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ハミが馬の口内に与える影響

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ハミによる口内病態の調査

ハミ(銜)は頭絡の一部として、馬の口内の歯槽間縁(切歯と臼歯の隙間)に設置されており、手綱を介してライダーの細かい扶助を馬に伝える役目を担っています。ヒトが馬に乗ることにおいて、ハミは鐙(アブミ)と並んで、歴史上も重要な発明の一つであると言えます。しかし、ハミは、敏感な口腔粘膜に作用させているため、ムチや拍車以上に、注意して使う必要のある馬具なのかもしれません。近年では、ハミが馬の口内に与えている影響について、幾つかの調査研究が行なわれています。

フィンランドでの総合馬術の競技馬を調査した研究[1]では、ハミによる口内病態が認められた馬は全体の52%で、それらの病態を点数化して評価したところ、重い病態に分類されたのは4%でした。同様に、スウェーデンの競走馬を調査[2]したところ、ハミによる口内病態が認められた馬は88%にのぼり、そのうち重い病態は8%でした。さらに、フィンランドの競走馬を調査[3]してみると、ハミによる口内病態が認められた馬は84%で、重い病態は20%に達していました。

このように、乗馬よりも競馬のほうが、複数馬が競い合うスタイルもあってか、そのような病態が多い傾向が認められ、ハミによる口内病態が見られる競走馬は、八割以上にのぼることが示唆されています。なお、上記で調査された競走馬は、いずれも繋駕速歩で二輪バギーを曳くトロッターの競走馬であるため、高速度のギャロップで走るサラブレッドの平地レースでは、ハミにより強い負荷が掛かり、ハミによる口内病態が起きやすい可能性があるかもしれません。

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ハミによる口内病態の特徴について

上述の研究において、重い口内病態を生じた割合を検証したところ、銜身の太さが中程度の場合が最も起こりにくく、これに比較して、銜身が細くても太くても三倍以上高い確率で重い口内病態を起こしていました。この解釈としては、細い銜身は、狭い箇所に負荷が集中するために粘膜に負担が掛かり易かった推測されており、また、太い銜身はシングルジョイントの形状である場合が多いため、手綱が引かれて銜身が折れ曲がった際に、連結箇所が軟口蓋に接触して自由度を失うため、ダブルジョイントの銜身に比較して、同一箇所を圧迫し続ける事象が多かった可能性もあると考えられました。

また、口内病態の発生箇所を精査したところ、殆どの病態は、歯槽間縁と対面する位置にある下唇粘膜に生じていましたが、一部の病態は、下唇の粘膜接合部より外側の外皮に生じていました。このような病態は、銜身の長さが口の幅に合致していなかったり、必要以上に左右非対称に手綱が操作されたことで、銜環が過剰に下唇に衝突したことで発生したと推測されました。一方、少数の病態は第二前臼歯のすぐ前部の下顎枝部に生じていました。この場合は、ハミの装着位置が上になり過ぎていて(歯槽間縁の真ん中よりも尾側域)、粘膜や歯肉が、臼歯と銜身に挟み付けられて病態を生じたのかもしれません。

つまり、これらの病態は、ハミの位置やサイズ、手綱の使い方を工夫することで予防できると推測されました。他の研究[4]では、実際の馬の口内のサイズを測定し、ハミの幅や厚み(銜身の外径)と比較したところ、全体の26%の馬において、口内とハミのサイズに10mm以上の差があることが判明しました。このため、馬の口と合致したハミを選択するためには、口内のサイズを実測すること、および、定期的に測定を繰り返すことが推奨されています。



口内でのハミの状態を評価する試み

ハミによる馬の口内病態については、ハミ自体の問題ではなく、ハミの使い方が大きな要素になっているとは思いますが、馬の口内で、ハミがどのような状態になっているかを、レントゲン画像で評価することで、発症メカニズムの解明に繋げようとする試み[5]もあります。この研究では、手綱を一定の力で引いた状態で、側方および背側からレントゲン撮影を行ない、口内のハミと、下顎歯槽間縁や上顎軟口蓋との位置関係を描出したり、ハミの折れ曲がり方や銜身の角度などが計測されました。

