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裏にある骨片は腱鞘越しに摘出

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中間手根骨の掌側部骨折について

馬の手根骨の骨折は、その殆どが背側面に生じますが、稀に掌側面にも起こることがあります。このうち、橈側手根骨や第三手根骨の掌側部骨折では、前腕手根関節または中間手根関節の掌側関節包に関節鏡でアプローチすることで、外科的摘出が可能であることが知られています。一方、中間手根骨の掌側部骨折は、関節鏡でアプローチするのが困難であると言われており、保存療法(骨片摘出せず休養させる)では競走馬としての予後は芳しくないことが報告されています。ここでは、手根屈筋腱鞘の腱鞘鏡手術によって、腱鞘壁を貫通させながら、中間手根骨の掌側骨折片を摘出した4頭の症例報告を紹介します(上写真はこの研究とは無関係です)。

参考資料:
Hewitt-Dedman CL, O'Neill HD, Bladon BM. Arthroscopic removal of palmar intermediate carpal bone fracture fragments in four horses using a transthecal approach through the carpal flexor tendon sheath. Vet Surg. 2022 Aug;51(6):929-939.



中間手根骨の掌側部骨折での腱鞘鏡の手術手技

この研究の術式では、屈筋腱鞘を膨満させた後、橈骨骨端のすぐ近位側にカメラ孔、副手根骨のすぐ近位側に器具孔が設置されました。骨折片の上下端を脊髄針とX線画像で確認した後、ビーバー刃と骨膜剥離子を用いて、掌側手根靭帯に5x10mmの穴が開けられました。そして、骨片に付着した軟部組織を、電動滑膜切除子で取り除いてから、F.S.ロンジュールで骨片を掴み出し、病巣掻把と関節洗浄も実施されました。

この研究では、中間手根骨の掌側部骨折に対して、腱鞘鏡手術で腱鞘壁を貫通させながら骨片摘出できることが示され、外科的治療の選択肢として有用であると結論付けられています。過去には、同様の手技で、腱鞘を大きく切開して摘出した報告もありますが、やはり腱鞘鏡を使った方が、外科的侵襲が少なく、予後も良くなると考察されています(下図は横臥位での腱鞘鏡ですが、この研究では背臥位にて施術されました)。

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中間手根骨の掌側部骨折での腱鞘鏡の予後

この研究では、術後の経過は良好で、4頭のうち3頭は調教や競走に復帰しましたが、1頭は前腕手根関節の変性関節疾患(遠位橈骨の骨棘形成を確認)を続発したため安楽殺となりました。この1頭については、複数箇所に骨折があったことと、骨折から手術まで四週間経っていたことが、術後に関節炎を起こした要因であると分析されています。

この研究では、腱鞘鏡を実施した事と、関節炎を続発したこととの関連性は考察されていませんでした。ただ、腱鞘から関節に穴を開けてアプローチする方法では、関節内の掻把片を十分に洗浄できないリスクはあるのかもしれません。また、今回の術式で穴が開けられた掌側手根靭帯は、馬の前膝が過伸展するのを防ぐための重要な支持組織であるため、その靭帯を侵襲することで、術後に関節不安定を生じる危険性は否定できないと考えられます。

この研究の術式は、通常の関節鏡よりも難しく、腱鞘や周囲の脈管組織の解剖学的構造を熟知しておく必要がある、という警鐘が鳴らされています。また、関節鏡に比べると、腱鞘鏡では感染や術中出血を起こし易いため、手技の習熟が必要だと言われています。この研究でも、4頭中の1頭は、術中の出血で視野が不自由になったと報告されており、さらに別の1頭は、手術の難易度から、麻酔時間が6時間を越えて、麻酔後筋症の合併症を起こしていました(三日間の補液療法で回復)。

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