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馬を天国に送るという獣医師の責務

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馬を天国に送るということは、獣医師にとってもホースマンにとっても辛い瞬間です。しかし、正しく安楽殺を実施することで、馬の福祉とウェルフェアに貢献できる一面もあります。昨今の日本でも、馬の安楽殺について関心が持たれる事象もありました。ここでは、馬の安楽殺に関する海外の知見をご紹介いたします。

注意事項:本記事は、動物の安楽殺に関する内容を含みます。ご不快に感じられる記述もあるかもしれませんので、ご心配な方は読むのをお控えください。また、本記事の目的は、あくまで海外情報の共有ですので、私見は含まれておらず、また、安楽殺の具体的な実施方法(薬の投与量や手技等)は記載していません(参考文献をご参照ください)。



馬の安楽殺の指針について

全米獣医師協会(American Veterinary Medical Association)の安楽殺の実施指針[1]では、馬の安楽殺の方法について以下のように示しています(主要項目抜粋)。

指針1:バルビツール酸誘導体の投与は、馬における化学的な安楽殺としては主要な選択肢である。多量の薬剤を投与する必要があるため、頚静脈に設置した留置針を介して投薬されるべきである。

指針2:塩化カリウム、硫酸マグネシウム、リドカイン等の投与、および、ピッシングや放血等の物理的手法は、意識のある脊椎動物を安楽殺する方法としては好ましくないが、麻酔下もしくは意識の無い動物に対しては使うことが出来る。

指針3:競走や競技での重大事故など、馬を安全に保定するのが困難なときに限り、神経筋遮断薬(サクシニルコリン等)の投与で馬を制御することは許容されるが、その後は、指針1や2などの適切な手法で安楽殺を完了させるべきである。




馬の安楽殺におけるバルビツール酸誘導体の静脈内投与

馬の安楽殺では、バルビツール酸誘導体の静脈内投与が一般的に実施されており(前述の指針1)、迅速かつ人道的な手法であることが報告されています[2]。しかし、安楽殺後の馬体に残留しているバルビツール酸誘導体は、屠体の処置や分解の過程において、毒物として周囲に作用してしまうという問題が生じています[4,5,6]。このため、バルビツール酸誘導体の投与は、馬の安楽殺の手法としては低評価となってきており、他の手法が用いられることが多くなっています[3]。



馬の安楽殺における塩化カリウム溶液の静脈内投与

馬の安楽殺では、塩化カリウム溶液の静脈内投与(もしくは心内投与)も行なわれており(前述の指針2)、全身麻酔下の状態で投与することで、迅速かつ人道的な安楽殺を達成できることが知られています[3]。塩化カリウムの投与直後には、筋痙攣が起きやすいという欠点がありますが、一方で、カリウムは生体内にもともと存在する物質であるため、屠体処理の際に毒物となる心配が無いという利点があります[7]。



馬の安楽殺におけるリドカインの髄腔内投与

馬の安楽殺の手法として、リドカインの髄腔内投与も実施されており(前述の指針2)、全身麻酔下で大槽部から穿刺して注射する方法で、迅速かつ人道的な安楽殺の手法になりうることが示されています[8]。この場合、薬剤の殆どは髄腔内に限局するため、屠体処理時に残存毒物として作用する懸念が少ないものの、髄腔内注射の手技にはある程度の熟練が要るというデメリットも指摘されています[8]。



馬の安楽殺における物理的な手法

馬の安楽殺においては、物理的な手法(全身麻酔下において)も応用されており(前述の指針2)、環軸間隙から脳幹や脊髄にアプローチするピッシング法や、直腸から背側大動脈にアプローチする放血法が実施されています[1]。また、海外では、銃を用いた安楽殺も広く行われていますが、銃撃に熟練した者のみ実施すべきという警鐘が鳴らされています[1,3]。



英語で安楽殺を意味するEuthanasiaは、ギリシャ語の「良い死(Good death)」に由来し、痛みや不安なく永眠することを指します[3]。馬の安楽殺においても、動物の利益と福祉に鑑みて、最も迅速かつ苦痛の少ない方法で安楽殺を実施することは、獣医師の責務であると提唱されています[1]。

参考文献:
[1] AVMA Members of the Panel on Euthanasia. AVMA Guidelines for the Euthanasia of Animals (2020 Edition). American Veterinary Medical Association; 2020.
[2] M Aleman, D C Williams, A Guedes, J E Madigan. Cerebral and brainstem electrophysiologic activity during euthanasia with pentobarbital sodium in horses. J Vet Intern Med. 2015; 29(2): 663-672.
[3] Tracy A Turner. When All Else Fails: Alternative Methods of Euthanasia. Vet Clin North Am Equine Pract. 2021; 37(2): 515-519.
[4] D R Otten. Advisory on proper disposal of euthanatized animals. J Am Vet Med Assoc. 2001; 219(12): 1677-1678.
[5] Kate O'Rourke. Euthanatized animals can poison wildlife: veterinarians receive fines. J Am Vet Med Assoc. 2002; 220(2): 146-147.
[6] Krueger BW, Krueger KA. US Fish and Wildlife Service fact sheet: secondary pentobarbital poisoning in wildlife. Available at: cpharm.vetmed.vt.edu/USFWS/. Accessed Mar 7, 2011.
[7] Ciganovich E. Barbiturates. In: Field manual of wildlife diseases. General field procedures and diseases of birds. Biological Resources Division information and technology report 1999–001. Washington, DC: US Department of the Interior and US Geological Survey; 1999. p. 349–51.
[8] Aleman M, Davis E, Williams DC, et al. Electrophysiologic study of a method of euthanasia using intrathecal lidocaine hydrochloride administered during intravenous anesthesia in horses. J Vet Intern Med. 2015; 29(6): 1676–1682.


関連記事:
・馬肉への残留薬物の懸念(米国)
・米国での馬の屠場の再開問題
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