FC2ブログ
RSS

新型コロナに立ち向かうある獣医師

20200619_Blog_Daily024_COVID_Miyazawa_Pict1.jpg

新型コロナウイルス感染症に立ち向かう獣医師がいらっしゃいます。

日本の新型コロナ対策においては、多くの感染症やウイルス学の専門家が関与されていますが、その中に、医学とは違った見地から奮闘されている獣医師がいらっしゃいます。それが、京都大学の宮沢孝幸・准教授で、新型コロナ対策の某専門家会議での発表によると、獣医学における動物のウイルス学の研究では、対象動物を使った感染実験が出来ることから、感染実験の出来ないヒトのウイルスの研究とは異なる知見を提供できるのだそうです。ヒトの医学分野だけでなく、獣医学分野の知識やデータが、新型コロナの対策に役立っているのを見ると、同じ獣医師として勇気づけられる気持ちになります。

宮沢獣医師が特に強調している論点としては、ウイルスが生物に感染するときには、感染が成立するのに必要なウイルス粒子の数が決まっている、という事です。たとえば、いま世界中で行われている社会的距離政策では、他人との距離を2m以上取るというソーシャルディスタンスという概念が提唱されていますが、実はこれは必要ないという提起がなされています。この2mという距離は、一般的には、ウイルス粒子を含む感染者の飛沫が届く距離を基準に決められています。しかし、この感染者がマスクを着用していて、かつ、喋ったり咳をしたりしなければ、周囲に飛散する飛沫の量は大幅に減り、2m以内の距離であっても、感染が成立するウイルス粒子の量を下回ると考えられるのだそうです。

20200619_Blog_Daily024_COVID_Miyazawa_Pict2.jpg

宮沢獣医師の考え方に基づくと、マスクを着けた上で、会話や咳をしないというルールさえ守れば、ソーシャルディスタンス政策を取る必要は無くなる、という事になるのかもしれません。言い換えると、飲食店や映画館、理髪店、マッサージ店などは、マスク着用と会話禁止をすれば、ソーシャルディスタンスを取ることなく、パンデミック前と同じように開店して構わない、という事になります。また、コンサートや学校の講義なども、演者や教師が検査を受けて、新型コロナ陰性と確認されていれば、参加者や学生がマスク着用と会話禁止の上で、実施しても問題ないのかもしれません。さすがに、顧客が発声する飲み会やカラオケなどにおいては、社会的距離政策が必要そうですが。

勿論、新型コロナはヒトのウイルスなので、飛沫中のウイルスが感染能を持つか否かについて、ヒトを使った感染実験によるエビデンスは得られない、という限界点はあります。また、マスクを着けても、ついつい喋ってしまう人も出てくる、などの問題はあると思います。しかし、前述の業種や状況において、ソーシャルディスタンスの必要性が最小限なのであれば、経済活動や社会活動の再開もより積極的に行っていけます。さらに、年末以降に感染の第2波が起こったときに、再度の行動規制をする場合にも役立つのではないでしょうか。

獣医学的な知見が、新型コロナの感染対策に寄与していってくれることを願わずにはいられません。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.




馬の文献:軟口蓋背方変位(Allen et al. 2013)

「サラブレッド競走馬の口蓋不安定性の特徴および軟口蓋背方変位の発症への関与」
Allen K, Franklin S. Characteristics of palatal instability in Thoroughbred racehorses and their association with the development of dorsal displacement of the soft palate. Equine Vet J. 2013; 45(4): 454-459.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)の病因論を解明するため、72頭におけるサラブレッド競走馬の口蓋不安定性の特徴(Characteristics of palatal instability)の解析、および、軟口蓋背方変位の発症への関与が検討されました。

この研究では、軟口蓋の動きや挙上が認められない場合(No movement or lifting of the soft palate was observed)には、口蓋の不安定性は無いと判断されました。一方、軟口蓋が喉頭蓋基底部の高さまで持ち上げられるものの、声門裂は隠されていない場合(Soft palate lifts up to the level of the base of epiglottis but the rima glottidis is not obscured)には、声門裂の閉塞を伴わない口蓋不安定性(Palatal instability with no rima glottidis obstruction)が起きていると定義されました。さらに、軟口蓋が持ち上げられて声門裂が隠されている場合(Soft palate lifts so that the rima glottidis becomes obscured)には、声門裂の閉塞を伴う口蓋不安定性(Palatal instability with rima glottidis obstruction)が起きていると定義されました。

結果としては、口蓋の不安定性が認められた馬のうち、軟口蓋背方変位を発症していたのは46%(30/65頭)に及んでいました。また、これらの馬における喉頭蓋の形状(Epiglottic conformation)や披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(Axial deviation of aryepiglottic folds)の発現を見ると、口蓋の不安定性とのあいだに有意な関係(Significant association)が認められました。さらに、口蓋不安定性の重篤度や、披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位の発現を見ると、軟口蓋背方変位の発症とのあいだに有意な関係が見られました。このため、馬の軟口蓋背方変位の発症には、口蓋の不安定性が関与している可能性が示唆されており、軟口蓋背方変位の前駆症状(Prodromal signs)として、口蓋不安定性を見極めることが重要であるという考察がなされています。

一般的に、馬における口蓋の不安定性は、軟口蓋が背方変位する直前に観察されることから、軟口蓋背方変位の発現様式のひとつであると考えられています(Lane et al. EVJ. 2006;38:393)。また、口蓋の不安定性が認められた馬の約四割に、ノド鳴りの病歴が認められたり(Lane et al. EVJ. 2006;38:401)、強運動時に軟口蓋背方変位を起こす馬において、弱い運動時には口蓋の不安定性のみが確認されたという知見もあります(Allen et al. EVJ. 2010;42:186)。さらに、口蓋の不安定性は、“軽度”の軟口蓋背方変位を示唆する徴候であるという提唱もあります(Barakzai et al. EVJ. 2011;43:18)。

