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ハンター競走馬の鼻出血の危険因子

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馬の鼻出血について

競走馬の鼻出血は、その多くが肺からの出血で起こり、運動中に血圧が上がることと、呼吸増加で肺胞の内圧が下がることが相まって出血に至ることから、運動誘発性肺出血(EIPH: Exercise-induced pulmonary hemorrhage)という病名で呼ばれます。競走馬におけるEIPHの発症率は、51~75%と様々です[1-4]。馬がEIPHを起こすと、肺組織の線維化および換気機能低下を続発するのみならず、長期間の出走停止となるため、医学的にも経済的にもダメージの大きい疾患であると言えます。EIPHに対する有効な薬剤療法は確立されていないため、いかにEIPHの発症を予防するかが課題とされています。

参考文献:
McGilvray TA, Cardwell JM. Training related risk factors for exercise induced pulmonary haemorrhage in British National Hunt racehorses. Equine Vet J. 2022 Mar;54(2):283-289.



馬の肺出血は肺損傷が蓄積することで起こる

この研究では、英国のハンター競走馬177頭を対象として、内視鏡検査や気管洗浄液検査、および、調教関連因子との関係性を解析して、オッズ比(OR)が算出されました。その結果、調教を受ける期間が一年多くなるごとに、肺出血を起こす確率が1.5倍も増える(一年当たりOR=1.51)ことが示されました。つまり、三年間の調教を受けた馬は、初年度と比較して、肺出血が起こるリスクが三倍以上になり(1.51の三乗で3.44)、五年間の調教を受けた馬は、八倍近くになる(1.51の五乗で7.85)という結果になりました。一方で、肺出血が発見されたときのレースの距離は、発症とは相関しておらず、長い距離を走ったから肺出血しやすいという訳ではありませんでした。

以上の結果から、馬がEIPHを起こすときには、長年にわたる調教で肺への負荷が蓄積して、肺胞毛細血管が虚弱化すること(=肺胞壁の線維化で柔軟性が失われる)、もしくは、肺胞の微細損傷が完治する前に更に負荷が加わること、が関与していると考察されています。このため、強度調教(追い切り)や出走の間隔を十分に空けるなどして、肺のダメージを貯めないことが、馬の鼻出血の予防において重要であると結論付けられています。今回の調査対象であるハンター競走馬は、五歳以上の馬が85%を占めるなど競走キャリアが長いため、肺損傷の経年蓄積という現象が、データとして明瞭に示しやすかったと考察されています。過去の文献を見ても、EIPHの危険因子として、競走に使役された年数[5]、レースの出走回数[6]などが挙げられています。

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馬の肺出血は胃腸と肺が激突することで起こる?

この研究では、運動のタイプとEIPHの関係も調査されており、障害レース等のように、馬体が強い衝撃を受ける運動ほど、肺出血が起こりやすい傾向が認められました。平地レースなどの低衝撃の運動に比較したときの肺出血のリスクは、中程度衝撃の運動では十倍近く(OR=9.80)、強衝撃の運動では六十倍以上も高い(OR=60.88)という結果が示されました。馬のEIPHの病因論としては、襲歩の最中に、重たい消化管が横隔膜越しに肺に激突して出血を起こすという説もあります(肺の尾背側領域ほど出血が多いというのが根拠)。

しかし、この研究では、強い衝撃運動の馬は検体数が少なく、リスク解析が数学的に不安定であるため、今回のデータのみで、運動時の衝撃の強さを危険因子と結論付けるのは適切ではない、という警鐘が鳴らされています。もし、胃腸と肺が激突して出血するのであれば、絶食で消化管を空にすればEIPHは予防できそうですが、レース時の体重と肺出血の発症率には相関が無いことが知られており、また、衝撃が少ない水泳運動をした馬でもEIPHは起こっていることから[6]、この病因論には疑問符がついています。



