馬の感電死:5つの予防対策
馬の飼養管理 - 2022年08月10日 (水)

馬の感電死について
馬はヒト以上に「感電死」(Electrocution)に気をつけた方が良いと言われています。十年程前の晩冬の或る日、英国のニューベリー競馬場で一つの事件が起きました。この日に出走予定だった2頭の競走馬が、レース前のパドックで曳かれていた時、急に地面に崩れ落ちて突然死しました。2頭の馬がほぼ同時に亡くなった事から、心臓麻痺や中毒とは考えられず、現場検証の結果、付近の電気回線から漏電が発生しており、湿った芝生を介して馬に通電してしまい、感電死に至ったものと結論付けられました。
実は、このような馬の感電死が、諸外国ではたびたび報告されています。事例としては、放牧場に設置されていた電気柵の配電盤を、馬が咬んでしまって感電死したり、電気工事の漏電が水溜まりを伝って、外乗をしていた人馬を感電させてしまい、ライダーは無事でしたが馬は感電死した、などが挙げられます。いずれも、家庭用の電気系統でしたので、ヒトでは致死量には殆どならない電圧・電流でしたが、それでも馬は感電死してしまったことになります。

一般的に、牛や馬などの草食動物は、ヒトよりも電気に敏感だと言われています。その中でも、特に馬という動物は、ヒトや他の動物種(牛や犬猫等)と比べても電撃に対する抵抗力が低く、間代性痙攣などの電撃性症状も起こしやすかった、という報告もなされています。このため、私たちが目にする厩舎環境の中でも、馬が電気ショックを受けてしまうリスクが存在しないかを慎重に監視して、事前の予防策を取ることが重要であると言えます。
馬の感電死の予防対策1:扇風機のコード
馬の感電死の危険性として、第一に上げられるのは、夏場に使用される扇風機のコードを馬が咬んでしまう、という事象があります。対策としては、扇風機は可能な限り、天井近くに設置して、電気コードは梁の上などを通し、馬が咬んでしまう危険性を排除することです。止むを得ず、馬房の扉や、厩舎の通路などに扇風機を設置するときには、全ての電気コードを、馬から届かない距離で固定しておくことが大切です。また、天井が低い馬房では、照明用の電球についても同様な対処が必要になってきます。

馬の感電死の予防対策2:蹄洗場の延長コード
馬の手入れの際に、蹄洗場でバリカンやジェットヒーターを使うために、延長コードで電気と引いてくる事がありますが、そのような延長コードを馬が踏んでしまうと、蹄鉄でコードが断線されて、感電してしまう危険性があると考えられます。また、古くなって、ほつれたコードから漏電してしまうケースもあり得ます。このため、馬の近くで延長コードを使用する際には、馬が踏まない場所を通したり、コード上にゴムマット等を被せておく、などの感電対策を取り、老朽化したコードは使用しないことも大切です。

馬の感電死の予防対策3:放牧場の電気柵
馬の放牧場に設置される電気柵は、低電流で極短時間しか通電しない仕組みになっていますので、馬には害はありません。ただ、機器の不具合や故障が起こって、通電量が正常より高くなってしまうと、馬に感電を起こしてしまう可能性は否定できません。さらに、前述の事例にもある通り、電気柵の配電盤などの電気系統を馬が触ってしまうと、感電死のリスクが出てきてしまいます。ですので、電気柵を使うときには、機器の故障や、馬が配電系に触れる事故が起きないよう定期点検をすることが極めて大事です。

馬の感電死の予防対策4:水飲み場の温水ヒーター
そして、似たような事象として、馬の感電の原因になりうるのが、放牧場の水飲み場にて、冬場に水を温める電気ヒーターになります。この装置は、放牧場まで電気を引いてくる必要があり漏電のリスクを伴うことに加えて、周囲に水溜まりが出来てしまうことも多く、感電の危険性が高い機器であると言えます。対策としては、ヒーターへの電源コードは地下を通して漏電を防ぐこと、接地事故回路遮断装置(Ground-fault circuit interrupter)を整備しておくこと、および、毎月一回は電圧計で点検すること、などが挙げられます。また、馬は水を飲むときに、あご髭を温水に漬けて、安全確認してから飲水しはじめることが多いので、馬が慌てて飛びずさる仕草をしていないかを観察するのも有用だと言われています。

馬の感電死の予防対策5:放牧中の落雷
もう一つ、馬の感電死の要因となるのが落雷です。これは、家庭用電源よりも遥かに高い電圧と電流を生み出し、馬の近くに雷が落ちただけで命取りになりかねません。事実、放牧地での馬の不審死のうち、かなりの原因を落雷が占めていると言われており、昨年九月には、オランダのマールヘーゼ村で、放牧中の落雷によって、馬7頭が一度に死亡する事故も起きています。また、90年代の日本の名馬・シーキングザパール号も、2005年の六月に、放牧中の落雷事故で死亡したと言われています。対策としては、放牧地に馬を出すときには、天気予報を綿密にチェックして、少しでも落雷の可能性がある時間帯は避けることが重要であり、可能であれば、放牧場には避雷針を設置するようにしましょう。

馬の感電死では、一瞬の電気ショックが馬の命を奪ってしまう事もあります。上述の対策は、どれを取っても、いま対策を講じれば、後は放っておいても大丈夫という訳ではありませんので、常に油断をせず、定期的に馬の飼養環境の安全確認を行なっていくことが大切だと言えるでしょう。
参考資料:
Tracy Dopko. Heated Troughs and Electric Shocks. Horse Sport, Articles, Farm Management: Jan19, 2022.
Seven horses killed by lightning strike in Maarheeze. NL TIMES, Nature: Sep30, 2021.
Christy Corp-Minamiji. How to Make Your Horse’s Stall Safer. The Horse, Topics, Farm and Barn: Feb7, 2018.
Accidental electrocution blamed at Newbury. Independent ie, Horse Racing: Feb17, 2011.
佐藤栄, 渡辺久夫. 各種動物の電撃による間代性痙攣および致死に関する研究. 日獣会誌, 1958: 494.
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