この研究では、口蓋の不安定性が認められた馬において、吸気の際に喉頭蓋の凸形状が失われる徴候(Concave appearance of epiglottis to the soft palate was lost during inspiration)が示されました。この所見は、吸気時の気道低内圧においては、口腔口蓋封鎖(Oropalatal seal)を維持するのがより困難になっている、という仮説(Ahern et al. J Eq Vet Sci. 1999;19:226)を裏付けるものであると考察されています。

この研究では、軟口蓋背方変位のみならず、披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位の発症においても、口蓋の不安定性が関与している可能性が示唆されており、同様の知見は、他の文献でも示されています(Allen et al. EVJ Suppl. 2010;38:587)。このため、口蓋が不安定になった際に、軟口蓋によって喉頭蓋が持ち上げられて、披裂喉頭蓋ヒダが緩んでしまうことが、正中側への虚脱(Axial collapse)(=つまり軸側変位)を引き起こす原因であると考察されています。一方、他の文献では、披裂喉頭蓋ヒダが軸側偏位した結果として、二次的に喉頭蓋の形状に変化(Changes in epiglottic shape)をきたすという仮説もなされています(Strand et al. EVJ. 2012;44:524)。

一般的に、軟口蓋背方変位の発現においては、喉頭蓋および喉頭軟骨の位置を制御する舌骨喉頭蓋筋(Hyoepiglotticus muscle)の働きが阻害されて、喉頭蓋が軟口蓋を押し下げる機能が減退することが病因であるという定説があります(Strand et al. EVJ. 2012;44:524)。しかし、その一方で、人為的に喉頭蓋を反転(Experimentally induced epiglottic retroversion)させて、喉頭蓋と軟口蓋がまったく接触していない状態であっても、軟口蓋は背方変位しなかったという報告もあります(Holcombe et al. AJVR. 1997;58:1022)。このため、喉頭蓋の正常な機能が、口蓋の安定性に必要不可欠であるか否かについては賛否両論(Controversy)があり、今後の更なる研究を要すると考察されています。

この研究の限界点(Limitations)としては、口蓋の不安定性の有無および重篤度が、観察者の主観的評価(Subjective evaluation)に頼っている点が挙げられていますが、二人の観察者のあいだには、満足できる再現性と信頼性(Satisfactory repeatability and reliability)が達成できたことが報告されています。また、この研究では、気道内圧や蹄踏着(Airway pressures or footfall)は記録されていないため、喉頭蓋や軟口蓋の評価における呼気と吸気のタイミングが、必ずしも正確ではない可能性がありますが、一般的に、喉頭の頭側変位(Caudal movement of the larynx)の動きが吸気と一致することが知られています(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Rossignol et al. 2012)

「馬の軟口蓋背方変位の治療のための金属インプラントを用いた喉頭Tie-forward手術変法」
Rossignol F, Ouachee E, Boening KJ. A Modified Laryngeal Tie-Forward Procedure Using Metallic Implants for Treatment of Dorsal Displacement of the Soft Palate in Horses. Vet Surg. 2012; 41(6): 685-658.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、安静時または運動時の内視鏡検査(Endoscopy at rest during exercise)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、喉頭Tie-forward手術変法(Modified laryngeal tie-forward surgery)が応用された24頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

この研究の術式では、通常のTie-forward手術と同様のアプローチの後、金属製の縫合糸ボタン(Suture button)の穴に通したFiberwire糸を、外套針(Trocar needle)を用いて甲状軟骨尾側端(Caudal border of thyroid cartilage)に通過させました。そして、同手順を左右の甲状軟骨に施した後、それぞれの縫合糸の断端にデシャン針(Deschamps needle)を付け、それを糸通し器具(Threader)として使いながら、舌骨基底骨の舌突起(Lingual process of the basihyoid bone)の下部に縫合糸を到達させてから、左右からの縫合糸を舌骨基底骨の腹側正中部(Ventral midline)で結び合わせました。この際には、甲状軟骨吻側端(Rostral border of thyroid cartilage)が舌骨基底骨尾側端(Caudal border of the basihyoid)から約1.5cmの位置に来るように、喉頭前進(Laryngeal advancement)を施してから(この際には一時的に頚部屈曲させて糸を結び易くした)、この結び目部分に折り曲げた縫合糸ボタン(Bent suture button)が装着されました。

結果としては、24頭の全ての患馬に対して、術中および術後合併症(Intra/Post-operative complications)を起こすことなく、喉頭Tie-forward手術の変法が実施できた事が報告されており、また、少なくとも術後の24時間以内には、縫合糸の破損(Suture failure)は生じていませんでした。今回の研究で試みられた手術変法では、従来のTie-forward手術(Cheetham et al. EVJ. 2005;37:418)とまったく同様の治療効果(=喉頭組織を前方に引き寄せる)を作用できる事に加えて、糸が軟骨を切ってしまう危険性が低く(金属インプラントの全長にわたって緊張が分散されて、縫合糸を通した穴縁に負荷が集中しないため)、また、術後のレントゲン検査によって、甲状軟骨と舌骨基底骨のあいだの距離の短縮度合いを、レントゲン像上で誤差なく正確に評価(Accurate assessment without measurement error)できる、という利点が挙げられています。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、甲状舌骨筋(Thyrohyoid muscle function)の機能損失がその発症要因に挙げられており(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)、Tie-forward手術によって喉頭前進させて、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで、軟口蓋背方変位を予防できると提唱されています(Ducharme et al. EVJ. 2003;35:258)。また、喉頭を前方に引き寄せて咽頭内径(Pharyngeal inner diameter)を広げることで、軟口蓋へと作用するベルヌーイ効果(Bernoulli effect)を減退させて、軟口蓋背方変位の閾値を上昇(Elevated threshold)させる事も、Tie-forward手術の作用機序(Mechanism of action)のひとつである、という仮説もなされています。そして、Tie-forward手術による軟口蓋背方変位への治療成功率は80~82%に達しており(Woodie et al. EVJ. 2005;37:418)、保存性療法(治療成功率は六割程度)やその他の外科的療法(治療成功率は六割~七割)よりも、優れた治療効果が期待できることが報告されています。

