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馬の開腹術での術前予測は当たる?

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馬の疝痛に対して開腹術をするか否かの判断は、獣医師にとってもホースマンにとっても悩みどころだと言えます。

一般的に、馬は他の家畜と比べて、消化器疾患での死亡率が高く、治療費も高額になり易いという特徴があります。また、開腹術が選択肢にあった場合でも、術前に確定診断が下せないため、手術適応かの判断が難しいというケースも多く見られます。このため、診断名ではなく、疝痛馬の臨床症状や検査所見から、開腹術後の予後判定をしようという試みが続けられており、心拍数やヘマトクリット値、および、乳酸測定値などから、術前の段階で、その馬が生存できるかどうかを予測するモデルが提唱されています。ここでは、過去の症例報告で示された生存予測モデルを、別の症例群のデータを用いて検証した研究を紹介します。

参考文献:
Bishop RC, Gutierrez-Nibeyro SD, Stewart MC, McCoy AM. Performance of predictive models of survival in horses undergoing emergency exploratory laparotomy for colic. Vet Surg. 2022 Aug;51(6):891-902.

この研究では、2009~2020年のあいだに、開腹術が適用された260頭の疝痛馬における術前の所見から、過去文献で提唱されているモデルを用いて生存予測を行ない、その後の治療成績(実際に生存したかどうか)から生存予測モデルの的中率を算出しました。その際、開腹術後に退院できた馬を「生存」と定義する一方、獣医師が開腹術を勧めたのに、馬主が安楽殺を選択した症例は除外されました。なお、論文では、複数の所見から生存予測するモデルも検証していますが、ここでは、一つの所見から生存予測するモデルを抜粋して紹介します(下表)。

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馬の開腹術の生存予測における的中率

まず、術前の心拍数が毎分60回未満であれば生存できると予測するモデル[1]では、特異度は67%に留まっており、また、陰性的中率は59%とかなり低くなっていました。つまり、心拍数が60回/分以上だったので生存できないと術前予測した馬のうち、実際には生存できる馬が四割以上もいるという結果が示されました。この要因としては、例えば、心拍数が増加した原因が脱水であり、消化管のダメージは軽かった馬では、開腹術後に生存できるチャンスが充分にあったのかもしれません。ですので、心拍数が60回/分以上であっても、脱水徴候が明瞭で(CRT延長など)、バナミン無しでも前掻きが少ないときには、術後の生存率に希望が持てると思われます。

次に、術前のヘマトクリット値が50%未満であれば生存できると予測するモデル[2]では、感度が93%あったにも関わらず、陽性的中率は67%であり、また、特異度は33%に留まったにも関わらず、陰性的中率は78%に達していました。これは、症例全体に占める、基準を満たさない馬の割合がかなり低いことを示しています。つまり、ヘマトクリット値が50%以上であれば、生存できないという予測があたる馬が多い反面、ヘマトクリット値が50%未満の馬であっても、三頭に一頭は生存できないので、他の所見を慎重に見極める必要があると言えそうです。この要因としては、小腸や結腸の絞扼性疾患であれば、短時間で致死的な腸管壊死になることもあり、その時点の血液検査はまだ正常範囲内だというケースもあるのかもしれません。ですので、疝痛発症からの経過も考慮にいれて、ヘマトクリット値の高低を読み取る必要があると言えそうです。

また、術前の血中乳酸値が6mmol/L未満であれば生存できると予測するモデル[3]においても、感度が90%に上ったにも関わらず、陽性的中率は67%であり、一方で、特異度は30%に過ぎなかったものの、陰性的中率は67%に達していました。やはりこれも、症例全体に占める、血中乳酸値が高かった馬の割合が低いことを反映しており、つまり、血中乳酸値が6mmol/L未満の馬であっても、三頭に一頭は生存できないので油断は出来ない、という解釈が要りそうです。これもやはり、絞扼性疾患によって短時間で致死的病態を起こしてしまった馬や、絞扼した腸管内に乳酸が閉じ込められた場合(腸重責など)には、その時点の血液では乳酸が上がっていない事もあり得るかもしれません。ですので、乳酸値が正常でも、バナミンや鎮静剤が効かないほど強い痛みであれば、生存できない可能性があるという術前予測が要ると考えられます。

