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馬の義足手術

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馬の義足手術について

馬における断脚術(Limb amputation)および義足(Prosthesis)は、遠位肢の重篤な運動器疾患(Severe musculoskeletal disorder)に対する救援療法(Salvage therapy)の一つであり、これまでに数多くの成功例が報告されています。しかし、他の動物種に比べ、馬の義足手術は、実施の是非およびタイミングを判断するのが難しい治療法です。そして、断脚術と義足手術を応用する症例を適切に見極めるためには、(1)断脚する位置(Level of amputation)、(2)患馬の全身状態、(3)対側肢(Contralateral limb)の状態、(4)患馬の気質(Disposition)、(5)術後の責任(Commitment)に対する馬主&管理者の理解、などの、多くの要因を考慮する必要があります。

(1)断脚する位置:
馬の断脚術は、罹患肢を切断する位置によって、(A)上腕部または下腿部での断脚、(B)管部での断脚、(C)繋部での断脚、という三種類に分類されます(下図A~C)。(A)の上腕部&下腿部での断脚は、手根&足根(Carpus/Tarsus)や管骨(Cannon bone)の重篤な損傷を呈した症例に応用が可能ですが、手根関節または足根関節より上部に義足を取り付けることは困難であるため、断脚後には馬は三本肢での生活を余儀なくされる場合が多いことから、この位置での断脚術が実施される症例は稀です。(B)の管部での断脚は、管骨、基節骨(Proximal phalanx)、近位種子骨(Proximal sesamoid bone)、および球節(Fetlock)の重篤な損傷を呈した症例に応用が可能な術式です。この場合には、断脚端(Amputated stump)への負担を減らすため、肢の直径が大きくなる手根または足根の下部で体重支持できるように、様々な種類の義足が考案されて使用されています。(C)の繋部での断脚は、基節骨、中節骨(Middle phalanx)、末節骨(Distal phalanx)、および蹄部の重篤な損傷を呈した症例に応用が可能な術式です。この場合には、断脚端に蹄叉(Hoof frog)の組織を自家的移植(Autologous transplantation)することで、患肢への荷重を容易にする手法が併用されることもあります。

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(2)患馬の全身状態:
断脚術および義足手術を応用する際には、複数回の全身麻酔(Multiple general anesthesia)と長期間にわたる抗生物質&抗炎症剤療法(Prolonged anti-inflammatory/anti-microbial therapy)を要することから、患馬は良好な全身状態を保っていることが重要です。その意味では、他の治療法が奏功しなかった後に断脚術&義足手術を考慮するというよりも、出来るだけ早期に断脚術&義足手術を応用するという治療方針を決定するべきである、という提唱がなされています。

(3)対側肢の状態
断脚術および義足手術では、対側肢の運動器疾患が重要な術後合併症(Post-operative complication)として懸念されるため、術前には慎重な触診(Palpation)、レントゲン検査(Radiography)、超音波検査(Ultrasonography)などを行って、対側肢の負重性蹄葉炎(Support laminitis)、蹄底膿瘍(Subsolar abscess)、内反症(Varus limb deformity)、球節の支持を担う軟部組織の損失(Loss of supporting soft tissue structure of fetlock joint)が認められる場合には、断脚術および義足手術の実施を再検討(Reconsideration)するべきである、という警鐘が鳴らされています。一方で、義足装着後に患肢への十分な荷重ができるようになり、対側肢に起こり始めていた負重性蹄葉炎が治癒に向かったという症例報告もあるため、対側肢に蹄葉炎を発症しているという所見だけでは、直ちに断脚術および義足手術を断念する理由にはならない、という提起もなされています。

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(4)患馬の気質
断脚術および義足手術を応用する患馬の気質に関しては、侵襲性の高い治療(Invasive treatment)や頻繁な術創処置(Frequent incisional care)を長期間にわたって許容するという、「大人しい」性格の馬のほうが適しているのは間違いありません。しかし、患馬は断脚術の後に、(A)全肢ギプス(Full-limb cast)の装着、(B)吊起帯(Sling)の装着およびそれによる寝起きの補助、(C)通常の馬よりも横臥位や胸臥位(Lateral/Sternal recumbency)で過ごす時間を長く取る(=対側肢の負重性蹄葉炎を起こさないようにするため)(上記写真)、などを学習する必要があるため、様々な環境の変化に柔軟に対応するという、「賢さ」(Intelligence)を持っていることも、極めて重要な要因であると提起されています。そして、賢明な馬は数日の期間内でこの(A)~(C)への順応(Adaptation)を示すことから、手術前の数日間に全肢ギプスや吊起帯を使用することで、患馬の気質や賢さを慎重に評価して、断脚術および義足手術の実施の是非を判断することが大切です。

