釘を踏んでも抜かないで!
馬の飼養管理 - 2022年08月22日 (月)

馬を裏掘りしようと肢を上げさせたとき、もし、蹄底に釘が刺さっているのを見つけたら、どう対処するのが正しいでしょうか?正解は、「釘を抜かずに獣医師を呼ぶ」です。
ホースマンの直感としては、速やかに釘を抜去して、消毒処置などを施したくなると思います。しかし、一番大切なことは、釘の先端がどこまで深く刺さっていて、蹄内部のどの構造物に達しているかを見極めることになります。何故なら、釘の刺さり方によっては、かすり傷の場合もあれば、命の危険がある深刻な怪我になる場合もあるからです。そのためには、釘が刺さった状態で、獣医師にレントゲン撮影をしてもらう必要があるため、釘を抜かずに往診の獣医さんに来てもらうのが最善策となります。
参考資料:
World Equine Veterinary Association. A Nail in the Hoof: What Would You Do? The Horse, Anatomy & Physiology, Diagnosing Lameness, Hoof Anatomy & Physiology, Hoof Care, Hoof Problems: Apr21, 2021.
University of Illinois College of Veterinary Medicine. ‘Street Nails’: An Equine Emergency. The Horse, Topics, Article, Hoof Care, Hoof Problems, Lameness, Puncture Wounds: Apr1, 2018.
馬の蹄内部の構造
馬に蹄鉄を装着させる際に、装蹄師さんは簡単に釘を打ち込んでいくように見えますが、これは、白線から蹄壁外部へと、知覚部を避けながら釘を刺入させているため問題が起きないのであり、馬の蹄の内部には、釘の侵入が深刻なケガとなってしまう構造物があります。これには、蹄骨、深屈腱、舟状骨、舟嚢、腱鞘などが含まれ、これらは、蹄の深部に位置しているため、釘傷によって細菌感染が起こると、治療が非常に困難になります。また、蹄の内部は、スポンジ状の組成をしているため、釘を抜いてしまうと、その穿孔痕を肉眼およびレントゲン画像上で視認するのが難しくなってしまう、という問題もあります。
蹄の内部構造のなかでも、特に、舟嚢・腱鞘炎・蹄関節の3つは、細菌感染を起こすと、命に関わる怖い病気を引き起こすことがあります。これらは、滑液嚢や関節包と呼ばれる袋状の構造物であり、滑液という潤滑液を含んでいて、腱や靭帯が摩擦なく滑走したり、関節可動性を維持する仕組みになっています。実は、滑液嚢や関節包の内腔には血管が無く、滑液を通して酸素や栄養を届けています。このため、もし釘傷によって雑菌が入ってしまうと、それを退治する白血球も届けられないため、細菌性の滑液嚢炎(舟嚢炎・腱鞘炎)または関節炎を発症してしまいます。これらの病気は、筋注した抗生物質が効きにくいうえに、痛みが非常に強く、馬は罹患肢への荷重が出来なくなり、対側肢の負重性蹄葉炎で予後不良となってしまう事もあります。

上図は釘傷の状態によって、内部の構造物にどのように釘が達するかを示しており、[a]は蹄骨に達する釘、[b]は深屈腱付着部に達する釘、[c]は蹄関節や不対靭帯に達する釘、[d]は舟嚢や舟状骨に達する釘、[e]は腱鞘に達する釘、[f]は跖枕に達する釘を表しています。このうち、[c]は蹄関節炎、[d]は舟嚢炎、[e]は腱鞘炎を続発するリスクがあるため、特に深刻な状況であり、厳重な初期治療が必須となります。
馬の蹄底から見たときに、舟嚢・腱鞘・蹄関節は、蹄の矢状線(蹄叉中溝を通る中央線)に沿って少し蹄踵側に位置しています。このため、蹄底よりも蹄叉に刺さった釘のほうが、滑液嚢や関節に達する確率が高く、また、蹄叉の方が柔らかいため、より深くまで釘が刺入してしまうことも多いと言えます。一般的に、重篤な深部組織への感染を起こす侵入深度は、表面からの垂直距離で、蹄底では1cm、蹄叉では1.5cm、蹄壁表面では1.2cmと言われています。しかし、蹄内部での釘の刺さり方予測しにくいため、引き抜いた釘の長さだけで滑液嚢や関節の感染を除外することは適当ではありません。