この研究では、インプラント損失の頻度について、長期的な経過追跡(Long-term follow-up)はなされておらず、金属との接触箇所で糸が切れてしまう可能性については、充分には検討されていません。また、縫合糸が軟骨を切ってしまうという事例は、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)の治療のための喉頭形成術(Laryngoplasty)ではかなり頻繁に見られるものの、Tie-forward手術における同様なインプラント損失の発症率(Incidence)は報告されていません。このため、金属製インプラントを用いて、軟骨を保護することの必要性(Necessity)や合理性(Rationale)は必ずしも明確ではなく、また、金属と接触する箇所の甲状軟骨に対する有害作用(Adverse effect:軟骨組織の圧迫壊死など)に関しては、この論文内では考察されていませんでした。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Pigott et al. 2010)

Blog_Litr0503_016_Pigott2010_Pict1.jpg

「軟口蓋背方変位の罹患馬における運動中の嚥下頻度」
Pigott JH, Ducharme NG, Mitchell LM, Soderholm LV, Cheetham J. Incidence of swallowing during exercise in horses with dorsal displacement of the soft palate. Equine Vet J. 2010; 42(8): 732-737.


この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)の病因論(Etiology)を解明するため、2001~2007年にかけて、運動中の内視鏡検査(Endoscopy during exercise)によって軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下された69頭の症例馬(=高速運動中に八秒間以上連続して軟口蓋背方変位を起こした場合)、および、28頭の健常な対照馬(Control horses)における、トレッドミル運動中の内視鏡所見および嚥下頻度(Incidence of swallowing)の解析が行われました。

結果としては、健常な対照馬では、運動速度が増加するにつれて、嚥下回数が減少したのに対して、症例馬においては、毎分の嚥下回数が有意に多く、また、軟口蓋背方変位の発生直前に嚥下回数が増加する現象が認められました。そして、軟口蓋背方変位の発生時には、呼気時の気管内圧の上昇(Increase in tracheal expiratory pressure)、呼気時の咽頭内圧の減少(Decrease in pharyngeal expiratory pressure)、吸気時の咽頭内陰圧の減退(Less negative pharyngeal inspiratory pressure)が示されたものの、上述のような嚥下の前後では、気道圧(Airway pressure)の有意な変化は確認されませんでした。このため、運動中の馬においては、嚥下回数の増加が軟口蓋背方変位の発症に関与している可能性が指摘されています。

この研究は、観察的調査(Observational study)であるため、嚥下と軟口蓋背方変位の因果関係(Causality)を証明することは出来ませんが、少なくとも吸気時や呼気時の気道圧変化が、嚥下に関与しているというデータは示されませんでした。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬では、吸気時の喉頭下降(Inspiratory descent of the larynx)が大きく、その際の喉頭不安定性(Laryngeal instability)を鼻腔咽頭感覚受容体(Sensory input in nasophalanx)が探知することが、嚥下反応の引き金(Trigger of swallowing reaction)になっているという仮説がなされています(=軟口蓋背方変位を誘発するような喉頭不安定がまずあって、その結果として嚥下増加が見られる)。一方で、嚥下した際に軟口蓋の下に潜り込んだ喉頭蓋 (Epiglottis)が、軟口蓋の上に戻って来ることが出来ず、結果的に嚥下の即時的続発症(Immediate sequel)として、軟口蓋背方変位の発症に至るという代換的仮説(Alternative hypothesis)も提唱されています(=嚥下回数の増加がまず起こり、その結果として軟口蓋背方変位が発症する)。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Ortved et al. 2010)

「15頭の競走馬における持続性軟口蓋背方変位の治療成功と喉頭位置の評価」
Ortved KF, Cheetham J, Mitchell LM, Ducharme NG. Successful treatment of persistent dorsal displacement of the soft palate and evaluation of laryngohyoid position in 15 racehorses. Equine Vet J. 2010; 42(1): 23-29.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、2002~2007年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)によって、持続性(Persistent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、喉頭Tie-forward手術(Laryngeal tie-forward surgery)およびレーザー口蓋帆切除術(Laser staphylectomy)による治療が行われた15頭の競走馬における、治療前と治療後のレントゲン検査(Pre/post-operative radiography)、および、競走能力(Racing performance)の解析が行われました。

結果としては、15頭の患馬のうち、術後にレース復帰を果たした馬は87%(13/15頭)に及んで、術後の平均出走数は十一回でした。そして、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬では、手術直後のレース平均獲得賞金(Mean earnings per race)のほうが、手術直前に比べて、有意に増加していた事が報告されています。このため、そのような持続性の軟口蓋背方変位を呈した競走馬に対しては、喉頭Tie-forward手術のみの治療(7/15頭)、または、喉頭Tie-forward手術とレーザー口蓋帆切除術の併用(8/15頭)によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待され、競走復帰を果たす馬の割合が高い、というこれまでの知見を、再確認させるデータが示されました。