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(5)術後の責任に対する馬主の理解
断脚術および義足手術を応用する症例の馬主&管理者に対しては、患馬に対しての献身的、経済的、かつ長期間にわたる介護の責任(Responsibilities of dedicated, financial, and long-term patient care)が生じることを、術前に説明し十分な理解を得ることが必須です。馬主&管理者の責任としては、患馬が死ぬまで毎日一回は患肢の状態をチェックすること、少なくとも一日おきに義足&バンテージの交換を行うこと(上記写真)、安全かつ清潔な飼養環境を維持すること、などが含まれます。また、最初の断脚術の手術費だけでなく、術後に起こりうる合併症の治療費、義足の購入&修理&維持に掛かる費用、などを負担する責任があることに、同意(Consent)を得る必要があります。さらに、そのような高額の出費にも関わらず、患馬は騎乗には使用できず、繁殖馬としての使役にも耐えられない可能性があること、そして、義足手術が成功した症例においても、数年間しか生き延びられない場合が多いこと、等を十分に理解してもらうことが重要です。



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馬の管部での義足手術

管部での断脚術においては、管骨の中央部またはやや近位部での骨切術(Osteotomy)が行われ、掌側または底側の皮膚および屈筋腱(Palmar/Plantar skin and flexor tendons)をフラップ状に残して、このフラップで管骨の骨端を覆います(下図)。この際には、断脚部位の箇所の肢の太さを紐で測り、この紐の三分の二を断脚箇所の半周回部位の長さとし、残りの三分の一をフラップ部位の長軸方向の長さとします。断脚に際しては、まず血管および神経組織(Vascular and nerve tissues)を結紮し、その後、繋靭帯(Suspensory ligament)を結紮してから、管骨の骨切術を行い、遠位肢の切断を完了します。そして、骨端を掻爬子(Curette)および骨鑢(Bone rasp)で滑らかにしてから、フラップ内の屈筋腱と、背側管部の総指伸筋腱(Common digital extensor tendon)を縫合&結合させ、骨端を掌側&底側皮膚フラップで包みこむように縫合閉鎖します。

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縫合後には、まず断脚端(Amputated stump)から近位側に対して全肢ギプス(Full-limb cast)を装着してから、その断端から地面まで達する歩行用金属棒(Walking bar)を連結させます。この金属棒は出来るだけ軽い素材を用いて、最低でも1500パウンド(682-kg)の捻転負荷(Torsional loading)に耐えられる強度にします。麻酔覚醒(Anesthesia recovery)に際しては、吊起帯(Sling)またはプールを用いての、起立補助を行うことが強く推奨されており、適切な量の鎮静剤(Sedatives)を追加投与することで、患馬が必要以上に暴れるのを防いで、覚醒時の患肢への負担を最小限に抑えることが大切です。全肢ギプスは術後の一週間で一度交換し、それから三~四週間後に除去されますが、この期間中には、対側肢の負重性蹄葉炎(Support laminitis on contralateral limb)を予防するため、吊起帯によって両前肢または両後肢を吊り上げて、対側肢の蹄への蹄叉支持具(Frog support)や蹄踵挙上蹄鉄(Raised heel shoe)の装着が行われることが一般的です(下記写真)。

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断脚端が治癒した後には、断端から手根関節または足根関節の上部までを覆う義足の装着が行われます。このためには、まず術後の四~五週間にわたるギプス装着が終わった時点で、ギプス素材を用いて断脚端部の鋳型(Template)を作ります。義足の形状および素材には様々なものがありますが、基本的には、鋳型に基づいて作った二つのカップ(プラスチック製または革製、頭側および尾側カップに分離される)を、手根または足根の上下箇所においてバンドで締めるようにして装着する仕組みになっています(下記写真)。このカップには金属棒が連結され、その遠位端には、滑り止めのゴムキャップがはめられているだけのタイプや、接地のための可動性パッドが取り付けられているタイプなどがあります。

