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蹄踵の低い馬への装蹄療法

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蹄踵の低さについて

ホースマンの中には、蹄踵の低い馬を管理していくのに苦労されている方も多いようです。特に、乗馬に転用された直後の競走馬においては、蹄踵がかなり低い形状の蹄が多いと言われています。一般的には、馬に起こる慢性跛行の三分の一以上は、実は蹄踵に原因があるとも言われており、ローヒール(蹄踵が低い状態)およびアンダーランヒール(蹄尖角度よりも蹄踵角度のほうが小さい状態)などの蹄踵の異常は、とても対策の難しい問題であることが知られています。

ここでは、米国ケンタッキー州のスコット・モリソン獣医師(Rood & Riddle Equine Hospital)が提唱する、蹄踵の低い馬への装蹄指針について紹介します。

参考資料:
Alexandra Beckstett, The Horse Managing Editor. Managing Low Heels in Performance Horses. The Horse Topics, British Equine Veterinary Association, Farrier Issues, Hoof Balance, Hoof Care, Hoof Care & Balance, Hoof Problems, Shoeing, Sports Medicine, Vet and Professional: Sep29, 2021.

モリソン獣医師によると、ローヒールやアンダーランヒールの問題点は、挫跖やナビキュラー病を起こしやすいだけではなく、肢の近位側の問題に波及することであり(前膝の故障、繋靭帯損傷、屈腱炎など)、また、時には頚や背中の痛みの原因にもなりうる、と述べています。また、蹄尖が長くなることで、球節や蹄関節のモーメントアーム(支点から力の作用点に下ろした垂線の距離)も長くなって、蹄の後部にある支持組織への歪みが増加するため、馬体全体に悪影響を与えてしまう、という警鐘を鳴らしています。

モリソン獣医師は、ローヒールへの対策は先験的に実施することが理想で、本来ならば、生後の数週間のうちに行なうことで、子馬が適切な蹄踵位置を発達させることが出来ると述べています。また、それが難しい場合でも、蹄形の異常を早期に認識して、蹄の内部構造の損傷や機能不全に至る前に、速やかに対処することが重要であると提唱しています。



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蹄踵の低さへの対策

蹄踵の低い馬への対策として、可能な限り、裸蹄にすることが有用であり(特に怪我の治療期間などにおいては)、健常で強固な蹄踵を回復させられると言われています。モリソン獣医師は、蹄踵の機能不全が認められる馬の中には、裸蹄のほうが向いている個体が多いものの、挫跖や蹄底の痛みを引き起こしてしまう場合には、蹄叉を支持する手法に切り替えるべきとも述べています。

蹄踵の低い馬に対しては、ハートバー蹄鉄も有用であり、様々な形状や素材のものが開発されています。ハートバー蹄鉄は、蹄踵で荷重させながら蹄叉も支持することが可能であり、特に、蹄叉支持部分が曲がらないように、2つの横棒で支えているタイプの蹄鉄(Stabilizer plates)が有効であると提唱されています。

ローヒールやアンダーランヒールを呈した馬では、蹄踵がつぶれる(Collapse)のと同時に、蹄叉が飛び出てくる(Prolapse)という現象が見られ、これこそが、蹄叉を支持する必要があるという徴候だと言えます。このため、前述のハートバー蹄鉄などの、蹄叉を下方から支えるタイプの装蹄法が適用されますが、蹄叉に当たる部分が金属だと圧迫が強すぎると判断される時には、代わりに、柔軟性の高い熱可塑性プレート(Thermoplastic plate)が用いられる事もあります。

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また、アンダーランヒールや蹄踵が弱くなった蹄に対しては、底面が丸みを帯びた形状の蹄鉄(Rolling/Rockering the heel branch of the shoe)も使用されています。この種の装蹄法では、蹄踵を過削することなく、蹄叉の幅が最大となる位置まで削切することが可能となるうえ、良好に踏着できる面を提供することで衝撃を緩和できるとも言われています。

さらに、蹄尖と蹄踵に向けて底面が傾斜しているローラーモーション蹄鉄を装着することで、蹄反回を容易にして、蹄踵への負荷を緩和する方法もあります。特に、蹄踵が非常に低く、蹄踵部の削切もままならない蹄に対しては有益だと提唱されています。

加えて、症例によっては、蹄踵プレートを当てて、柔らかい充填剤を蹄底に施すという方法が応用されることもあります。モリソン獣医師の話では、蹄踵が重度に虚弱化したケースでは、そのような装蹄法を用いてリハビリすることが可能であると述べられています。



蹄踵の低い馬について重要なこと

馬の肢が接地するときには、通常、蹄踵から踏着するため、蹄踵が地面からの衝撃を吸収したり、振動を消散させる作用は極めて重要であり、跖枕と蹄軟骨(蹄骨の側副軟骨)がその役割を担っています。蹄が接地した際に生じる衝撃と振動は、蹄支を介して蹄軟骨に伝導して、軟骨の血流動態に寄与すると同時に、ちょうど油圧装置のように衝撃を吸収します。そのような蹄軟骨による衝撃吸収作用を得るためには、蹄支が蹄軟骨と一直線に並んでいることが必要です。しかし、アンダーランの蹄形矯正を試みる際には、蹄踵を低くしない(削切しない)ことと、蹄支の角度を矯正することは、相反してしまう場合も多く、一つのジレンマ(Catch-22)が生まれてしまいます。幸いにも、上記の幾つかの手法を応用することで、角度の矯正のほうは調整可能になってきます。

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馬の蹄が正しい形状とバランスを有することは、正常歩様と競技能力を維持する上で最重要であり、蹄形を矯正するときのゴールは、蹄支と蹄支角の位置を、蹄軟骨に合わせることによって、衝撃吸収や振動消散の作用、および、体重支持を効率的に行なうことにあると述べられています。そのためには、個々の馬の理想蹄形や騎乗内容に応じて、何が必要かを判断して、装蹄師と獣医師がそれを達成する選択肢を検討することであるとモリソン獣医師は提唱しています。

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