馬の繋皹での常在菌の役割
馬の飼養管理 - 2022年08月13日 (土)

馬の繋皹がなかなか治らず苦労しているというホースマンの声を頂きました。
繋皹は、馬の繋部の後面に起こる多因子性皮膚炎で、正角化過角化症(Orthokeratotic hyperkeratosis)の病態を取ることが知られています[1]。罹患部位は、肉芽腫性から葡萄状の病変となり、抗生物質や医療用シャンプーによる治療が行なわれますが、病変が難治性であったり、再発しやすいなど、飼養管理者を悩ませる病気です。ここでは、馬の繋皹における皮膚常在菌の役割について調査した文献を紹介します。
馬の繋皹での皮膚微生物叢について
馬の繋皹の病変を、遺伝子解析した研究では、皮膚の微生物叢に特徴的な変化が見られ、皮膚炎が重篤であった場合には、繋部の皮膚微生物叢における多様性が低く、ブドウ球菌の割合が高かったという結果が示されました[2]。このため、馬の繋皹が重くなったり治りにくくなる過程では、皮膚の常在菌と病原菌のバランスが崩れる現象が関与している可能性が示唆されています。

繋皹症例の治療歴を鑑みると、抗生物質で治療されていた病変においては、皮膚の微生物叢の多様性の低さや乱れがあること、および、それが病変の重さと相関していることが分かりました[3]。さらに、同じ馬の皮膚病変が、季節によって良化と悪化を繰り返すなかでも、皮膚炎が重篤になった時期には、皮膚の微細物叢もより多様性が低くなることも示されました[4]。これらの結果から、抗生物質治療や季節性因子によって、皮膚の微細物叢が乱されたり、ブドウ球菌などの特定の菌が増加すること(=多様性が低くなる)が、繋皹の発症や病態悪化に関係しているという考察がなされています。
馬の繋皹での皮膚常在菌の役割と対策
一般的に、皮膚表面にいる雑菌は悪者ではなく、正常な微生物叢があることで皮膚の防御機能を担っていることが知られており、常在菌と病原菌の均衡が崩れると、皮下組織の免疫反応と炎症を引き起こして、慢性皮膚炎に至ると考えられています。馬の繋皹においても、皮膚炎の箇所を抗生物質や抗菌剤で治療するうち、皮膚常在菌が減る一方で、耐性を持つ病原菌が増えてしまうと推測されており、ブドウ球菌は後者にあたると考えられています。

このような知見を鑑みると、繋皹の治療方針における問題点が見えてきます。まず、ホースマンや獣医師が繋皹に遭遇した際には、通常、細菌培養や抗生物質の感受性試験を行なうことなく、汎用される抗生物質含有の軟膏を使用することが多いと思います。しかし、繋皹の病変が難治性を示したり、何度も再発する馬においては、病巣スワブの細菌培養を実施して、効き目のある軟膏を選択することが大切なのかもしれません。
また、繋皹に対する初期治療では、殺菌成分を含む医療用シャンプーを用いて、皮膚病変を処置することが一般的であり、実際に、それだけで治癒する症例も多いと言えます。しかし、正常な皮膚微生物叢を乱すことが、繋皹を治りにくくしている可能性を考慮すると、たとえば、慢性化または回帰性の皮膚炎に対しては、殺菌作用のない洗浄目的のみのシャンプーを使用することも一案なのかもしれません。ただ、殺菌成分によって、前述の非常在性の病原菌を減らせている可能性もあるので、このあたりは更なる検証が必要だと考えられます。

馬の繋皹において重要なこと
馬の繋皹への対策としては、病因となっている不衛生で湿った飼養環境を改善して、繋ぎの皮膚が清潔で、適度に乾燥している状態を保てるようにすることが第一だと言われています。そうすれば、皮膚微生物叢が持つ抵抗力だけで病気の進行や悪化を抑えて、早期に治癒を達成できると考えられます。前述の研究成績を見ても、やはり、対症療法よりも原因療法が重要であることを再確認させる結果が示されているのではないでしょうか。
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参考文献:
[1] Geburek F, Ohnesorge B, Deegen E, Doeleke R, Hewicker-Trautwein M. Alterations of epidermal proliferation and cytokeratin expression in skin biopsies from heavy draught horses with chronic pastern dermatitis. Vet Dermatol. 2005 Dec;16(6):373-84.
[2] Sangiorgio DB, Hilty M, Kaiser-Thom S, Epper PG, Ramseyer AA, Overesch G, Gerber VM. The influence of clinical severity and topical antimicrobial treatment on bacteriological culture and the microbiota of equine pastern dermatitis. Vet Dermatol. 2021 Apr;32(2):173-e41.
[3] Kaiser-Thom S, Hilty M, Axiak S, Gerber V. The skin microbiota in equine pastern dermatitis: a case-control study of horses in Switzerland. Vet Dermatol. 2021 Dec;32(6):646-e172.
[4] Kaiser-Thom S, Hilty M, Ramseyer A, Epper P, Gerber V. The relationship between equine pastern dermatitis, meteorological factors, and the skin microbiota. Vet Dermatol. 2022 Apr;33(2):165-e48.