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馬の飼養管理における7つの誤解

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馬の飼養管理について、昔からホースマンのあいだで言われている通説がありますが、その中には勘違いや誤解も含まれているようです。今回は、そのような誤解を7つ紹介します。

参考資料:
Janicki KM. 7 Equine Nutrition Myths Busted. The Horse, Topics: Jan3, 2022.



誤解1:馬は本能的に足りない栄養素を知っている

馬が土や砂、コンクリの壁などを舐めていると、馬自身が体に不足している栄養素を感じていて、本能的にそれを補っているのだと考えられてきました。しかし、オーストラリアの研究では、馬が土を舐めている場所を調査したところ、その土には鉄(Iron)と銅(Copper)の成分が多く含まれていたものの、それらの馬に、鉄と銅を含むサプリメントを給餌しても、その行動は変わりませんでした。このため、馬が土や砂を舐める行為は、本能的に足りない栄養素を補っているのではなく、単なる退屈しのぎに過ぎないという考察がなされています。土や砂を舐める行為は、医学的には土食症(Geophagia)と呼ばれる異常行動の一つになります。

馬にとって土食症は、栄養学的なメリットは乏しいですし、逆に、消化管内に砂が貯留して疝痛を起こすというデメリットも心配されます。また、類似の事象としては、馬房に設置した岩塩を、退屈しのぎに常に舐めってしまって、多飲多尿になるケースもあります。対策としては、良質な牧草を常に給餌することが重要であり、馬が全量を素早く完食してしまわないように、スローフィーダーを使って給餌して、馬房や放牧場で退屈してしまう時間を減らす、という飼養管理の指針が提案されています。



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誤解2:馬に穀物を給餌すると疝痛になる

疝痛とは、消化器疾患によって腹部疼痛を呈する馬の病態をまとめた総称であり、昔から、穀物を給餌することで、馬が疝痛になりやすいと信じられてきた側面もあります。馬は本来、牧草などの粗飼料を食べている動物であり、穀物などの濃厚飼料はアンナチュラルな飼料だ、という印象があるのかもしれません。しかし、消化管に起こる疾患は様々であり、疝痛の発症には、飼料内容や給餌法などの諸要因が関与するため、穀物を給餌すること自体が、疝痛のリスクを上げると決めつけることは出来ないと提唱されています。

あくまで一般論としてですが、飼料が疝痛の病因となるケースとしては、一日5kg以上の穀物を給餌すること、放牧される時間が無いか極めて少ないこと、質の悪い粗飼料の摂食が多いこと、飲水量が少ないこと、などが挙げられています。また、運動量による必要カロリー量の差異から、穀物の必要量にも多様性が出てくると考えられます。また、加齢による消化吸収機能の変化や、疾病による腸内細菌叢の状態悪化なども、穀物等の濃厚飼料の給餌量を考える上で大切になってきます。

たとえば、繊維質の発酵能が減退した高齢馬では、必要量の穀物を摂って乾草の給餌量を抑えることで、飼料全体の“かさ”を減らせる事になり、食滞に起因する疝痛(便秘疝)の発症予防に寄与できる場合もあります。一方、消化管疾患を発症してしまった馬においては、後腸が酸性に傾く現象(Hindgut acidosis)が起こりますので、給餌再開のタイミングにおいては、濃厚飼料よりも粗飼料をメインとした飼料内容とするのが安全です。また、粗飼料と濃厚飼料を与える順番によっても、穀物の弊害の度合いは左右されることが知られています。



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誤解3:ビートパルプは水でふやかさないと食道梗塞や胃破裂を起こす

通常、ビートパルプは、水でふやかしてから給餌されることが多く、乾燥した状態で摂食するとノド詰まりや胃破裂につながると考えられてきました。しかし、ペンシルベニア大学の研究では、ビートパルプが病因となって胃破裂を発症するというエビデンスは確認されなかったと言われています。また、ケンタッキー大学の牧場では、ビートパルプを給餌する馬の六割近くは、水でふやかさないまま食べていますが、悪影響を生じたことは無いという知見も示されています。

ただ、ビートパルプは、水を吸うと膨張することは間違いありませんので、馬が早食いをして、多量のビートパルプを一気に摂取することで、胃拡張を起こす可能性は否定できません。また、歯科疾患によって咀嚼が不自由である馬では、ビートパルプに十分な唾液が混和される前に嚥下してしまい、食道に詰まってしまうリスクは考えられます。そういう意味では、馬の摂食様式や歯科的問題が懸念される場合には、水でふやかしてから給餌することで、諸問題を予防するという考えはあるのかもしれません。



