馬の開放骨折における抗生物質治療
診療 - 2022年08月05日 (金)

開放骨折の治療法について
馬の遠位肢は周囲を囲む筋肉が限られている領域が多いため、重篤な骨折症例では皮膚穿孔(Skin penetration)から開放骨折(Open fracture)を起こし、骨折病巣の細菌感染(Bacterial infection)を引きこす事も多いため、内固定法(Internal fixation)などの外科的療法に併行して、感染部位へ高濃度の抗生物質を作用させる治療法が実施されています。
抗生物質を含有させたポリメタクリル酸メチル(Antimicrobial-impregnated polymethylmethacrylate)を感染部に充填する治療は、開放骨折の治療において最も頻繁に用いられる手法で、抗生物質含有PMMAの溶解(Elution)によって、経静脈投与(Intravenous administration)に比べて200倍以上の高濃度の抗生物質を感染組織に作用させる事が可能であることが知られています。抗生物質含有PMMAは、棒状またはビーズ状に固めて使用されますが(下記写真)、抗生物質の溶解度合いは充填物の表面積(Surface area)に比例するため、出来るだけサイズの小さいビーズを作ることが推奨されています。この際には、ビーズを縫合糸などに数珠状に連結させることで、小さなビーズが周囲組織へ迷入(Beads migration)することを予防し、ビーズ除去を容易にすることが出来ます。

含有させる抗生物質は、PMMAの重量の5%とすることが提唱されていますが(10gのPMMAに対して500mgの抗生物質)、術創感染の重篤度によってはそれよりも高濃度の抗生物質を含有させる場合もあります。手術時間の短縮のため、術前に作成したPMMAビーズをガス滅菌して使用することも可能です。使用薬剤としてはAmikacinとGentamicinが最も一般的で、Ceftiofur、Tetracycline、Chloramphenicolなどの抗生物質はPMMAからの溶出度合いが悪いことが報告されています。骨折部感染が治癒した後、充填したPMMAを除去するか否かについては論議があります。周囲軟組織の損傷の危険を考慮して、抗生物質含有PMMAの除去を推奨する文献もありますが、下記写真のように術後数年にわたってPMMAを残存させていても、顕著な副作用は認められなかったという報告もあります(写真左:手術直後のレントゲン像、写真右:術後二年目のレントゲン像)。

また開放骨折に対して、プレート固定法が試みられる症例においては、抗生物質含有PMMAを皮質骨面(Cortical surface)とプレートの隙間に充填させることによる、プレート接着法(Plate luting)が実施される場合もあり、PMMAから溶出した抗生物質によって骨螺子のゆるみ(Screw loosening)を防ぐだけでなく、プレートと骨面を堅固に接触させることで、外科整復の強度を高める効果も期待できます(下記写真は実験室内での体外試験例)。しかし、この場合には、PMMA重量の10%以上の抗生物質を含有させてしまうと、PMMA強度の低下を招くことが報告されています。

開放骨折の感染部位に対する他の治療法としては、抗生物質の骨髄内局所灌流法(Intraosseous regional perfusion)が挙げられます。この手法は、治療部位より近位側に止血帯(Tourniquet)を巻いて、末梢血液循環の孤立化(Isolated peripheral blood circulation)を行った後、内部に管の通った骨螺子(Cannulated bone screw)を皮質骨面から骨髄腔へと挿入して(下記写真)、生理食塩水で希釈した抗生物質の注入を行います(最下記写真)。使用される抗生物質の濃度に関しては論議がありますが、一回当たりの全身投与量(Systemic single dosage)を計算し、同量の抗生物質を30~60mLの生理食塩水に混ぜて使用する方針が一般的です。止血帯は抗生物質の注入後、最低30分は維持することが推奨されているため、局所灌流の実施は全身麻酔下(子馬の症例)または充分な鎮静剤(Sedative)と局所神経麻酔(Local nerve block)を用いての起立位(成馬の症例)で行われる事が一般的です。


Photo courtesy of Goodrish LR. Osteomyelitis in horses. Vet Clin Equine 2006; 22: 389-417.
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