この研究では、術前レントゲン検査において、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬では、間欠性の軟口蓋背方変位を呈した馬に比べて、甲状軟骨の骨形成部(Ossification in the thyroid cartilage)の位置が13mm尾側より、舌骨基底骨(Basihyoid bone)の位置が10mm尾側よりで7mm背側より、甲状舌骨甲状関節(Thyrohyoid bone-thyroid articulation)の位置が10mm背側よりであった事が示されました。このため、持続性の軟口蓋背方変位の罹患馬では、喉頭の位置がより尾側にあり、より重篤な鼻腔咽頭不安定性(Nasopharyngeal instability)を呈することが、その発症に関与していると推測されています。

一般的に、馬における持続性の軟口蓋背方変位は、発症率の低い病態で、安静時の内視鏡検査において、喉頭蓋(Epiglottis)が軟口蓋の上にまったく移動できないか、軟口蓋の上に一過性にしか保持できない状態、という定義づけがなされています。そして、口蓋帆切除術(Staphylectomy)による治療は奏功しなかったという知見や(Haynes. JAVMA. 1981;179:677)、喉頭蓋下小帯(Subepiglottic fren)(=軟口蓋背方変位の直接的な原因と推測された)の切除には不応性(Refractory)を示したという症例報告があります(Moorman et al. JAVMA. 2007;231:51)。今回の研究では、持続性の軟口蓋背方変位の罹患馬では、喉頭の位置が大きく尾側に落ち込んでいる事から、Tie-forward 手術によって喉頭前進(Laryngeal advancement)を施すことが、理にかなった治療指針である、という考察がなされています。

この研究では、喉頭蓋の長さ(Epiglottic length)は、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬では平均72mm、間欠性の軟口蓋背方変位を呈した馬(平均66mm)よりも、有意に短かった事が報告されています。過去の文献では、健常なサラブレッドの喉頭蓋は長さ87mmであった事から(Linford et al. AJVR. 1983;44:1660)、特に、今回の研究での、持続性の軟口蓋背方変位においては、正常な喉頭蓋よりも2cm以上も短かった事になります。一般的に、喉頭蓋形成不全(Epiglottic hypoplasia)は、喉頭蓋捕捉(Epiglottic entrapment)や軟口蓋背方変位の発症に関与するという知見がある反面(Honnas et al. Vet Surg. 1988;17:246, Tulleners et al. JAVMA. 1990;196:1971, Tulleners et al. JAVMA. 1997;211:1022)、喉頭蓋の短さと間欠性軟口蓋背方変位の発症には、有意な相関は見られなかった、という報告もあります(Redher et al. AJVR. 1995;56:269)。また、今回の研究では、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬のうち73%(11/15頭)が、喉頭蓋への手術歴(History of sub-epiglottic surgery)を持っていた事から、喉頭蓋捕捉などの治療の際に、披裂喉頭蓋組織(Aryepiglottic tissue)が過剰に切除(Excessive resection)されることが、持続性の軟口蓋背方変位の発病素因(Predisposing factor)になっている可能性も指摘されています。

この研究では、持続性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術では、舌骨基底骨が5mm背側へ、甲状軟骨の骨形成部が17mm吻側へ、甲状舌骨甲状関節が12mm背側へと、それぞれ有意に移動していました。一方、間欠性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術では、舌骨基底骨が8mm尾側へ、甲状軟骨の骨形成部が8mm吻側および21mm背側へ、甲状舌骨甲状関節が11mm背側へと、それぞれ有意に移動していました。つまり、持続性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術では、間欠性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術に比べて、舌骨基底骨がより背側へ、甲状軟骨の骨形成部がより吻側かつ背側へと、それぞれ有意に大きく移動していた事が報告されています。これは、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬では、術前における喉頭の位置がより尾側にあったため、Tie-forward手術の際に、より大きな喉頭前進を要したことを反映していると考察されています。

この研究では、術中測定(Intra-operative measurement)によって、舌骨基底骨の尾側端(Caudal aspect of the basihyoid bone)と甲状軟骨の吻側端(Rostral aspect of the thyroid cartilage)のあいだの距離が評価されました。その結果、持続性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術では、間欠性の軟口蓋背方変位に対するTie-forward手術に比べて、この距離の短縮度合いが有意に大きかった事が示されました。これは、上述のレントゲン所見とも合致しており、持続性の軟口蓋背方変位を呈した馬のほうが、Tie-forward手術によって、より大きな喉頭前進が施された事を示していると考えられます。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Alkabes et al. 2010)

「内視鏡を介してのダイオードレーザー焼烙口蓋形成術における、臨床検査、組織学検査、MRI検査、生体力学検査による治療効果の評価」
Alkabes KC, Hawkins JF, Miller MA, Nauman E, Widmer W, Dunco D, Kras J, Couetil L, Lescun T, Gautam R. Evaluation of the effects of transendoscopic diode laser palatoplasty on clinical, histologic, magnetic resonance imaging, and biomechanical findings in horses. Am J Vet Res. 2010; 71(5): 575-582.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、十二頭の実験馬を用いて、内視鏡を介してのダイオードレーザー焼烙口蓋形成術(Transendoscopic diode laser palatoplasty)の直後~45日目における、臨床検査(Clinical evaluation)、組織学検査(Histologic evaluation)、MRI検査(Magnetic resonance imaging)、生体力学検査(Biomechanical evaluation)が行われました。

結果としては、臨床検査およびMRI検査では、術後の45日目までに、軟口蓋の瘢痕形成、浮腫、炎症の増加(Increase in scarring, edema, and inflammation)が認められ、また、組織学検査では、筋線維の萎縮(Atrophy of muscle fibers)を伴う、骨格筋の全層損傷(Full-thickness injury of skeletal muscle)が見られました。しかし、生体力学検査では、レーザー焼烙された口蓋組織の弾性係数(Elastic modulus)は、有意に減退していた事が報告されています。このため、馬の口蓋組織に対しては、焼烙口蓋形成術によって瘢痕形成は誘導できるものの、それによって軟口蓋の強直度(Stiffness)が高まるというデータは確認されませんでした。一般的に言って、強直度と弾性度は完全に同じ概念ではありませんが、物体の構成成分(Property of a constituent material)を論じる場合には、弾性係数が高いほど変形が少ない(A material with a high elastic modulus will undergo less deformation)ことが知られています。

