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馬の鎮痛剤は毎日飲ませても安全?

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ホースマンのなかには、馬に鎮痛剤を毎日飲ませ続けても大丈夫なのか?という疑問をお持ちの方もいらっしゃるようです。

一般的に、馬の健康問題の八割は運動器疾患であり、そのうち、関節炎が占める割合が最も多いと言われています(飛節内腫、ナビキュラー病、リングボーン、膝関節炎、球節炎など)。このため、15歳以上の乗馬の競技馬において、慢性的な関節痛による跛行やプアパフォーマンスを呈する個体も多く、そのような関節炎を患った馬に対しては、鎮痛剤を持続的に服用させることで、騎乗と競技参加を続けていくこともあります。この際に投与される鎮痛剤は、非ステロイド系抗炎症剤(NSAID: Non-steroidal anti-inflammatory drugs)が選択されることが一般的ですが、長期に服用させるときには、その副作用を理解し、対策を取りながら投与していくことが重要です。

参考資料:
Hopper S. Can I Maintain My Semi-Retired Horse on an NSAID? The Horse: May25, 2022.
Robinson B. The Power of NSAIDs. The Horse, Older Horse Care Concerns: Mar1, 2022.
Leste-Lasserre C. Monitor All NSAID-Treated Horses for Colitis. The Horse: Sep21, 2021.
Beckstett A. Use Caution When Giving Horses Bute, Omeprazole Together. The Horse: Aug5, 2021.
Miles S. NSAIDs: Helpful or Harmful for Horses? The Horse, Topics: Aug17, 2020.
van Galen G, Saegerman C, Hyldahl Laursen S, Jacobsen S, Andersson Munk M, Sjöström H, Holm Lindmark S, Verwilghen D. Colonic Health in Hospitalized Horses Treated with Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs - A Preliminary Study. J Equine Vet Sci. 2021 Jun;101:103451.



馬の鎮痛剤による副作用について

通常、動物の体が損傷すると、炎症反応が起こって治癒させますが、その際にプロスタグランディンという炎症介在物質が作用し、その化学反応を行なうのがシクロオキシゲナーゼ1型及び2型(COX-1/2: Cyclooxygenase enzymes type-1/2)という酵素になります。関節炎の痛みや発熱もプロスタグランディンによって起こり、COX-1/2の酵素反応を抑えるNSAIDを投与することで症状を緩和させます。問題なのは、プロスタグランディンは消化管の内壁の新陳代謝にも寄与しており、鎮痛剤投与によって胃腸の粘膜バリアー低下と組織損傷を起こすことになります(腸壁は消化液で常に損傷を受け、常に治癒と再生を繰り返しているため)。

馬に起こる鎮痛剤の副作用としては、まず胃潰瘍が挙げられ、通常は、胃の前半分にある扁平上皮の箇所が胃酸による変性を受けることで、糜爛や潰瘍を生じますが、鎮痛剤の投与によって胃壁の抵抗力が落ちると、胃潰瘍の発症率が上がることになります。また、同様な変化は大腸にも発生し、特に、右背側大結腸と呼ばれる部位に炎症が好発することが知られており、粘膜面の潰瘍や腸壁の肥厚化を起こします。さらに、プロスタグランディンは腎臓の血流調整にも関与しているため、NSAIDの作用により腎臓が虚血して、腎乳頭壊死から腎不全に至ってしまう場合もあります。なお、NSAIDの注射薬の場合には、血管外に漏らすと深刻な組織壊死を起こすという、医原性の副作用もあるので注意しましょう。

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馬の鎮痛剤の副作用を抑える管理方針

鎮痛剤による副作用を抑える第一の方法は、投与量を減らすことになります。関節炎による跛行を呈した馬に対しては、休養させて競技会をパスすること、水冷療法・装蹄療法・関節注射などを先に行なってみること、および、ヒアルロン酸やPSGAG製剤の全身投与やサプリメント給餌などの他の方法によって跛行改善を図ること、などが挙げられます。また、鎮痛剤の投与は、重要な競技会の直前だけに限定したり、投薬期間と休薬期間を交互に設けて胃腸組織の治癒を促すことも有用です。