気道炎症は肺出血の結果であり原因ではない

この研究では、気管洗浄液の好中球増加(20%以上)を気道炎症と見なしており、また、洗浄液に赤血球がいればその時点での肺出血、赤血球を貪食した白血球がいれば過去の肺出血という鑑別が下されました。その結果、気道炎症とその時点での肺出血は相関せず、逆に、気道炎症と過去の肺出血は相関していました。つまり、競走馬の気道炎症は、肺出血の結果として起こるものであり、肺出血の危険因子ではないと考察されています。過去の文献でも、肺胞の毛細血管が破裂して気道内に漏出した赤血球は、それが貪食・吸収される過程で炎症反応を引き起こすことが示されています[18]。

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馬の鼻出血をいかに予防するか?

前述のように、馬の鼻出血を予防するには、肺損傷を蓄積させないことが重要であり、微細な肺胞損傷を検知して、その馬を一定期間だけ休ませるのが有効だと考えられます。しかし、軽度の肺損傷を早期に見つけるには課題も多く、たとえば、内視鏡では肺出血の診断は出来るものの肺胞を見ることは不可能です。一方、気管洗浄(TW)や気管支肺胞洗浄(BAL)では、肺胞内の赤血球漏出を検知できるものの、侵襲性が高いという欠点があり、赤血球貪食の所見は95%の競走馬で見つかってしまうため、検査所見の有意性にも疑問符がついています。一方、馬のEIPHの発症に関与する因子としては、馬の年齢や性別、レース時の季節や気温、蹄鉄の種類、気道炎症の有無などが提唱されていますが、関与の度合いは不明瞭で、変えられない要素もあり、EIPHの根本的な予防措置には寄与できないと推測されています。

今後の課題としては、競走馬において僅かな肺損傷は自然に起こるものなので、肺損傷の有る無しを探知するというより、むしろ、肺損傷の重篤度を定量化する手法を確立させることに取り組んでいき、最終的には、馬のウェルフェアに悪影響を及ぼすレベルの肺損傷を早期に発見する、という方針が求められているのかもしれません。

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参考資料:
[1] Birks EK, Shuler KM, Soma LR, Martin BB, Marconato L, Del Piero F, Teleis DC, Schar D, Hessinger AE, Uboh CE. EIPH: postrace endoscopic evaluation of Standardbreds and Thoroughbreds. Equine Vet J Suppl. 2002 Sep;(34):375-8.
[2] Newton JR, Wood JL. Evidence of an association between inflammatory airway disease and EIPH in young Thoroughbreds during training. Equine Vet J Suppl. 2002 Sep;(34):417-24.
[3] Crispe EJ, Lester GD, Robertson ID, Secombe CJ. Bar shoes and ambient temperature are risk factors for exercise-induced pulmonary haemorrhage in Thoroughbred racehorses. Equine Vet J. 2016 Jul;48(4):438-41.
[4] Crispe EJ, Secombe CJ, Perera DI, Manderson AA, Turlach BA, Lester GD. Exercise-induced pulmonary haemorrhage in Thoroughbred racehorses: a longitudinal study. Equine Vet J. 2019 Jan;51(1):45-51.
[5] Hinchcliff KW, Morley PS, Jackson MA, Brown JA, Dredge AF, O'Callaghan PA, McCaffrey JP, Slocombe RF, Clarke AF. Risk factors for exercise-induced pulmonary haemorrhage in Thoroughbred racehorses. Equine Vet J Suppl. 2010 Nov;(38):228-34.
[6] Newton JR, Rogers K, Marlin DJ, Wood JL, Williams RB. Risk factors for epistaxis on British racecourses: evidence for locomotory impact-induced trauma contributing to the aetiology of exercise-induced pulmonary haemorrhage. Equine Vet J. 2005 Sep;37(5):402-11.
[7] Art T, Tack S, Kirschvinck N, Busoni V, Votion D, Freeman K, Lekeux P. Effect of instillation into lung of autologous blood on pulmonary function and tracheobronchial wash cytology. Equine Vet J Suppl. 2002 Sep;(34):442-6.
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