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管部での断脚術では、その予後は中程度で、症例報告では六割~七割の長期生存率(Long-term survival rate)と、三年~四年の延命が期待できることが示唆されていますが、義足手術から十年近く生存した症例もあります[1,4]。また、前肢よりも後肢のほうが、管部での義足手術による予後は良い傾向にあります。一方、種牡馬よりも温和な気質であることの多い牝馬のほうが、義足手術には向いているという知見や、気難しい馬の多いサラブレッド種に対する義足手術では、他の品種に比べて予後が悪い場合が多いという報告もあります。管部での断脚術における術後合併症(Post-operative complication)としては、対側肢の負重性蹄葉炎、断脚端の治癒遅延(Delayed healing)、骨盤骨折(Pelvic fracture)、褥瘡(Decubitus ulcers)などが報告されています。また稀に、断脚されて存在しないはずの箇所に痛みを感じるという、“幻肢痛”(Phantom pain)という現象を示す馬も見られたことが報告されています。



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馬の繋部での義足手術

繋部での断脚術においては、原発疾患(Primary disorder)の発症箇所に応じて、球節(Fetlock joint)(=中手&中足指骨間関節:Meta-carpo/tarso-phalangeal joint)の部位での断脚、冠関節(Pastern joint)(=近位指骨間関節:Proximal inter-pharangeal joint)の部位での断脚(下記写真の左)、もしくは蹄関節(Coffin joint)(=遠位指骨間関節:Distal inter-pharangeal joint)の部位での断脚(下記写真の右)のいずれかが選択されます。このように関節部位で断脚することで、断脚箇所の骨端に滑らかな関節軟骨(Articular cartilage)が位置することになるため、それを覆う皮膚や軟部組織の損傷を予防できる利点があります。断脚に際しては、関節面から約2cm遠位側における半楕円形切開創(Semi-elliptical incision)によって遠位肢組織を切除し、血管および神経組織(Vascular and nerve tissues)を慎重に結紮します。

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断脚端を縫合閉鎖する際には、浅&深屈腱(Superficial/Deep digital flexor tendon)を、背側部の伸筋腱(Extensor tendons)に縫合結合する手法が用いられます。しかし、断脚端を支持するのに十分な軟部組織が確保できない症例も多いため、その場合には、断脚端に蹄叉組織が自家的移植されることもあり(下記写真)、その術式としては、以下の(1)~(3)の三種類があります。(1)蹄部への感染(Foot infection)が無く良好な血流(Proper blood supply)が保たれている症例では、掌側&底部切開創を蹄球(Heel bulbs)の位置まで遠位へと伸展させて、蹄球、蹄枕(Digital cushion)、蹄叉真皮(Frog corium)などの根部組織(Pedicle)を蹄壁内で切除して、これらをフラップとして断脚端の皮膚に縫合結合させます。(2)類似の術式では、断脚端の皮膚を5mmの隙間を残すように縫合糸で寄せてから、5x50mmのサイズの蹄枕および蹄叉真皮を蹄壁内で切除して、これらを断脚端の皮膚縫合線に取り込むように縫い付けます。(3)蹄部への感染が重篤な場合には、二回に分けての手術が必要になり、まず最初に、断脚端の皮膚を隙間ができるように縫合し、抗生物質含有PMMAビーズ(Antibiotic-impregnated polymethylmethacrylate beads)を感染部位に埋没させることで、二週間にわたって健常な肉芽組織(Healthy granulation tissue)の新生を促します。そして、十分な肉芽組織が形成された時点で、二回目の手術を行い、対側肢(Contralateral limb)の蹄叉に設けた正軸切開創(Axial incision)を介して、対側肢から蹄枕および蹄叉真皮を採取して、これを患肢の断脚端の肉芽組織内へと移植します。