釘を踏んだときの対処法
実際に、馬の釘傷を見つけたときには、すぐに蹄底部に厚いガーゼやタオルを当てて、それをヴェトラップ等でグルグル巻きにすることで保護するようにします。そして、速やかに獣医師に連絡して、往診でのレントゲン検査と加療を依頼します。もし獣医師がすぐに駆け付けられない場合には、釘を抜いて消毒し、抗生物質を筋注するよう指示される事があるかもしれません。ただ、釘の刺さり方によって、治療の方針が大きく異なりますので、釘が刺さったままレントゲンを撮ってもらうのが最善だと言えます。
もし、釘が抜去されてしまった場合や、はじめから刺入孔のみが発見された場合には、探索子または造影剤を注入してのレントゲン検査によって、滑液嚢や関節組織への穿孔の有無を確かめます。しかし、探索子の挿入や造影剤の注入によって、刺入孔のトンネル内にあった土砂などが舟嚢内へと押し出されて感染を悪化させる危険もあるため、やはり、釘を残したままでレントゲン撮影を行うことが強く推奨されています。

釘を踏んだときの治療法
馬の蹄に刺さった釘が、蹄底の浅い位置までしか達していなかったり(上図の①や②)、跖枕への刺入のみであった場合には(上図③)、釘を抜去して蹄底をバンテージで覆ってから、抗生物質の全身投与をするだけで治癒することが殆どです。場合によっては、刺入孔を少し広げて、消毒や排液を容易にすることもあります。つまり、挫跖や蹄底膿瘍と同じような処置となりますので、これが最善のシナリオと言えるでしょう。釘傷に対して、蹄の浸漬療法を行なうかどうかは、跛行や熱感の度合いによると思われます。
一方、釘が深いところまで侵入して、蹄関節や舟嚢に達していたり(上図の④)、蹄後方に刺さって腱鞘に達していたり(上図の⑤)、もしくは、蹄前方に刺さって蹄骨に達していた場合には(上図の⑥)、より積極的な治療が必要になってきます。滑液嚢や関節、骨などには、全身投与したクスリは届きにくいため、抗生物質の局所肢灌流が応用されることもあります。この場合、球節または管部に駆血帯を着けて、遠位肢の血流を一時的に遮断した状態で、球節または繋ぎの血管から抗生物質を注入して、蹄組織に高濃度の抗生物質を作用させます。この手法は、筋注よりも殺菌効果は高いものの、脈管に負担が掛かるため、数日に一回の頻度でしか実施できませんので、通常は、抗生剤の全身投与(筋注もしくは経口投与)が併用されます。

もし、滑液嚢・関節・骨などへの細菌感染が難治性で、抗生剤の局所・全身投与に不応性を示した釘傷においては、外科的な処置を要することもあります。その場合、蹄関節や舟嚢に注射針2本を刺して、内腔の洗浄および抗生物質を直接注射する措置があり、これは起立位での実施も可能です。ただ、それでも内腔の細菌感染が制御できない重症例では、全身麻酔下にて内視鏡を挿入して、関節や滑液嚢の内張り組織を剥ぎ取る処置(滑膜切除術)が適用されることもあります(細菌は滑膜絨毛内に埋没して生存しているため、内腔洗浄だけでは取り除けないため)。
一方、釘傷が蹄骨に及んで、骨組織の感染を制御しきれないケースでは、蹄底に穴を開けて蹄骨まで到達して、細菌感染した骨を削り取る作業を要することもあります。これは立位でも可能ですが、痛みと出血が大きいため、全身麻酔にて施術されることも多いです。なお、舟嚢の重度感染において、内視鏡手術が難しい状況では、蹄叉に穴を開けて、深屈腱を貫通させて舟嚢まで開口させるという外科処置(ストリートネイル処置)もあります(これも立位での施術は可能)。いずれの場合も、蹄底や蹄叉に開けた穴を、一日1~2回は処置(内部洗浄、抗生剤注入、ガーゼ交換)する必要があるため、治療は長期間かつ高額になります。さらに、治癒後も慢性的に軽度跛行を示すなど、競技馬としての能力低下に至ってしまう症例も見られます。

馬の釘傷について重要なこと
以上のように、馬の釘傷では、釘の刺さり方によって、病気の深刻さに雲泥の差があり、治療方針や完治する確率、および、治療費用も大きく異なりますので、やはり、釘を抜く前に獣医師の検査を受けることが推奨されます。また、釘に限らず、穿孔性異物による蹄の怪我は、殆どが厩舎環境の管理不足に起因するものですので、「小さな釘1本が馬の命を奪うこともある」という認識を持ち、掃除や片付けを怠らないように普段から努めることが重要であると言えるでしょう。
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