そして、術前の腹水乳酸値が6mmol/L未満であれば生存できると予測するモデル[4]では、特異度は78%もあり、陽性的中率も78%に達していましたが、陰性的中率は70%でした。つまり、腹水中の乳酸が増えるのは、非生存馬におおむね特異的な所見だと考えられるものの、腹水乳酸値が6mmol/L以上に上がっていた馬でも、そのうち約三割は生存できるため、開腹だけはしてみて、腸管の病態を確認してみる価値はある、という解釈が出来るのかもしれません。この要因としては、腹水の乳酸値は絞扼発生から早期に上がるので、開腹術が間に合ったというケースや、絞扼距離が短くて切除・吻合術が容易であった場合には、腹水乳酸値が高くても生存できたのかもしれません。ですので、血中と腹水の乳酸値を同時に計って比較することで、病態の経過や重篤度を予測する一助になると考えられます。

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馬の開腹術での術前予測について重要なこと

この研究では、上表が示すとおり、陽性および陰性的中率のいずれも80%を超えたものはありませんでした。なお、論文中では、4~5つの基準を同時に含めるモデルも検証されましたが、やはり的中率が八割を超えたものはありませんでした。この理由としては、たとえ術前の検査所見が類似していても、病気のタイプの違いや(絞扼性か否か等)、病気がどのステージにあるのか、および、一次疾患の他に予後を悪化させる併発病態があるのか(内毒素血症など)、などの要因で生存率は大きく異なるためと推測されます。このため、疝痛馬に開腹術を適応するかを判断するときには、出来るだけ多くの検査所見を集めて、複合的な予後判定を行ない、助けられる症例を手術施設に送る決断が遅れないようにすることが重要なのかもしれません。

一般的に、ヒトや動物の医療領域における検査の信頼性を考える時には、感度や陽性的中率が重要視されますが、疝痛における生存予測という観点では、特異度や陰性的中率のほうが大切だと言えます。なぜなら、開腹術しても生存できないと予測された馬では、安楽殺となるケースも多いため、本当は助かる馬を、生存できないと誤って判定してしまうことは避けたいからです。そのためには、非生存馬に特徴的な所見を評価して、生存できないという予測が外れる確率(=1-陰性的中率)は出来る限り低くすること求められます。そういう意味では、この研究にて特異度の高かった検査項目(腹水中の乳酸値など)を応用することで、術前の生存予測の信頼性を上げられるのかもしれません。

なお、予後判定の的中率には、その地域での病気の発生率が影響すると考えられます。この研究では、開腹術をした馬のうち、術後に退院できた(生存した)のは60%に過ぎず、28%が術中に安楽殺され、残りの12%が術後の入院中に安楽殺となっていました。この理由としては、開腹術をした馬のうち、小腸疾患が43%で、かなり高い割合を占めていたことが挙げられ(その大部分が絞扼性疾患)、術中安楽殺の半数以上が「切除不能な病変」が要因となっていました。このため、たとえば大腸の疾患の多い地域では、病気の進行スピードや、乳酸値の上がり具合も異なるため、生存モデルの的中率にも差異が出るものと考えられます。

やはり、臨床症例の治療成績を積み重ね、キチンとそれを解析して、それぞれの地域における病気の特性や発生頻度などから、より信頼性の高い予後判断指標を確立させていくことが重要なのではないでしょうか。

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参考資料:
[1] Puotunen-Reinert A. Study of variables commonly used in examination of equine colic cases to assess prognostic value. Equine Vet J. 1986 Jul;18(4):275-7.
[2] Orsini JA, Elser AH, Galligan DT, Donawick WJ, Kronfeld DS. Prognostic index for acute abdominal crisis (colic) in horses. Am J Vet Res. 1988 Nov;49(11):1969-71.
[3] Johnston K, Holcombe SJ, Hauptman JG. Plasma lactate as a predictor of colonic viability and survival after 360 degrees volvulus of the ascending colon in horses. Vet Surg. 2007 Aug;36(6):563-7.
[4] Delesalle C, Dewulf J, Lefebvre RA, Schuurkes JA, Proot J, Lefere L, Deprez P. Determination of lactate concentrations in blood plasma and peritoneal fluid in horses with colic by an Accusport analyzer. J Vet Intern Med. 2007 Mar-Apr;21(2):293-301.
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