この研究では、軟口蓋背方変位を発症していない実験馬を用いた実験であったため、レーザーによる熱性損傷(Laser-related thermal injury)を介しての筋組織萎縮が起こり、健常な軟口蓋とデータ比較した場合には、弾性係数が減退するという実験結果が示されました。しかし、実際の軟口蓋背方変位の罹患馬において、もともとの軟口蓋の強直性が低い場合には、焼灼術によって有意な弾性係数の上昇が見られる、という推測も成り立つかもしれません。また、術後の45日以降に、徐々に軟口蓋組織の繊維化(Fibrosis)が進行して、強直度が増加していく可能性も否定できない、という考察がなされています。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位の治療のためには、軟口蓋の強直度を高めて、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持しやすくする指針が提唱されており、その術式としては、焼灼口蓋形成術の他にも、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除する口蓋帆切除術(Staphylectomy)や、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)が応用されています。また、焼灼口蓋形成術では、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)が損失することで、軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制されるという、二次的な作用機序もあると考えられています。

一般的に、馬に対するレーザー焼烙口蓋形成術では、術後に三日間~二週間の回復期間(Convalescent time)を置くことが推奨されていますが(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Smith et al. Proc AAEP. 2003;49:377)、今回の研究では、軟口蓋の粘膜治癒(Mucosal healing)には最低でも30日間を要することが示されました。このため、この論文の筆者の診療施設では、焼烙口蓋形成術から一ヶ月以上を経てから運動復帰する、という治療指針が提唱されています。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Barakzai et al. 2009b)

「英国のサラブレッドの競走能力に及ぼす舌くくりの影響」
Barakzai SZ, Finnegan C, Boden LA. Effect of 'tongue tie' use on racing performance of thoroughbreds in the United Kingdom. Equine Vet J. 2009; 41(8): 812-816.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な保存性療法(Conservative treatment)を検討するため、2001~2003年の期間中に無作為に選択された60日分のレース日に、舌くくり(Tongue tie)を装着してレース出走した108頭のサラブレッド競走馬と(装着した理由は問わず)、202頭の対照馬(年齢、性別、競走環境が合致する馬)における、治療前と治療後の出走数および獲得賞金(Earnings)の比較による、競走能力(Racing performance)の評価が行われました。

結果としては、治療前の出走数(中央値)は、症例郡が9回で、対照郡の13回よりも有意に少なかったものの、治療後を含めた生涯出走数は、症例郡が19回、対照郡が18.5回で、両群のあいだに有意差は認められませんでした。また、治療直前と治療直後の三レースにおける平均獲得賞金は、症例郡では治療前の2489ドルから、治療後の5299ドルへと、二倍以上に増加していたのに対して、対照郡では治療前の3053ドルから、治療後の3715ドルへと、微増にとどまっていました。そして、治療前に比べて治療後のほうが平均獲得賞金が増加した馬の割合は、症例郡では57%に上ったのに対して、対照郡では41%にとどまりました。さらに、ロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)の結果では、舌くくりが使用された場合には、使用されなかった場合に比べて、獲得賞金が増加する確率が四倍近くも高くなる事が示されました(オッズ比:3.60)。このため、サラブレッド競走馬の軟口蓋背方変位に対しては、舌くくりの装着を介しての保存性療法によって、競走能力の向上(Improvement in racing performance)が期待できることが示唆されました。

一般的に、馬への舌くくりの装着に関しては、健常な実験馬の呼吸器機能(Respiratory function)に対しては有意な改善効果は示されておらず(Beard et al. AJVR. 2001;62:779, Cornelisse et al. AJVR. 2001;62:1865, Franklin et al. EVJ Suppl. 2002;34:430)、また、軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)または推定診断(Presumptive diagnosis)が下された臨床症例に対しても、競走能力が有意に向上したという報告はありません(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337, Barakzai et al. EVJ. 2009;41:65)。今回の研究では、軟口蓋背方変位の診断の有無に関わらず、馬主や調教師の判断で舌くくりが使用された馬を症例郡として、対照郡とのデータ比較が行われた結果、有意な競走能力の改善効果が認められました。この理由としては、上述のような臨床試験では、病態の重い馬(=軟口蓋背方変位の発症を示す明確な所見があった馬)のみが含まれた結果、保存性療法が奏功しにくい場合が多かったのに対して、今回のような制限の少ない取り込み基準(Inclusion criteria)が適応された場合には、病態の軽い馬も多く含まれていたため、充分な治療効果を示した馬も多かった、という考察がなされています。

この研究では、舌くくりの装着が一回のレースのみであった場合には、治療の成功率(治療後に獲得賞金が増加する確率)は57%であったのに対して、舌くくりの装着が三回のレースに持続された場合には、治療成功率は69%まで上がり、舌くくりの装着が五回のレースに持続された場合には、治療成功率は77%に達した事が報告されています。つまり、舌くくりが有用であると判断された馬においては、その装着を継続させることで、より高い治療効果が示されたことが読み取れます。この理由については、この論文内では明確には結論付けられていませんが、一回のレースで奏功した舌くくりが、複数レースにわたって継続的に装着されることで、馬自身が、「舌くくりがあれば呼吸困難になりにくい」と自然に学習していくという、潜在的な心理学的効能(Potential psychological effect)が働いて、競走能力の改善度合いが進行的に増加していった可能性もある、という考察がなされています。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位





馬の文献:軟口蓋背方変位(Barakzai et al. 2009a)