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誤解4:蛋白質をあげすぎると馬が短気になる

馬の栄養学の分野でも、蛋白質の過給与は馬を怒りっぽくするという誤った認識があり、蛋白質の含有量の低い飼料を給餌されている馬は、どこかボーっとしていて、鎮静されたような行動を示すとも言われています。しかし、そのような現象は、単にエサの総量が多いか少ないかで決まり、蛋白質の摂取量とは無関係であると推測されます。

化学的に言えば、蛋白質が馬の性格や行動に影響するというエビデンスはありません。通常、糖分や澱粉の摂取量が増えると、血糖値も上がりやすく、ストレスホルモンであるコルチゾル分泌も増すので、行動学的な変化をきたすことがあると言われています。一方、脂質の摂取では、トリプトファン等のアミノ酸によって、馬を落ち着かせる作用が起こる可能性も指摘されています。しかし、蛋白質の摂取では、必須アミノ酸が多く給与される他には、馬の行動様式を変化させるメカニズムは知られていません。



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誤解5:トウモロコシは馬には悪影響の多いエサである

トウモロコシは、それ自体が馬の消化器に良くないエサである、という認識は誤りです。トウモロコシはカロリー濃度の高い飼料であり、平均澱粉含有濃度は70%にのぼります。このため、競走馬や総合馬術、エンデュランスの競技馬においては、エネルギー源および体調管理の源として有益な飼料であると言えます。

しかし、トウモロコシの給餌には、注意するべき事項があるのも事実です。栄養学的には、盲腸に入るまでの澱粉可消化率は、破砕又は破裂させたトウモロコシでは50~80%に達するのに対して、未加工のトウモロコシでは30%に過ぎないことが知られています。つまり、トウモロコシが過給与されると、後腸への澱粉溢出効果(Starch spillover into hindgut)が起こってしまうリスクが懸念されます。一般的に、馬の一食当たりの澱粉量は、体重1kgごとに1グラムまでとする指針が提唱されていますが、前述の問題点を鑑みて、トウモロコシなどの澱粉含有濃度の高いエサは、代謝系疾患を患った馬には推奨されていません(蹄葉炎、ウマ代謝症候群、多糖類貯蔵ミオパチー[PSSM]など)。



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誤解6:運動直後の馬に冷たい水を飲ませると疝痛になる

馬が運動した後には、出来るだけ早く水分補給させることが大切であり、馬がクールダウンするまで待つということは脱水を起こすリスクを増してしまいます。また、その際に、冷水を与えることは、体温を迅速に下げるというメリットこそあれ、それによって疝痛が助長されるというエビデンスは存在しません。もし、運動後に冷水を飲んだ馬が、疝痛様の症状を示すのであれば、それは重度の脱水症状によるものか、もしくは、循環不全と電解質不均衡に起因する筋疾患(横紋筋融解症など)を起こしたものと考えられ、冷たい水を飲むこと自体が馬を病気にすることはない、と提唱されています。



誤解7:コーンオイルは消化管の潤滑剤になるため疝痛を予防できる

一般的に、オイルの潤滑作用により腸内容物の流動をサポートする、という考え方は一定の論理性があります。しかし、コーンオイルは小腸で分解されてしまい、後腸に対する潤滑作用は期待できません(単にカロリー摂取量を増やしてしまうだけ)。もし、馬の便秘疝において、結腸内の食滞物の遊離を促そうとする場合には、コーンオイルではなく、ミネラルオイル又は流動パラフィン等の後腸まで届いてくれる潤滑剤が投与されます。

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馬の飼養管理において重要なこと

近年の栄養学の発展に伴って、馬の飼養管理においても、より良い手法が確立されたり、昔ながらの手法の論理性が実証されることが多くあります。一方で、経験則で実施されてきた手法に、妥当性が無かったり、逆に悪影響を及ぼす危険性が判明する、という事象も散見されます。

その意味では、常に新しい知見にアンテナを張ることで、馬にとって最善の飼養管理法を実践していけるのではないでしょうか。英語で知識を意味する“Knowledge”は、「知る(Know)」と「最先端(Ledge)」を組み合わせた単語であり、最新情報をアップデートし続けることの重要さを表しているのだと思います。

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