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馬の軟腫:放置か治療かの見分け方

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馬の軟腫について、放っておいても大丈夫なのか、それとも治療すべきか、という判断にお困りのホースマンも多いようです。

一般的に、“軟腫”(英語名:Windpuffs)と呼ばれるのは、後肢の球節の後ろに、柔らかく盛り上がった腫れが生じている状態を指します。球節の後面には、2つの腱(深屈腱と浅屈腱)が走行しており、この部位では、腱が摩擦なく滑走できるように、潤滑液(腱鞘液)を含んだ袋(腱鞘包)に包まれています。軟腫とは、腱鞘液が増量して、腱鞘包が水風船のように膨満した状態を指すことが一般的です。腱鞘の内張りには、関節包と同様に、滑膜絨毛という細かい毛が生えており、ヒアルロン酸を含有した腱鞘液を生成して、腱と腱鞘との潤滑作用を維持しています。

この腱や腱鞘が損傷して、腱鞘包が腫れると腱鞘炎と呼ばれますが、球節には他の構造物が腫れる場合もあります。ここでは、後肢球節にできる軟腫と、類似病態との鑑別、および、放置できる軟腫なのか、治療を要するのかの見分け方を解説します。

参考資料:
Tan JY. Windpuffs: Resolving a Common Swelling in Horses. The Horse, Topics: May19, 2021.
Thomas HS. Windpuffs in Horses. The Horse, Topics, Ligament & Tendon Injuries: Mar1, 2009.



軟腫と類似病態との鑑別法

軟腫(腱鞘炎)に似た病態としては、球節の関節炎が挙げられ、これは、関節液の増量によって関節包が膨満した状態を指します。関節包が膨満した場合は、管骨と繋靭帯脚とのあいだに、柔らかく盛り上がった腫れが生じるため、通常の軟腫よりも少し前のほうが膨れることで鑑別できます。球節の関節炎は、強度運動による関節包炎や滑膜炎、関節軟骨の損傷、関節内の剥離骨折などが原因で起こり、レントゲン検査で診断されます。軽度の関節炎では、跛行を示さないケースも多いですが、損傷が重篤であったり、歩様異常を伴うときには、内科的(関節注射療法)または外科的な治療(関節鏡)が適用されます。

また、球節の真上には、腱鞘の周囲を輪状靭帯という帯状の結合組織が取り巻いており、この靭帯が挫傷および肥厚した状態を輪状靭帯炎と呼びます。この場合、球節の真後ろが、やや硬く盛り上がったように腫れるため、軟腫のような波動感が無く、通常の軟腫よりもやや下方が腫れることで鑑別します。ただ、輪状靭帯炎が進行すると、靭帯が拘縮して腱鞘を締め付けるので、軟腫と同じ箇所が明瞭に膨隆してくる事があります。保存療法で治癒することが一般的ですが、拘縮してしまった場合は、輪状靭帯を切開する手術を要するケースもあります。

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さらに、細菌感染によるフレグモーネ(蜂窩織炎)を起こした場合や、物理的に球節部を打撲した場合にも、皮下組織の浮腫を生じて、軟腫と同じような外観を示すことがあります。ただ、軟腫が腱鞘包の膨満であるのと違い、フレグモーネや打撲傷では、浮腫を起こした軟腫は波動感がなく、押すと指の跡がつくように凹むことで鑑別します。特に、フレグモーネでは、腫れの領域が前後に広く、触ったときの熱感が明瞭なのも特徴です。いずれも跛行や圧痛を呈することが多く、フレグモーネでは抗生物質、打撲傷では抗炎症剤が投与されます。



軟腫での放置か治療かの見分け方

馬の軟腫が腱鞘炎であった場合、その殆どは特発性腱鞘炎と呼ばれ、特に治療を要せず、放置しておいても問題ありません。一方で、病的な腱鞘炎では、精密検査と加療が必要となり、見分けるポイントとしては、①左右両方の後肢に見られるか否か、②慢性的な腫れか否か、③跛行しているか否か、④屈曲痛があるか否か、⑤プアパフォーマンスが見られるか否か、などが含まれます。