また、鎮痛剤による副作用が出たら、すぐに投与を中止することも重要です。たとえば、胃潰瘍では、歯ぎしり、回帰性疝痛、食欲低下、馬の性格の変化(不機嫌や沈鬱など)などが代表的な症状で、また、右背側大結腸炎では、軟便や下痢、軽度疝痛、末梢浮腫などが認められます。一方、腎不全は臨床症状に乏しいので、定期的な血液検査や尿検査で、腎不全の徴候を監視することが推奨されます。なお、NSAIDによる大腸炎では、たとえ無症状でも、投与馬の約四割に大腸壁肥厚が認められた(最短では投与から三日目に)という報告もあります。

そして、鎮痛剤による副作用は、馬が脱水状態になると起こりやすいという特徴があります。このため、夏場の騎乗後には速やかに用手給水して、脱水になるのを防いだり、初冬の時期に飲水量が落ちる馬では(水桶の水が冷たくなるため)、塩分の添加量を一時的に増やして自発飲水を促したり、その時期だけは温水を与えるなどの方策が有益だと言えます。また、夏バテや輸送による疲労などで、食欲が落ちた時にも、一緒に飲水量も減るケースが多いため、そのタイミングでは、鎮痛剤の投与量を減らすのが無難だと言えます。

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馬の鎮痛剤の副作用を抑える投薬方針

鎮痛剤を長期投与する必要がある馬では、投与薬の選択によって副作用を抑えられることもあります。通常のNSAIDは、二種類のCOX-1/2酵素の両方をブロックしますが、片方だけをブロックする薬剤もあり、そのような「COX-2限定抑制剤」ほうが、副作用のリスクは少ないことが知られています。ただ、鎮痛作用はやや低いとも言われています。そして、COX-2限定の抑制剤であっても、胃潰瘍をまったく起こさない訳ではないため、投与量を減らす試みや、副作用の症状を注視することはやはり大切です。

また、鎮静剤を毎日飲ませる馬に対して、副作用を抑えるクスリを併用するという方策もあります。一般的に、NSAIDの長期投与に際しては、胃潰瘍や大腸炎を予防するプロトンポンプ抑制剤(オメプラゾール)を同時に服用させる方法が有益であると言われています(ヒトの医療でも同様)。しかし、馬用のオメプラゾールは、かなり高価になってしまうことが多いため、両方を常時投与するのは大変です。また、NSAIDとオメプラゾールを併用した馬において、結腸食滞や腹膜炎などの他の疾患が好発したという報告もあります(原因は不明確)。

さらに、鎮痛剤を持続的に投与している馬が、疝痛などの他の病気を発症したときは、治るまでは鎮痛剤を休止させるのが賢明です。疝痛によって脱水症状を引き起こすケースが多いのに加えて、疝痛馬に対して投与されることの多いバナミンもNSAIDの一つなので、両方を同時に投与するのは避けるほうが賢明だからです。また、外傷や輸送熱、副鼻腔炎などの、抗生物質投与が必要な病気になった場合にも、腎毒性があるタイプの抗生物質を打つ場合には、鎮痛剤の投与量を調整することが必要です。

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鎮痛剤による副作用について重要なこと

馬に対する鎮痛剤の投与は、関節痛などの痛みを減らして、騎乗や競技参加を可能にすることに加えて、生活の質(QOL: Quality of life)を改善させて、馬のウェルフェア向上に寄与することが出来ます。一方で、副作用の発現には個体差が大きく、発現時期も多様であるため、馬が副作用の徴候を示していないかを注意深く観察して、早め早めの対応を取ることが重要であると言えるでしょう。

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