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馬のフレグモーネ治療:8つの秘訣

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馬のフレグモーネについて

フレグモーネとは、蜂窩織炎とも呼ばれ、皮下組織に広汎な細菌感染と腫脹を起こす疾患です。ホースマンが頻繁に目にする病気の一つで、平均では年間5頭以上も遭遇するという報告もあります。通常は見た目で診断がつき、治療としては、抗生剤(筋注または経口)および抗炎症剤(NSAID)の投与、水冷療法、曳き馬運動(腫れを減退させる)などが行なわれます。一般的に、抗生剤投与は五日間程で、腫れや跛行が残るときは、薬剤を変更して追加の五日間投与が選択されます。

馬のフレグモーネでは、予後は一般的に良好で、八割から九割の症例は合併症もなく治癒します。しかし、一割から二割の症例では、難治性の細菌感染を呈して、皮下浮腫や跛行が数週間も続き、対側肢の負重性蹄葉炎や、全身性の炎症反応症候群(いわゆる敗血症)などの合併症を引き起こします。また、生存したとしても、慢性的な皮下識の肥厚が起こり、半数以上は元通りの肢の太さに戻らないことが報告されています。ここでは、難治性を示したフレグモーネに対して実施される、追加的な治療法や治療方針(いわば秘訣)について紹介します。



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秘訣1:肢を氷で冷やす
前述の通り、馬のフレグモーネの罹患肢に対しては、水冷療法(流水を当てる)を行なわれることが一般的です。しかし、近年では、蹄葉炎という病気の予防に氷冷療法が有用であることが分かり、馬の肢端を氷で冷やすためのブーツや灌流装置などの器具が普及してきました。このため、同様の器具を使用することで、フレグモーネの治療においても氷冷療法が実施されており、水冷よりも迅速かつ効率的に罹患箇所を冷却できるという利点が指摘されています。ただ、フレグモーネは、球節から飛節にかけて、かなり広範囲に感染と浮腫が広がることが多いため、氷冷療法に際しては、ロングブーツ様の形状をした器具を要すると考えられます。



秘訣2:肢を温水で暖める
馬のフレグモーネの初期治療では、罹患部位を冷却するが基本ですが、細菌感染が減退したあとの慢性炎症になると、温熱療法も有効であることが知られています。このため、馬のフレグモーネの病態が一週間以上に及ぶと、罹患部位に温水をかけて暖める処置が有効になることもあります。温熱療法の効能としては、血液循環を向上させて炎症介在物質を洗い流すこと(線維化の予防にも繋がる)、球節や飛節の可動域や柔軟性を回復させること、皮下識に微細膿瘍があった場合にはそれを自壊させること、などが挙げられます。



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秘訣3:腫れた部位に圧迫バンテージを巻く
フレグモーネになった肢に対しては、バンテージを巻くことで物理的に皮下浮腫が減退されて、全身投与した抗生剤が病原体に届きやすくなります。また、球節や飛節の周りの浮腫が減って、屈伸動作が容易になると、馬房内で自発的に歩き回る度合いが増えて、更に浮腫を減らせるという好循環を生み出せます。フレグモーネの肢にバンテージを巻くときには、圧迫された皮下識から染み出てきた漿液が、細菌増殖の培養槽にならないよう、バンテージと皮膚のあいだに、ペットシーツやコットンガーゼを巻くなどの工夫が要るかもしれません。



秘訣4:コルチコステロイドの短期間投与
コルチコステロイドは、強い抗炎症作用を持ちますが、易感染性を引き起こすため、重篤な細菌感染が起こっている段階では、投与を躊躇するケースが殆どです。一般的に、馬のフレグモーネに対するコルチコステロイド投与は、抗生剤によって細菌感染が制御された時点に限定されるべき、とも言われてきました。しかし、抗生剤投与が開始された直後は、抗生剤で殺した菌体から多量の内毒素が体循環に回り、リンパ管炎を続発させる事を考慮して、抗生剤開始から1~2日間だけコルチコステロイドが投与されることもあります。この場合は、獣医師は罹患肢を毎日診て、感染悪化や副作用などを経時的に評価することが必須となります。



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秘訣5:腫れた部位に抗炎症軟膏を塗布する
全身投与の抗炎症剤(NSAID)に併せて、フレグモーネの罹患部位の皮膚に、抗炎症作用のあるジクロフェナック軟膏(Surpass®)やDMSO軟膏を塗布することで、局所炎症反応および皮下浮腫を抑える手法も推奨されています。この場合、球節の屈曲痛を減退させることで、曳き馬するときに球節が充分に沈下できるようになり、腫れを効率的に取り除けるというメリットもあります。ただ、毛足の長い馬では、皮膚からの軟膏の吸収が悪いため、抗炎症効果は低いかもしれません。



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秘訣6:抗生剤を局所投与する
抗生剤の全身投与に不応性を示したフレグモーネに対しては、抗生剤を局所肢灌流(Regional limb perfusion)する治療方針も推奨されています。この手法では、駆血帯で血流遮断された限局エリアに、高濃度の抗生剤を作用させられる事に加えて、駆血処置で血流鬱滞を引き起こすことで、末梢の細静脈やリンパ管を拡張させ、炎症介在物質を洗い出す二次的作用が得られると言われています。また、大きな裂傷からフレグモーネに至った症例では、抗生剤を含有させた骨セメント(PMMA)を数珠状にして、創傷部に埋没させることで、徐放性に高濃度の抗生剤を作用させる方法も試みられています。



秘訣7:細菌培養と感受性試験をする
一般的に、馬のフレグモーネでは、外傷や滲出液が認められるのは二割程度の症例に留まることが報告されています。しかし、これらのケースでは、創部スワブや漿液を細菌培養に回して、抗生剤の感受性試験を行なうことが推奨されます。その結果、効き目のある抗生剤を選択できて、早期治癒が期待できるだけでなく、治療費を抑えたり、罹患肢の肥厚を予防できる効能もあります。特に、近年では、動物の医療でも「抗生剤スチュワードシップ」の重要性が叫ばれており、獣医師が責任を持って抗生剤を管理運用するという観点からも、感受性試験に基づいた薬剤療法を実施するのが望ましいと言えます。



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秘訣8:オピオイドによる疼痛管理をする
難治性のフレグモーネにおいて、罹患肢の持続的な荷重痛から、対側肢の負重性蹄葉炎が懸念される場合には、痛み止めとしての抗炎症剤(NSAID)の長期投与が必要になるものの、胃潰瘍や大腸炎などの副作用が心配されます。対策としては、オピオイド(モルヒネやメサゾン等)の硬膜外注射により24時間程度の鎮痛効果が得られるという知見が示されており、後肢のフレグモーネに適用されることもあります。また、皮膚に貼り付けて吸収させるパッチ形式のオピオイド(フェンタニル等)も応用されており、48時間以上の鎮痛効果が示されています。



馬のフレグモーネは、発症率の高い疾患であるにも関わらず、回顧的調査や症例報告が少ないため、ここに示した様々な治療法も、経験的な知見を元に実施されているものが多いと言えます。このため、フレグモーネの重篤度や進行度合いによっては、常に効能が得られる手法ばかりとは限らないと考えられます。

そう考えると、馬のフレグモーネにおいては、今後も治療成績の蓄積とデータの回顧的評価を行なって、どの治療法がどのような病態に対して有効なのかを解明していく必要があると言えるでしょう。

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参考文献:
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Getman LM. Alternative therapies for cellulitis. Proc AAEP: 2011, 585.
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