らって過剰に注入してしまう危険性もあるため、注入後には必ず、後述の手法にて、胃の液面の高さをチェックしておくことが大切です。

コツ26:排出された胃液を評価する
前項目の手技によって、チューブを通って排出された胃液量から、注入した水の量を引くと、胃に溜まっていた液量になりますので記録しておきます。この際、胃液の色や臭気、混入飼料の消化度合いも評価します。胃液の量や性状を見ることで、胃拡張の原因が、単純な過食なのか、幽門からの通過障害があるのか、それとも、小腸から胃への逆流が起きているのか等を判断します。
コツ27:胃液を排出したあとの馬の臨床症状を評価する
前々項目の手技によって、胃の除圧(胃液排出)をした直後には、馬の表情や仕草を慎重に観察して、痛みが減った徴候があるのか否かを判断します。また、胃除圧から数分後に、心拍数が下がるか否かも、疼痛減退の有用な指標になります。

コツ28:チューブを通して注入する薬液を事前準備しておく
胃液量や胃内圧を見て、胃拡張が起きていないと判断された場合には、治療用の薬液(下剤、電解質液、オイル等)を、チューブを通して胃へと注入します。経鼻チューブよりも先に、直腸検査やエコー検査を済ませ、推定診断を下しておけば、注入する薬液を準備しておけるので合理的です。勿論、初見で重篤な疼痛症状を示している馬では、他検査より先に、大急ぎで経鼻チューブを入れるべきと判断される状況もあります。

コツ29:薬液注入後のチューブ内の液面を評価する
経鼻チューブを介して薬液を注入した後は、術者側のチューブの後端を、馬のキ甲より高く持ち上げます。この時、経鼻チューブ内の液面と、胃袋の液面は同じ高さになるので、薬剤の過剰注入で胃拡張が起きていないかを確認します。通常、馬の胃袋の天井は、肩甲骨の上から1/3程度の高さになると言われています。胃の液面が高すぎる場合には、チューブを下げて、薬剤を少し排出させておきます。

コツ30:胃拡張の場合は経鼻チューブを留置する
胃液量や胃内圧を見て、胃拡張が起きていると判断された場合には、持続的な胃除圧を施すために、経鼻チューブを入れたままにしておくのも有効です。この場合、鼻孔から出ている箇所のチューブに紐やテープを取り付けて、それを無口に結び付け固定します。余ったチューブは、項の上を通して、頬革に留めておき、チューブが抜けないよう口カゴを装着します。経験的には、経鼻チューブを留置すると胃液分泌が増えてしまう、という見解もありますが、近年の研究では否定されています。

コツ31:チューブ内を空にしてから引き抜く
経鼻チューブを留置しない場合は、処置完了後にチューブを抜きますが、その際、チューブ内に残っている薬剤を完全に胃内へと吹き入れて、チューブが空っぽの状態にします。その後、術者の手元でチューブを折り曲げてから、ゆっくりと引き抜きます。チューブを鼻道まで引き戻したときに馬が頭部を振り上げると、チューブが篩骨に当たり鼻血を出すこともあるため、鼻梁を手で保定しながらチューブを引き戻すことが大切です。
コツ32:鼻道内に胃液が垂れてしまった場合には鼻腔洗浄する
経鼻チューブを抜いた後に、チューブ先端(胃に入っていたほうの端)を観察して、もし胃液や食渣が多量に付着していた場合には、胃液が鼻道内に垂れてしまった可能性があるため、雑菌による鼻炎や副鼻腔炎を予防するため、100mL程の生食で鼻腔内を洗浄します。もし、翌日に、熱発や鼻漏が見られた場合には、抗生物質を投与することが推奨されます。
経鼻チューブに関連する処置のコツ
最後は、経鼻チューブに関連した事項におけるコツを紹介します。
コツ33:チューブは安全な場所で入れる
経鼻チューブを入れるときに、馬の後方に逃げ場が無いと、チューブを嫌悪した馬が、前方に突進したり、立ち上がったりする危険があります。このため、馬房内で経鼻チューブを入れる場合、馬は馬房の入り口付近に立たせ、後ずさりできる空間を与えておくのが大切です。同様に、蹄洗場では、馬の後方に少しスペースがあるのが望ましいです。また、馬が枠場に入った状態で経鼻チューブを挿入するのは、極めて慎重に行なうべきであり、少なくとも、枠場の後部扉は開けて、平打縄やロープで臀部を抑えておくのが推奨されます。

コツ34:事故防止のため鼻ネジを積極的に使う
一般的に、経鼻チューブを嫌がる馬は少なくないため、術者や保定者の安全のためであれば、鼻ネジなどの保定手段を積極的に使うべきだと言えます。このとき、鼻ネジを上唇に装着させると、鼻孔が引っ張られて、チューブを挿入しにくいかもしれませんが、シッカリと鼻孔翼を持ち上げれば、問題なくチューブは挿入できます。
コツ35:必要であれば鎮静をためらわず使う
経鼻チューブを挿入するときに、鼻ネジでは制御できないほど暴れる馬には、躊躇することなく鎮静剤を打つべきだと言えます。特に、複数回の経鼻チューブが必要になりそうな症例(難治性の便秘疝や近位小腸炎など)に対しては、回を重ねるごとに、馬の保定や制御がドンドン難しくなることを懸念して、積極的に鎮静を使うことが推奨されます。ただ、鎮静が深すぎると、馬がボーっとしてチューブを嚥下しなくなったり、腸蠕動低下で疝痛自体を悪化させるリスクもあるため、投与量は必要最小限にします。

コツ36:鼻血では頭を挙げさせて待つ
馬の経鼻チューブでは、どんなに最善の手技を用いても、馬の拒否動作によっては、鼻血を出してしまうことはあり得ます。その際は、慌てることなく、鼻先にタオルをかけて、血が周囲に飛び散らないようにしながら、頭部を挙上させた位置で保持します。幸い、経鼻チューブによる鼻血は、30分以内に止まることが殆どです。また、必要であれば、鎮静剤を打って血圧を下げることで、止血までの時間を短縮できます。一方、前頭部の氷冷や、止血剤の点滴も効果は期待できますが、実際の止血効果に関するエビデンスは乏しいのが現状です。
経鼻チューブを入れるときに重要なこと
馬の診療において、経鼻チューブは基本的な診察技術の一つですが、実際には、此処の手順の段階において、細かい留意点やコツが数多くあります。しかし、短時間での見極めや決断を要する事項もあるので、出来るだけ全てのポイントを覚えておくことが望ましいです。何より、大きなミスをしてしまうと(誤って気管内に溶液を注入してしまう等)、馬の命に関わる可能性もあることを理解して、反復練習に併せて、トラブル対策をしておくのが獣医師の責任です。
馬の経鼻チューブの処置においては、胃袋への道のりは長く、ゆっくり着実に進んでいくしかない、という認識が大切ではないでしょうか。
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