馬の骨折における応急処置
診療 - 2022年08月05日 (金)

骨折の応急処置(Fracture first aid)について
骨折の発症が疑われた症例においては、外固定(External coaptation)によって体重支持(Body weight support)と骨折安定化(Fracture stabilization)を施し、周囲軟部組織の損傷(Damage in surrounding soft tissue)、血液供給破損(Blood supply disruption)、骨折端の破片化(Fracture end fragmentation)などを予防することが重要です。また、レントゲン検査や馬運車への積み込みなども、必ず外固定を完了した後に行うことが大切です。

蹄骨(Distal phalanx)、冠骨(Middle phalanx)、繋骨(Proximal phalanx)の骨折症例においては、球節屈曲(Fetlock flexion)によって骨折部破損を生じる危険が高いため、副木(Splint)の装着によって蹄骨&冠骨&繋骨&管骨(Cannon bone)の背側面を一直線に固定することが重要です。このため、前肢においては遠位肢の背側面(Dorsal surface)に装着した一本の副木による固定が行われ(上図)、後肢においては底側面(Plantar surface)に装着した一本の副木による固定が行われます(下図)。また、Kimzey splintなどの市販の金属製遠位肢固定具が用いられる事もあります。


前肢における管骨、手根骨(Carpal bones)、遠位部橈骨(Distal radius)の骨折症例では、地面から肘頭(Olecranon)まで達する二枚の副木を、尾側面(Caudal surface)と外側面(Dorsal surface)に互いに90°の角度で装着することで固定化が行われます(上図)。後肢における管骨および足底骨(Tarsal bones)の骨折症例では、足根関節部での肢角度の屈折のため、尾側面の副木は地面から踵骨(Calcaneous)まで達する長さとし、外側面の副木は地面から膝関節(Stifle joint)の高さまで達する長さ(下図)とすることが大切です。


尺骨(Ulna)の骨折症例では、上腕三頭筋(Triceps muscle)の肘頭牽引機能が失われ、肘部脱落(Dropped elbow)の症状を呈し、これが羅患馬の窮迫(Distress)および不安(Anxiety)の原因となると考えられているため、尾側面への副木装着(地面から肘頭までの長さ)によって手根関節を伸展位(Carpal joint stabilization in extension)に固定することで(上図)、充分な体重支持と骨折部安定化が施されます。

骨幹部および近位部の橈骨(Diaphyseal and proximal radius)の骨折症例では、前腕部の伸筋郡(Antebrachial extensor muscles)は主に外側面に走行しているため、骨折によって遠位肢の外転作用(Abductor action)を生じ、鋭い骨折端による内側面での開放骨折(Open fracture)を引き起こす危険が高いため、骨折安定化に際しては、外側面の副木は地面から肩関節(Shoulder joint)の高さまで達する長さが必要で(上図)、尾側面の副木は管部骨折の場合と同様に地面から肘頭まで達する長さとします。

脛骨(Tibia)の骨折症例では、橈骨骨折の場合と同様に伸筋郡による遠位肢への外転作用を中立化(Neutralization of abductor action)させるため、外側面の副木は地面から股関節(Hip joint)の高さまで達する長さが必要で(上図)、尾側面の副木は管部骨折の場合と同様に地面から踵骨まで達する長さとします。また、膝関節と足根関節の動きによって副木がずれる危険もあるため、地面から股関節の高さまで達する金属フレーム(Metal frame)の装着による骨折部安定化が施される場合もあります。
上腕骨(Humerus)、大腿骨(Femur)、およびそれより近位における骨折症例においては、周囲筋肉郡によって比較的堅固な骨折部安定化が生じることが多く、外固定の実施は必要でないことが提唱されています。大腿骨の骨折において、橈側神経麻痺(Radial nerve paralysis)を併発し、手根関節の屈曲不全を呈した場合には、地面から肘頭まで達する副木を尾側面に装着することで、手根関節を伸展位に固定することもあります。

外固定の完了後に、馬運車による輸送を行う場合には、骨折羅患馬を出来るだけ歩かせないことが重要で、患馬が放牧場で発見された場合などにおいても、放牧場にて副木装着を行い、放牧場まで馬運車を乗り入れて積み込みを行うことが大切です。積み込みの際には、出来る限り傾斜路(Loading ramp)を用い、骨折馬が段差を上る必要がないように努めます。
馬運車内では、患馬を狭い横棒や仕切り板のあいだに立たせてバランス維持を助けることが重要で(上図)、吊起帯支持(Sling support)が応用される事もあります。輸送中においては、加速時(Acceleration)よりも減速時(Braking)の方がバランス維持が難しいため、前肢の骨折症例では後ろ向きに、後肢の骨折症例では前向きに積み込むことが推奨されています(上図)。また、馬運車から患馬を降ろす際にも、前肢の骨折症例では後退によって、後肢の骨折症例では前進によって行うことが推奨されます。
Photo courtesy of Nixon AJ, Equine Fracture Repair, WB Sounders, Philadelphia, PA.