馬の病気:繋靭帯炎
馬の運動器病 - 2013年08月24日 (土)

繋靭帯炎(Suspensory desmitis)について。
繋靭帯は近位部掌側管骨(Palmar aspect of proximal cannon bone)と種子骨(Sesamoid bone)をつなぐ、筋線維含有性の結合組織で、跛行を呈する炎症病態部位は、起始部繋靭帯(Origin of suspensory ligament)、近位部繋靭帯(Proximal suspensory ligament)、体部繋靭帯(Body of suspensory ligament)、枝部繋靭帯(Branch of suspensory ligament)に分類されます。
繋靭帯炎の病因としては、球節および手根関節の過伸展(Hyperextension)が挙げられています。繋靭帯炎の症状としては、軽度~中程度の間欠性跛行(Intermittent lameness)を呈し、特に調馬索では、患肢を外側にしての周回運動時に、跛行の悪化が見られる事があります。また、急性期では患部の熱感(Heat)と腫脹(Swelling)が触知できる場合もあります。繋靭帯の起始部における炎症は、掌側管骨と繋靭帯の結合部におけるシャーペー線維断裂(Torn of Sharpey's fiber)または裂離骨折(Avulsion fracture)に起因します。
繋靭帯炎の診断では、繋靭帯が正常時でも軽度の触診圧痛が見られるため、疼痛の限局化には診断麻酔(Diagnostic anesthesia)で跛行の消失および減退(Elimination/Reduction of lameness)を確認することが不可欠です。この際、起始部または近位部での繋靭帯炎では、患部への直接浸潤麻酔(Direct infiltration anesthesia)が手技的に簡易ですが、手根・足根関節への麻酔薬迷入による感染性関節炎(Septic arthritis)または偽陽性反応(False positive reaction)の危険があるため、深枝外側掌側神経麻酔(Deep branch of lateral palmar nerve anesthesia)による無痛化の実施が推奨されています。
繋靭帯炎の超音波検査(Ultrasonography)では、繋靭帯直径の拡大、辺縁の不明瞭化、中心性・周辺性の低エコー域(Central/peripheral hypoechoic area)、高エコー病巣(Hyperechoic foci)、掌側管骨皮質の不規則性(Irregularity of palmar cortex of cannon bone)などが観察されます。一般的に、繋靭帯の超音波所見や直径は個体差が大きいものの、左右肢での対称性が高いため、患肢と対側肢(Contralateral limb)との比較によって、信頼性の高い診断が可能となります。一方、レントゲン検査においては、起始部での繋靭帯炎では、骨折線(裂離骨折の場合)または繋靭帯炎起始部の硬化症(シャーペー線維断裂の場合)を確認します。また、核医学検査(Nuclear scintigraphy)を用いることで、高感度に繋靭帯炎を発見することが可能ですが、特異性(Specificity)はそれほど高くない事が報告されています。
繋靭帯炎の急性期における治療としては、冷水療法(Cold hydrotherapy)、圧迫包帯(Pressure bandage)、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の全身投与(Systemic administration)が行われます。一方、慢性期の治療法としては、6~8週間の馬房休養(Stall rest)の後、超音波診断による監視を続けながら、更に8週間の調馬索または軽度騎乗運動を行い、治療開始から8ヶ月~1年で競走および競技への復帰に到達する運動計画が推奨されています。また、回復期には靭帯治癒の課程に関わりなく、超音波検査での異常検査が長期に渡って残存することが知られており、運動開始時期の決定を難しくする要因となっています。
近位部と体部の繋靭帯炎に対する治療では、中心性病巣の外科的排液(Ligament splitting)や、コルチコステロイド、PSGAG(Polysulfated glycosaminoglycans)、ヒアルロン酸(Hyaluronic acid)などの病巣内注射(Intralesional injection)が実施される場合もあります。また、衝撃波療法(Shock wave therapy)および多血小板血漿(Platelet rich plasma)の病巣内注射による治癒促進も試みられています。そして、対症的な療法としては、外側掌側神経深枝の切除術(Excision of the deep branch of the lateral palmar nerve)や、繋靭帯膜切開術(Suspensory ligament fasciotomy)を介して、疼痛緩和(Pain release)を施す手法もあります。さらに、焼烙療法(Pin firing)と化学発疹療法(Blistering)は経験的に施されることもありますが、これらの手法は治療効果を証明する科学的裏付けが乏しいため、使用には賛否両論(Controversy)があります。
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.