放牧は腱や靭帯を強くする?
馬の飼養管理 - 2022年08月25日 (木)

馬の腱靭帯疾患について
馬の下肢における腱靭帯疾患は、跛行の原因として重要であり、休養理由の13~18%、引退原因の33%を占めるという調査結果もあります。しかし、馬を放牧させる時間を増やすというシンプルな飼養管理の工夫によって、このような腱靭帯の病気を減らせるという研究結果が示されています。
参考資料:
Alexandra Beckstett, The Horse Managing Editor. Turnout Time Can Reduce Horses’ Risk of Soft Tissue Injury. Conditioning, Equine Science Society Symposium 2021, Farm and Barn, Horse Care, Injuries & Wounds, Lameness, Ligament & Tendon Injuries, Monitoring Exercise Performance, Sports Medicine: Jul7, 2021.
馬の腱靭帯疾患のメカニズム
一般的に、腱や靭帯の組織は、生体力学的な環境の変化に適応することが知られており、つまり、腱や靭帯が伸び縮みする動きに呼応して、組織の修復プロセスを開始すると言われています。勿論、この伸び縮みする負荷が強すぎると、腱/靭帯線維の微細断裂という損傷も生じてしまいますので、放牧でノンビリと歩き回る程度の運動負荷が、腱靭帯の組織修復には最適だという提唱がなされています。
また、腱靭帯の構造のなかで、太い線維は強度をもたらしますが柔軟性に乏しいというデメリットがありますが、その周囲に細い線維を伴うことで、粘弾性という腱靭帯が負荷を吸収する機能を補填できると考えられています。そして、そのような細い腱靭帯線維は、放牧などの軽い運動を課すことで増加して、様々な強さや方向の負荷に対して、適応能力の高い腱靭帯を形成できると言われています。

そして、運動中の腱靭帯への負荷は、筋肉が疲労して球節の過剰沈下が起こったときに増すことが知られています。屈腱および繋靭帯は、球節の懸垂装置として機能し、ハンモックのように球節を支持して、衝撃吸収の役目を担っているからです。そして、馬房で繋留されているよりも、放牧で歩き回ることで、筋肉量を維持する効能が期待され、二次的に腱靭帯への負荷減少と疾患予防に寄与できると考えられています。
腱靭帯疾患と放牧の関連性
米国のニュージャージー州の研究では、2014~2020年にかけて、146頭の練習馬(平均年齢は17歳)を対象に、腱靭帯疾患と放牧時間の相関に関する回顧的調査が行なわれました。全ての腱靭帯疾患は、エコー検査またはMRIで鑑別され、放牧時間に関しては、毎日12時間以上は放牧されている馬(放牧群)と、放牧なし又は12時間未満の放牧という馬(対照群)に分けられました。
結果としては、放牧群の練習馬では、腱靭帯疾患の有病率は25%(14/57)に留まったのに対して、対照群の練習馬では、腱靭帯疾患の有病率が51%(45/89頭)に達していました。このため、毎日の放牧によって適度の運動負荷が課せられている馬においては、腱靭帯などの軟部組織の疾患を予防する効能が期待できることが示唆されています。また、放牧群の馬においては、基本的なフィットネスの度合いも良好であり、急に使役される鞍数が増えたりした場合にも、それに十分に対応できる体力が維持されていたという考察もなされています。

この研究では、放牧の定義として、一日のうち12時間以上を放牧地で過ごす馬とされており、昼夜放牧されている馬、もしくは、広い放牧場を持っていて、レッスンと夜間以外はずっとそこに出されている馬が調査対象となっていました。日本では、多くの乗馬クラブや牧場の状況を鑑みて、このような長時間の放牧を全ての練習馬に提供するのは難しいのかもしれません。
しかし、放牧場でノンビリと歩き回る時間が、腱靭帯組織の粘弾性や適応能力を増し、筋肉量を維持するのに役立つことは、理論的および統計的にも示されています。ですので、特に、十代後半の比較的高齢な練習馬に対しては、一日12時間は無理でも、少しでも長い時間、放牧場に出してあげることで、腱や靭帯の病気を発症するリスクを下げることが可能なのかもしれません。
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