Blog_Litr0503_012_Barakzai2009a_Pict1.jpg

「馬の間欠性軟口蓋背方変位に対する焼烙術の治療効果と保存性療法との比較:トレッドミル運動中の診断が下された78頭の症例」
Barakzai SZ, Boden LA, Hillyer MH, Marlin DJ, Dixon PM. Efficacy of thermal cautery for intermittent dorsal displacement of the soft palate as compared to conservatively treated horses: results from 78 treadmill diagnosed horses. Equine Vet J. 2009; 41(1): 65-69.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、トレッドミル運動中の内視鏡検査(Endoscopy during treadmill exercise)によって間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、軟口蓋組織の焼烙術(Thermal cautery)による治療が行われた48頭の患馬、および、鼻革変更や舌くくり(Tongue tie)などによる保存性療法(Conservative treatment)が行われた30頭の患馬における、治療前と治療後の競走能力(Racing performance)の評価が行われました。

結果としては、治療後にレース出走を果たした症例の割合は、焼烙術が行われた馬では83%、保存性療法が行われた馬では93%で、また、治療前に既にレース出走していて、治療後にレース復帰した馬の割合は、焼烙術が行われた馬では90%、保存性療法が行われた馬では96%であった事が示されました。そして、治療直前と治療直後の三レースを比較して、平均獲得賞金(Mean earnings per race)が上昇していた馬の割合は、焼烙術が行われた馬では35%、保存性療法が行われた馬では53%で、また、治療直前の一レースと治療直後の五レースを比較して、平均獲得賞金が上昇していた馬の割合を見ても、焼烙術が行われた馬では40%、保存性療法が行われた馬では60%であった事が報告されています。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対する、軟口蓋組織の焼烙術による治療効果は、保存性療法と有意差が無く、充分な競走能力の向上(Sufficient improvement in performance)を達成するために、焼烙術を単独で実施することの合理性(Rationale)を示すデータは認められませんでした。

この研究の限界点(Limitation)としては、臨床症例の回顧的解析(Retrospective analysis)という性質上、治療法の無作為選択(Random selection)はなされていなかった事が挙げられます。例えば、焼烙術が選択された症例の中には、既に保存性療法が試みられて失敗に終わっていた馬も含まれていたと推測され、この場合には、焼烙術が行われた馬郡のほうが、軟口蓋背方変位の病態が重かった可能性もあります。また、保存性療法が行われた馬に比べて、焼烙術が行われた馬のほうが、治療前の獲得賞金が多かった事から、もともとの能力が高い馬ほど、高額な外科的治療(全身麻酔や長期リハビリを要するため)を選択されるケースがあったと考えられ、つまり、例え焼烙術で充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が達成されたとしても、治療前の競走能力を上回るのが難しかった場合もあった、という考察がなされています。

この研究では、外科療法と保存性療法が行われた馬のデータが比較されているため、それぞれの治療郡の馬が、健常馬と同程度の競走能力を回復したか否かを、客観的に検証(Objective assessment)する研究デザインになっていません。一般的に、競走馬における臨床研究では、罹患馬を治療郡と無治療郡とに無作為に振り分けるのは難しいことを考慮すると、外科的療法の治療効果を評価するためには、軟口蓋背方変位を発症していない対照馬(Control horse)とのデータ比較を行うことが、最も適切な研究デザインなのかもしれません。また、各馬の競走能力の指標としては、出走レースの勝率や着順に基づく能力指数(Performance index)ではなく、一レース当たりの獲得賞金が用いられており、これは、レベルの低いレースに転戦した結果(=馬主や調教師が病歴や手術歴を考慮して、高クラスの競走を避けた場合)、能力は落ちても勝率や着順は上がるという状況を考慮できる、という利点があります。しかし、その反面、もともとの能力が低い馬では、治療によって競走能力は上がってもレースデビューは果たせなかったような場合には、自動的に治療失敗と見なされてしまう(獲得賞金はゼロ)、という欠点が指摘されています。

一般的に、軟口蓋組織の焼烙術では、(1)術部の瘢痕形成(Scar formation)によって軟口蓋の強直度(Stiffness)が高まり、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持し易くなる、(2)焼烙時の熱で、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)を介しての、軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制される、という二つの作用機序(Mechanism of action)が提唱されています。他の文献では、焼烙口蓋形成術によって、治療成功(競走能力の向上)を示す馬の割合は、五割~七割に上ることが報告されています(Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395, Reardon et al. EVJ. 2008;40:508)。また、軟口蓋の強直度を高めるという観点では、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除する口蓋帆切除術(Staphylectomy)や、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)なども、同様な作用機序に分類できるかもしれません(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)。

一般的に、軟口蓋背方変位の罹患馬における内視鏡検査では、安静時と運動中の内視鏡による診断結果は、必ずしも一致しなかったという報告があり(Kannegieter et al. Aust Vet J. 1995;72:101)、今回の研究でも、運動中の内視鏡所見によって、軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下された馬だけを取り込み基準(Inclusion criteria)とする事で、より厳密な治療効果の検証が試みられています。また、安静時に内視鏡検査をする際には、鼻孔を塞ぐことで高速運動中に匹敵する咽頭内陰圧(Intrapharyngeal negative pressure)を作用させられる事が報告されていますが(Holcombe et al. AJVR. 1996;57:1258)、咽頭内陰圧と軟口蓋背方変位の発症には、有意な相関は無かったという知見があり(Rehder et al. AJVR. 1995;56:269)、また、鼻孔を塞いだ時には軟口蓋背方変位が見られても、運動中には異常の無い馬や、その逆の場合も頻繁に見られるため、安静時の内視鏡所見は、信頼性のある軟口蓋背方変位の診断指標(Reliable diagnostic parameter)とは見なしにくい、という警鐘も鳴らされています(Parente et al. Proc AAEP. 1995;41:170)。

