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馬の顎関節炎を診療する難しさ

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馬の顎関節炎を診療するときの留意点について専門家が警鐘を鳴らしています。

顎関節は、下顎骨と側頭骨のあいだに形成され、口を開閉させる機能を担っている関節です。草食獣である馬にとって、顎関節は、一生のあいだに最も頻繁に動かす関節であり、顎関節に炎症を起こすと、咀嚼しながらエサをこぼす仕草(=Quidding)や食欲低下を呈します。また、ハミ付けを嫌悪したり、頭を挙上して激しく左右に振る動作(=ヘッドシェイキング)などの異常行動を示すこともあります。

しかし、実際の顎関節炎の診療においては、幾つかの問題点も指摘されています。サスカチュワン大学の馬歯科学のカーマルト教授によると、過去15年間で、顎関節炎の確定診断が下された馬は、たった2頭であり、Quidding症状や銜受けを拒否する動作、騎乗中に予想外の行動を取るなどの症状を示していました。これらの馬は、CTやMRI等の画像診断で病変が確認され、手術や関節注射療法で治癒しました。

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しかし、同教授によると、1,000頭以上の馬のCT検査をしてきた中で、顎関節に変性関節疾患の徴候が認められた馬は40%にのぼりましたが、それに起因すると思われる症状が認識された馬はいませんでした。このため、馬の顎関節炎の発症率は高いものの、その殆どは臨床症状を示さないと考えられています。つまり、咀嚼障害やハミ付け嫌悪などの稟告があった症例において、たとえ、レントゲンやエコー検査で顎関節炎の所見が見つかった場合でも、画像診断のみで確定診断を下したり、症状との因果関係があると思い込むのは好ましくない、という警鐘が鳴らされています。

一般的に、Quiddingや食欲低下などの症状は、斜歯や鉤状歯などの不整歯のほか、歯根に膿瘍形成したり、歯に亀裂が入った馬にも見られます。また、銜付け嫌悪やヘッドシェイキングなどの異常行動は、脳神経異常や椎骨の疾患、または胃潰瘍などによっても起こりえます。このため、顎関節炎の推定診断を下す前に、他の領域を精査して除外診断を下すことが重要であると指摘されています。また、顎関節にステロイドを注射する診断的治療に関しても、その効能に関するエビデンスは少ない上に、ステロイドが関節包から周囲に浸潤して、脳神経や歯などの他組織の炎症を改善してしまう可能性もあると懸念されています。

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なお、馬の顎関節炎を実験的に誘導して、咀嚼動作の運動学的解析を行なった研究によると、実際に顎関節炎が発症している馬では、たとえそれが左右のうち片方だけの関節炎であっても、一定レベルの疼痛を呈して、臨床症状を示すことが報告されています。一方で、顎関節への内毒素注射を実施した実験では、馬の顎関節では、関節内の炎症反応が迅速に軽減され、他の関節と比較して、咀嚼などの関節動作への目に見える異常は探知されにくい事も示されており、顎関節炎の診断の難しさを再確認させるデータが示されたと言えそうです。

このように、顎関節炎の診断や治療については、まだ不明瞭な側面も多く、臨床的重要性の解明のためには、今後も治療成績の蓄積と回顧的調査を行なっていく必要があるのだと思います。

参考資料:
Christa Leste-Lasserre. Expert: Equine TMJ Changes Common, but Clinical Signs Rare. The Horse, Topics, Dental Problems: Feb21, 2020.
Erica Larson. TMJ Inflammation’s Impact on Chewing in Horses. The Horse, Topics, AAEP Convention, Dental Problems: Apr30, 2016.
Erica Larson. Are TMJ Variations Normal in Horses? The Horse, Topics, AAEP Convention, Dental Problems: Apr28, 2016.
Nancy S Loving. Equine TMJ Disease: Why So Rare? The Horse, Topics, AAEP Convention, Dental Problems: Mar13, 2011.

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