まず①については、軟腫が左右両方の後肢に見られる場合には、放置しておいても大丈夫な病態が多いと言われています。腱鞘包は、一度膨らむと弛んでしまい、腱鞘炎が起きていなくても、膨満した状態が継続することも多いため、両後肢にある軟腫は、そのような古傷の名残りであると考えられます。一方、左右どちらかの後肢が、明らかにサイズの大きい軟腫を示している場合には、屈腱炎や腱鞘包の損傷が生じている可能性があるため、エコー検査によって精密検査することが推奨されます。軽度の病態では腱鞘内への注射療法、重度になると腱鞘鏡手術を要することもあります。もちろん、両後肢の軟腫でも、②~⑤に当てはまる時には、やはり検査と加療が推奨されます。

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次に②については、通常、持続的に膨れている軟腫は放置しておいても心配ありませんが、急激に発生または大きくなってきた軟腫では、エコーで精密検査して、原因を究明することが大切です。腱鞘包や滑膜の損傷だけでは、急激に膨満することは少なく、深屈腱や浅屈腱そのものがダメージを受けている可能性が高いためです。同様に③に関しても、跛行を呈するレベルの腱鞘炎は治療を要しますし、腱鞘や滑膜の損傷だけでなく、屈腱炎等を併発している危険性が高いと言えます。勿論、軟腫のある肢を跛行していても、軟腫のある箇所が痛みの出処とは限りませんので、診断麻酔等で疼痛部位を限局化することが必須となります。

なお、特別な状況として、フレグモーネや穿孔性外傷の数日後に、重度の膨満と跛行を示した場合には、感染性腱鞘炎という深刻な病気が疑われます。この場合には、軟腫の部位が明瞭な熱感を示し、不負重性の跛行を呈するのが特徴です。感染性の腱鞘炎では、緊急の腱鞘洗浄処置と抗生物質投与を行なわなければ、予後不良となり命に関わります。なお、ここで言う穿孔性外傷には、ワイヤーや釘などの異物が刺さるケガの他にも、獣医師による針穿刺処置も含みますので(診断麻酔、関節注射、局所灌流など)、特に注意が必要となります。

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また、④については、たとえ軟腫のある後肢に跛行が無くても、裏掘りで挙上するのを嫌がったり、装蹄時に球節をずっと曲げるのに抵抗する場合には、やはり精密検査して加療の必要性を判断することが推奨されます。馬の後肢には相反装置があり、球節・飛節・後膝の三つが同時に曲げ伸ばしされる構造なので、球節の屈曲を嫌がること自体は、球節の腱鞘炎以外の原因でも起こりえます。このため、跛行検査で疼痛限局化を行ない、最も目立つ軟腫が本当に屈曲嫌悪の理由なのかを精査することが重要です。なお、腱鞘の内部で屈腱の癒着が生じている場合には、体重を掛けても痛くはないが、腱が滑走するときに鈍痛や違和感を感じますので、その肢の跛行(=荷重痛)は示さないが、挙上は嫌悪する(=屈曲痛)という症状が見られる事があります。

一方、⑤については、軟腫があることの有意性、および、治療の妥当性を判断するのが微妙になります。たとえ、跛行や屈曲痛が無くても、軟腫のある後肢に負荷を掛けるのを躊躇する意識が馬にあると、他の部位に負担が及んで痛めたり、運動の不整によるプアパフォーマンスに繋がることもあります。不整の内容としては、軟腫のある肢の踏み込みが不足する、片側だけ内方姿勢を嫌悪する(罹患肢が外方後肢になる場合)、駈歩時に後肢だけ逆手前になる、斜め横歩やハーフパスで十分に交差させない、収縮運動で後躯が逃げる、肩内や腰内の角度が深くなり過ぎる、後肢旋回でピヴォティングする、等が含まれます。この場合、軟腫と運動不整の因果関係を証明するのは難しく、エコーで深刻な病変が見つかることも稀なため、腱鞘注射療法による症状の良化を評価する(診断的治療法)ことが一般的です。

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軟腫について重要なこと

馬の後肢球節に見られる軟腫は、その多くが特発性腱鞘炎で、放置しておいても問題ないケースが殆どだと言われています。しかし、前述の①~⑤のような状態が認められた時には、速やかな診断と加療を要することもあります。特に、両後肢に慢性的な軟腫がある馬では、外観は無変化でも、跛行や屈曲痛を示したときには対応が必要になります。つまり、軟腫を持っている馬を管理する際には、腫れの大きさや熱感だけでなく、裏掘りや騎乗時の馬の仕草やパフォーマンスを注意深く観察して、僅かな病的徴候を見逃さないことが大切だと言えるでしょう。

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