一般的に、英国の競走馬においては、軟口蓋背方変位への保存性療法によって、過半数の馬が“部分的な”治療効果(Partial efficacy)しか示さないことが報告されており、また、競走能力の改善が見られるのは治療後の二回のレースのみにとどまる、という知見が示されています(Franklin et al. EVJ Suppl. 2002;34:430)。しかし、鼻革変更や舌くくりによる保存性療法において、その治療効果が一過性(Temporal treatment effect)である理由については、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんでした。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位




馬の文献:軟口蓋背方変位(Reardon et al. 2008)

「レース勝利賞金、勝率、および能力指数を用いての、馬の間欠性軟口蓋背方変位に対する焼烙術の治療効果の評価:110頭のサラブレッド競走馬における対照症例研究」
Reardon RJ, Fraser BS, Heller J, Lischer C, Parkin T, Bladon BM. The use of race winnings, ratings and a performance index to assess the effect of thermocautery of the soft palate for treatment of horses with suspected intermittent dorsal displacement. A case-control study in 110 racing Thoroughbreds. Equine Vet J. 2008; 40(5): 508-513.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1999~2005年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、軟口蓋組織の焼烙術(Thermocautery)による治療が行われた110頭のサラブレッド競走馬における、レース勝利賞金と勝率(Race winnings and ratings)、および能力指数(Performance index)を用いての治療効果の評価が行われました。

結果としては、110頭の症例郡において、術後に三つの競走能力指標(勝利賞金、勝率、能力指数)が向上した馬の割合は28~51%であったのに対して、対照郡(各症例馬に対して、年齢、品種、性別が合致する二頭の馬)においては、術後時期に三つの競走能力指標が向上した馬の割合は21~53%であった事が報告されています。また、症例郡のほうが対照郡に比べて、能力指数が向上した馬の割合が有意に高く、能力指数が悪化した馬の割合が有意に低かった事が示されましたが、一方で、症例郡のうち能力指数が変化しなかった馬の割合は56%に達していました。他の文献では、軟口蓋背方変位に対する保存性療法(Conservative treatment)において、50~73%の治療成功率(能力指標が向上した馬の割合)が報告されています(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337)。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、軟口蓋組織の焼烙術のみでは、充分な治療効果が期待できない(治療成功率:28~51%)、という結論付けがなされています。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する治療では、軟口蓋の強直度(Stiffness)を高めて、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持しやすくする指針が有用であると仮説(Hypothesis)されています。その、その具体的な方法としては、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除して瘢痕形成(Scar formation)を促す口蓋帆切除術、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)、レーザー照射による焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)等の術式が応用されています(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395)。また、焼灼術が施された口蓋組織では、コラーゲンが収縮して強直度が増すことに加えて、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)による軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制されることで、軟口蓋背方変位の発症防止につながる、という作用機序も提唱されています(Smith et al. Vet Surg. 2005;34:5)。

この研究の限界点(Limitation)としては、軟口蓋背方変位の診断のため、トレッドミル運動中の内視鏡検査が行われていない事が挙げられています。今回の研究における、間欠性軟口蓋背方変位の推定診断(Presumptive diagnosis)としては、安静時の内視鏡検査において、鼻孔閉鎖時(Nasal occlusion)に二秒以上の軟口蓋背方変位が確認されること、という診断基準が用いられています。このため、症例郡の中には、高速運動中において、軟口蓋背方変位以外の病態を併発していた馬がいたケースも考えられ、このような取り込み基準(Inclusion criteria)の幅広さが、治療成績の低さに関与している可能性は否定できないのではないでしょうか。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、若い馬ほど良い治療効果が見られるという、経験的知見(Anecdotal observation)が報告されていますが、今回の研究では、患馬の年齢と術後の競走能力の回復度には、有意な負の相関(Negative correlation)は認められませんでした。また、平地競走(Flat racing)と障害競走とのあいだにも、治療効果に有意差は示されていませんでした。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位





馬の文献:軟口蓋背方変位(Cheetham et al. 2008)

「喉頭Tie-forward手術のあとの競走能力:症例対照研究」
Cheetham J, Pigott JH, Thorson LM, Mohammed HO, Ducharme NG. Racing performance following the laryngeal tie-forward procedure: a case-controlled study. Equine Vet J. 2008; 40(5): 501-507.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、2002~2007年にかけて、安静時または運動中の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による軟口蓋背方変位の診断が下され、喉頭Tie-forward手術(Laryngeal tie-forward surgery)による治療が行われた106頭のサラブレッドまたはスタンダードブレッド競走馬と、対照症例(Control cases:年齢、品種、性別が合致する馬)との競走能力(Racing performance)の比較が行われました。

結果としては、術前に軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下された症例郡を見ると(=トレッドミル運動中の内視鏡検査で、八秒間以上の軟口蓋背方変位が確認された場合)、術前にレース出走していた馬は81%、術後にレース出走を果たした馬は66%でした。また、これらの患馬の対照郡では、術前と同時期にレース出走していた馬は97%、術後と同時期にレース出走していた馬は81%でした。そして、症例郡と対照郡を比較すると、術後にレース出走を果たす確率は、両郡のあいだで有意差が無かったことが示されました。一方、運動中の内視鏡検査が行われず、術前に軟口蓋背方変位の推定診断(Presumptive diagnosis)のみが下された症例郡を見ると、術前にレース出走していた馬は80%、術後にレース出走を果たした馬は84%でした。また、これらの患馬の対照郡では、術前と同時期にレース出走していた馬は100%、術後と同時期にレース出走していた馬は90%でした。そして同様に、症例郡と対照郡を比較すると、術後にレース出走を果たす確率は、やはり両郡のあいだで有意差が無かったことが示されました。