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繋部での断脚術では、術創の縫合後に管骨に二本のピンを通し、それをギプス素材に埋め込むことで、遠位肢の経固定具ピンギプス(Distal-limb transfixation pin cast)を装着させてから、その断端に金属製の仮義足(Temporary prosthesis)を連結させます。この際には、二本のピンを30度の角度でずらした方向に設置することで、ピン穴が位置する骨単位(Osteon)の走行軸が異なることになるため、ピン穴のあいだに亀裂を生じにくく、経固定具ピンギプスの破損や管骨の二次性骨折(Secondary fracture)を起こす危険を減少できると考えられています。また、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)に際しては、吊起帯(Sling)もしくはプールを用いての、起立補助を行うことが強く推奨されています。

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術後には、経固定具ピンギプスを一ヶ月ごとに交換し、合計で三ヶ月間装着する指針が推奨されており、その後には、断脚端の蹄叉組織が完全に再構築(Remodeling)されるまでは(一般的に三~六ヶ月を要する)、通常の遠位肢ギプス(Standard full-limb cast)の装着を継続させます。断脚端の良好な治癒が完了した後には、管部から遠位側を覆う義足の装着が行われます。義足を作成する際には、ギプス素材を用いて遠位肢の型取りをし、その鋳型(Template)に基づいて、プラスチック製の義足を作成し(頭側および尾側カップに分離される)、管部にバンドで締めるようにして装着します(上記写真の左)。ギプスの内面は柔らかい発砲素材で覆い、ギプスの底面には金属製またはプラスティック製の蹄鉄がネジで取り付けられます(上記写真の右)。

繋部での断脚術では、その予後は中程度で、症例報告では四割~六割の長期生存率(Long-term survival rate)と、二年~三年の延命が期待できることが示唆されていますが、義足手術から12年間にわたって生存した症例もあります[1,2]。また、前肢よりも後肢のほうが、繋部での義足手術による予後は良い傾向にありますが、一方で、気難しい馬の多いサラブレッド種に対する義足手術では、他の品種に比べて予後が悪いという報告や、高齢馬よりも若齢馬のほうが術創の治りが早く体重も軽いので、義足手術には向いているという知見もあります。繋部での断脚術における術後合併症(Post-operative complication)としては、経固定具ピンギプスの装着に起因する致死性管骨骨折(Catastrophic cannon bone fracture)およびピン穴部での腐骨形成(Pin-hole sequestrum)、対側肢の負重性蹄葉炎(Support laminitis)、褥瘡(Decubitus ulcers)などが報告されています。

Photo courtesy of Grant BD. Limb Amputation and Prosthesis. In: Current Techniques in Equine Surgery and Lameness. 2nd ed. W.B.Saunders. 1998: pp463-468; Krpan MK, et al. [5]; Kelmer G, et al. [3]; Vlahos TP, et al. [1]; Vlahos TP, et al. [2]

参考文献:
[1] Vlahos TP, Grant BD, Hawkins HA. How to perform amputation of the equine limb using a caudal flap technique. Proceedings of the Annual Convention of the American Association of Equine Practitioners. 2010; 56: 187-191.
[2] Vlahos TP, Redden RF. Amputation of the equine distal limb: indications, techniques and long-term care. Equine Vet Educ. 2005; 17(4): 212-217.
[3] Kelmer G, Steinman A, Levi O, Johnston DE. Amputation and prosthesis in a horse: short- and long-term complications. Equine Vet Educ. 2004; 16(5): 235-241.
[4] Crawley GR, Grant BD, Krpan MK, Major MD. Long-term follow-up of partial limb amputation in 13 horses. Vet Surg. 1989; 18(1): 52-55.
[5] Krpan MK, Grant BD, Crawley GR, Ratzlaff MH, Eckstein DT, Held GK. Amputation of the equine limb: a report of three cases. Proceedings of the Annual Convention of the American Association of Equine Practitioners. 1985; 30: 429-444.
[6] Evans WE. Amputation of the forelimb in a pony mare. Vet Rec. 1978; 103(8): 159-160.
[7] Koger LM, McIlhattan J, Schladetzky R. Prosthesis for partially amputated foreleg in a horse. J Am Vet Med Assoc. 1970; 156(11): 1600-1604.
[8] Koger LM. Equine limb prosthesis. Modern Veterinary Practice. 1963; 44: 65-66.




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