馬の開腹術にはハチミツで感染予防
話題 - 2022年08月23日 (火)

馬の開腹術における創口感染率は、2.7~39%と様々で、縫合箇所に抗生物質を用いることで創口感染を抑えることもあります。近年、ハチミツの持つ高浸透圧と低pHが、細菌増殖を抑えることが判明し、ガンマ線滅菌された医療グレード蜂蜜(MGH: Medical grade honey)を局所的に使用することで感染制御できることが、ヒト医療の領域で示されています。また、馬の外傷縫合の部位においても、MGHを外科的整復箇所に用いることで、細菌感染や創口裂開を予防できるという報告があります(Mandel et al. EVJ. 2020;52:41)。ここでは、MGHを馬の開腹術に適用することで、創口の感染予防が図られた例を紹介します。
参考文献:
Gustafsson K, Tatz AJ, Slavin RA, Sutton GA, Dahan R, Ahmad WA, Kelmer G. Intraincisional medical grade honey decreases the prevalence of incisional infection in horses undergoing colic surgery: A prospective randomised controlled study. Equine Vet J. 2021 Nov;53(6):1112-1118.
この研究では、馬の開腹術におけるMGHでの感染予防効果を検証するため、2017~2018年にかけて、四ヶ月齢以上の症例馬で、開腹術の術創閉鎖の際にMGHゲル(L-Mesitran Soft®, H&R Healthcare)が使用された89頭の疝痛馬における、医療記録の回顧的解析およびオッズ比(OR)の算出が行なわれました。その結果、対照群での創口感染率は32.5%に上ったのに対して、医療グレード蜂蜜による治療群の創口感染率は8.2%と大幅に低かったことが示されました。このため、MGHゲルを馬の開腹術の創口に用いることで、細菌感染を抑制する効果が期待できると結論付けられています。
医療グレードの蜂蜜は、それ自体は滅菌されているものの、糖分の含有量は高いため、雑菌の栄養源となったり、ハエや蟻を招く危険性もあるのかもしれません。ですので、ステントバンテージの使用や経時的な創口洗浄など、術後の創口ケアが重要になってくると推測されます。今回の研究では、創口感染の殆どは退院後の抜糸(術後二週間目)の時点で確認されており、術後の創口処置の詳細は不明であることが、論文の限界点として挙げられています。

この研究では、医療グレード蜂蜜の使い方としては、白帯(Linea alba)を縫合閉鎖したあと、その上からMGHゲルを塗布して(創傷2cm当たりにゲル1mL塗布)、その後に皮下組織と皮膚の縫合が行なわれました。つまり、ハチミツは粘膜面に塗布されている事になり、高い浸透圧によって粘膜から漿液が漏出して、ハチミツを薄めてしまった(殺菌効果が下がった)という懸念は捨てきれないと言えます。また、術創の長さや位置、全身状態の重篤さなどとの関連は解析されていませんでした。さらに、創口感染した場合の細菌培養結果については不明確で、対照群と治療群で菌種や薬剤耐性に差異があったのかは検証されていませんでした。
この研究の開腹術では、腹腔内へのカルボキシメチルセルロース投与や、ペニシリン生食での腹腔洗浄が行なわれていながら、対照群の創口感染率は32%以上とかなり高くなっていました。この理由としては、診療環境内の薬剤耐性菌の多さが挙げられており、対照群のうち3頭の馬では、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)も検出されていました。医療グレード蜂蜜は、細菌の薬剤感受性とは無関係に殺菌効果を発揮できることから、創口感染の発生率が高い病院や地域では特に有益であると考察されています。また、近年の獣医学における、抗生物質スチュワードシップの考え方(動物への不必要な抗生剤使用を減らし、耐性菌によるヒト医療への悪影響を減らす義務)からも、抗生物質以外の手法による感染制御の試みは重要であると言えます。

この研究では、若齢馬ほど創口率が高い傾向が認められ(OR=27)、これは、若い馬ほど開腹術の創口感染が少ないという他の知見(Darnaud et al. VetJ. 2016;217:3)と相反していました。この理由としては、若い馬ほど術後に馬房で座り込む割合が高く、術創汚染を生じやすかったことが挙げられています。ただ、実際の症例馬が座り込んでいた時間の長さや、馬房の敷料の違いは報告されていません。
この研究では、術後48時間以内に下痢をした馬では、創口感染率が高くなる傾向が示されました(OR=20)。この理由としては、下痢便のほうが創口の汚染につながり易かったこと、および、下痢症の馬では菌血症を併発して、創口部への細菌迷入に繋がったことが挙げられています。一方、開腹術の術式の違い(腸管の切開や吻合の有無など)は明記されておらず、術中に腹腔汚染が生じた疑いのある馬の割合は検証されていませんでした。
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