このため、軟口蓋背方変位を発症した競走馬に対しては、喉頭Tie-forward手術によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が見られ、健常馬と同レベルの競走能力を得られる事が示唆されました。今回の研究におけるデータ解析法は、競走馬における能力評価の難しさを反映しており、例え手術によって原発疾患(Primary disorders)が完治した場合でも、その他の理由(運動器病、循環器病、etc)や、年齢的な衰えから、引退するケースも多いため、それぞれの患馬の対照馬とのデータ比較によって、できるだけ客観的に治療効果を評価(Objective assessment of treatment effect)する試みがなされています(=治療効果が無ければ、症例郡のほうがレース出走率の低下度合いが大きくなるハズ)。

この研究では、術前および術後のレントゲン検査(Pre/Post-operative radiography)において、舌骨基底骨(Basihyoid bone)、甲状軟骨の骨形成部(Ossification in the thyroid cartilage)、甲状舌骨甲状関節(Thyrohyoid bone-thyroid articulation)、という三つの箇所を特定して、それぞれの点から、垂直線(下顎骨の尾側垂直端)までの距離(=背側位置:Dorsal position)、水平線(下顎骨の腹側水平端)までの距離(=吻側位置:Rostral position)、および、この二つの線の交叉点に対する角度が算出されました。そして、この距離および角度の測定値を、術前と術後で比較することで、Tie-forward手術による喉頭前進の度合い(Degree of laryngeal advancement)が評価されました。そして、術後のレントゲン像では、術前に比べて、舌骨基底骨の位置は、背側方向に平均3.1mm、吻側方向に平均7.1mm移動していました。また、甲状舌骨甲状関節の位置は、背側方向に平均10.3mm移動していました。さらに、甲状軟骨の骨形成部の位置は、背側方向に平均16.2mm、吻側方向に平均6.0mm移動していました。そして、上述の垂直&水平交叉点に対する甲状舌骨甲状関節の角度は、平均4.3度増加していました。

この研究では、術後のレントゲン検査における、舌骨基底骨の背側位置、および、喉頭マーカーの位置が、レース復帰率と有意に相関していました。まず、舌骨基底骨の背側位置が36.4mm以上の場合には、36.4mm以下の場合に比べて、レース出走できる確率が二倍以上も高いことが示されました(オッズ比:2.04)。また、甲状軟骨の背側位置(甲状舌骨甲状関節および甲状軟骨の骨形成部)が60.1mm以上の場合には、60.1mm以下の場合に比べて、レース出走できる確率が二倍近くも高いことが示されました(オッズ比:1.81)。一方で、甲状軟骨の吻側位置が83.6mm以上の場合には、83.6mm以下の場合に比べて、レース出走できる確率が半分以下に低下することが示されました(オッズ比:0.43)。このため、馬に対するTie-forward手術では、術後のレントゲン像で、舌骨基底骨および喉頭組織の位置を特定して、術前のレントゲン像と比べることで、信頼性の高い予後判定(Prognostication)が可能であることが示唆されました。そして、Tie-forward手術後に良好な競走能力を回復するためには、喉頭の吻尾側方向(Caudo-rostral direction)への移動度合いよりも、背側方向(Dorsal direction)への挙上度合いのほうが重要である、という考察がなされています。

他の文献では、馬の頚部レントゲン像において、首の曲げ具合によって、舌骨基底骨および喉頭組織の位置に、どの程度の誤差が出るのかが評価されています(McCluskie et al. Vet Surg. 2008;37:608)。その結果、頚部を屈曲した状態(Flexed position: 90-degree)、自然な状態(Natural position: 100-degree)、伸展した状態(Extended position: 115-degree)という順に、甲状舌骨と甲状軟骨のあいだの距離が短くなる傾向が認められました。そして、Tie-forward手術の前後におけるこの距離の短縮度合いは、頚部を屈曲した状態では探知することが出来ませんでした。このため、馬のTie-forward手術における、術前および術後のレントゲン検査では、頚部の屈曲状態を避けて、可能な限り自然な状態でレントゲン撮影することで、より正確かつ信頼性の高い、予後判定および手術結果の査定ができると考察されています(McCluskie et al. Vet Surg. 2008;37:608)。

この研究における、喉頭部のレントゲン検査では、舌骨基底骨は固定された組織ではなく、手術によって位置の変化が見られることが確認されており、今後の研究では、より多くの症例の術前および術後のレントゲン像を比較することで、軟口蓋背方変位を発症しやすい舌骨基底骨の位置が存在するのか?、もしくは、Tie-forward手術が奏功しにくい舌骨基底骨の位置が存在するのか?、等をより詳細に検討する必要があると考えられました。人間の医学分野では、舌骨基底骨が腹側にあるほど、睡眠時無呼吸(Sleep apnoea)を発症しやすい事から、舌骨基底骨が背側に位置しているほど、喉頭部の安定性(Laryngeal stability)が高いと考えられており(Riha et al. Sleep. 2005;28:315)、今回の研究における、舌骨基底骨がより背側に移動するほど予後が良い、というデータとも合致していました。

Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

関連記事:
馬の病気:軟口蓋背方変位





プロフィール

Rowdy Pony

Author:Rowdy Pony
名前: 石原章和
性別: 男性
年齢: 40代
住所: 神奈川県
職業: 獣医師・獣医学博士
叩けよ、さらば開かれん!

ブログメニュー

推薦書籍

FC2カウンター

リンク

関連サイト

検索エンジン

お断わり

20130414_Blog_Message_Pict1.jpg
このサイトに掲載されているイラスト、画像、文章は、すべて管理主自身が作成したもの、もしくは、著作権フリーの素材リンクから転載したものです。

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
164位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
自然科学
21位
アクセスランキングを見る>>

検索フォーム

関連サイト

QRコード

QR