その結果、シングルジョイント銜身では、「クルミ割り器様作用」によって、銜身の中央にある連結部が口腔の天井(軟口蓋)に接触する現象が観察され、これは、銜身の長さと口腔幅が合致していないことに起因すると考察されました。このため、俗に言う “銜に持たれる”という馬の仕草に関して、一般的には、敏感な下顎歯槽間縁を銜が圧迫するのを抑えるためとも解釈されてきましたが、銜の連結部が軟口蓋に接触している場合には、下顎側に銜を押し付けて、軟口蓋への不快感を減らそうという馬の意図ではないか、という考察がなされています。

一方、ダブルジョイントの銜身では、銜身全体が舌に押し付けられ、圧迫を分散してくれることが判明されており(前述の「クルミ割り器様作用」の現象が起きないため)、シングルジョイントよりも馬の口に優しいという知見を裏付ける結果が示されました。しかし、ダブルジョイントの銜身におけるセンターピースが長すぎたり、手綱が片方だけに過剰に引かれた場合には、このセンターピースが下顎枝の位置まで達して、下顎歯槽間縁を異常に圧迫してしまう可能性が指摘されました。

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ハミによる口内病態について重要なこと

ハミによる口内病態を考えるときには、病態があるか無いかよりも、その重篤度がポイントになると考えられます。前述の研究では、競走馬における口内病態の発生率は80%以上でしたが、その殆どは、粘膜が発赤する程度のいわゆる「打ち身(Bruise)」でした。つまり、柔らかい口腔粘膜に金属の銜身が接している以上、このレベルの病態は起こり得ると考えられますが、粘膜の擦過傷など、重い病態に分類されたものについては、予防対策を講じるべきだと思われます。

そう考えると、将来的には、日本のサラブレッド競走馬においても、ハミによる口内病態の実態調査を行なう必要があるのかもしれません。前述の研究における調査も、馬の舌を引き出して保持しながら、口腔の吻側領域を視診するだけであり、口腔全体の視認(=鎮静剤や開口器、デンタルミラー等が必要)は実施されていないので、馬への違和感も少ないと推測されます。また、口内病態が確認された競走馬のうち、外から視認できた馬は僅か2%に過ぎなかったことが報告されており、外貌のインスペクションだけでは、多くの病態を見逃してしまうと予測されます。

ハミは、「人馬一体」となるための架け橋として大事な機能を担っています。その意味でも、ハミによる馬の口内への影響をキチンと調査して、ハミのサイズや使用方法をアジャストする事で、馬のウェルフェア向上につながるのではないでしょうか。

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参考文献:
[1] Tuomola K, Mäki-Kihniä N, Valros A, Mykkänen A, Kujala-Wirth M. Bit-Related Lesions in Event Horses After a Cross-Country Test. Front Vet Sci. 2021 Mar 31;8:651160.
[2] Odelros E, Wattle O. Influence of Racing on Oral Health in Standardbred Trotters. Abstract in Poster Presentation. Bergen: Nordic Equine Veterinary Congress. (2018).
[3] Tuomola K, Mäki-Kihniä N, Kujala-Wirth M, Mykkänen A, Valros A. Oral Lesions in the Bit Area in Finnish Trotters After a Race: Lesion Evaluation, Scoring, and Occurrence. Front Vet Sci. 2019 Jul 12;6:206.
[4] Anttila M, Raekallio M, Valros A. Oral Dimensions Related to Bit Size in Adult Horses and Ponies. Front Vet Sci. 2022 May 12;9:879048.
[5] Monfredi J, Clayton HM, Rosenstein D. Radiographic study of bit position within the horse’s oral cavity. Equine and Comparative Exercise Physiology. 2005: 2(3); 195–201.




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